回想 8
俺は初戦の夜、早めに床に入った。
眠れるとは思わなかったが、疲れが判断を鈍らせてはならない。場合によってはこの状況が数ヶ月続くのだ。戦争は体力勝負なのだ。目を閉じて横になっているだけでも多少は回復するだろう。
しかしネレイデスに夜中に起こされた。眠れるとは思っていなかったのだが、意外に深く眠っていたようだ。
「起きて下さいまし。カイザキ様、敵襲ですわ」
「済まん。眠ってしまっていたか」
「コウモリ部隊が人間の斥候部隊を発見。オークの罠に追い立ててひとりを捕縛。残りは逃がしてしまったそうですわ」
「素晴らしい。よくやった」
「作戦通りですわね」
「上手くいったな」
斥候が陣地に入り込むことは分かりきっていたので夜間警戒はコウモリ部隊に任せてあった。何しろ彼らは夜目が利く。
反響定位だけでなく赤外線探知まで出来る彼らの目を掻い潜るなんて事は不可能なのだ。
「捕虜はオークとオーガの手によりこちらに搬送中との事ですわ」
「では予定通りに飼育箱に入れて鍵を掛けておいてくれ。明るくなったら取り調べを行う」
「もう東の空は明るくなって来てますわ」
「よし、警戒をコウモリ部隊から黒竜部隊に交代。高高度から監視を継続しよう」
「伝えてきますわ」
「頼む」
黒竜は夜目が利かない。明るくなったら向こうも黒竜を出してくる筈だ。こちらが警戒していれば近づく事はできまい。
あれこれ動きが起こるのにはまだ時間がある。
俺はコーヒーを淹れて外で朝日が昇るのを待ちながら飲んだ。
「敵陣を睨んでますの?」
「いや、朝日を眺めているんだ」
「来ましたわね」
見ればオークやオーガの担ぐ駕籠が森から出て来た所だった。ネレイデス種も護衛に付いている。
「駕籠?」
「人族は丁寧に扱えとのことでしたので彼らも考えたのでしょう」
「ふむ」
これでは捕虜がVIP待遇みたいだが、オークやオーガの体躯から見れば人間ひとりなぞ軽いのかも知れない。
「諸君ら、よくやった。素晴らしい成果だ。捕まえた捕虜を出してくれ」
駕籠から引き摺り出された捕虜は手足を蔓で縛れてご丁寧に目隠しまでされていた。
「おいアンタ。拘束は解いてやるけど逃げ出そうなどと思うなよ。俺たちはアンタを傷つけるつもりはない。しかし逃げたら話は別だ」
「逃げたりしない。約束するよ」
「よし、目隠しを取ってやれ」
「、、、ひっ!」
目隠しを外された男は自分を取り囲む魔獣たちを見て小さく悲鳴を上げた。
「アンタ、名前は?」
「ドミトリだ」
「フルネームで」
「ドミトリ・イヴァノビッチ・ペトロフ」
「階級は?」
「少尉だ」
「逃げた他の人間は?」
「下士官と一般兵だ」
「お前が率いていたのか?」
「そうだ」
「ドミトリ、お前は『灯台守り』か?」
「いや、灯台守りは既に懲戒免職されてる」
そりゃそうか。事態を把握してなかった責任は重いだろう。
「よし、手足の拘束を解いてやる。そこに入れ」
俺は魔獣の飼育箱を指差した。箱といってもコンテナくらいのサイズがある。中にはトイレ代わりの壺が置いてある。
蔓を切られたドミトリはゆっくりと立ち上がって周囲を見渡した。
「おい、これは魔獣の飼育箱じゃねえか。捕虜には人道法が適応される筈だろ!」
ネレイデスがぐぐっと背を伸ばして捕虜に少し近づいた。ほかの魔獣もドミトリに迫る。
「分かった悪かった。入る、入るよ、、、」
飼育箱の扉が閉められ鍵が掛けられた。
「水と食事は後で差し入れてやる」
「なあ、アンタこれからどうするつもりなんだ?」
「お前に教える義理はない」
「なあそう言うなよ。国に返還してくれるって約束してくれるなら、集められてる魔獣の種類や規模を教えてやれる。興味があるだろ?」
「残念だが、興味はない」
捕虜は何やらまだ言っていたが無視して掩体壕に戻った。
コーヒーが冷めてしまった。
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