↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
8/12

第8話 帝国の使者

 翌日、城に上がると、硬い表情のガルウィン卿がやってきた。


『申し訳ありません。今日はお話をゆっくりと伺う時間を、お取りすることができそうにありません』


『何かありましたか』


『早朝、帝国から使者が到着いたしました。陛下が、これより謁見の間にてお迎えになります』


 予想していなかったわけではない。だが、想定よりは早かった。


『私たちは、どうしましょうか』


『ご無理をお願いするようで恐縮ですが――』


 ガルウィン卿は、迷うように言った。


『隣の小室で、お控えいただけますでしょうか。謁見の間とは小窓で繋がっており、声も様子も伺えます。陛下が、ハヤマ殿のご助言をお求めになる場面があるかもしれません』


『分かりました』


 俺はうなずいた。同席するのは、まだ早い。隣室で控える、というのは、丁度よい距離だった。






 謁見の間の隣室は、こぢんまりとした書斎のような、薄暗い部屋だった。


 壁には書架が並び、年代物の地図が掛けられている。中央に小さなテーブルと椅子。もう一方の壁際には格子の小窓があり、その奥に謁見の間が見えた。


 俺たちが部屋に入って間もなく、謁見の間の扉が開く音がした。


 帝国の使者は、五人の従者を伴っていた。


 代表は、四十手前の細身の男で、黒地に銀の刺繍を施した上着を着ている。胸には剣ではなく、巻物を入れる革の筒を提げていた。武人ではなく、文官の使者だ、と一目で分かった。


『アウレリア女王陛下にご挨拶申し上げる。私はゼレンビスカ皇帝陛下より遣わされたカリサラ・ベロウェン。皇帝陛下の親書を持って参った』


 声は穏やかだった。傲慢でも、嘲るようでもない。むしろ、長く外交に携わってきた者の、訓練された静けさがあった。


 エリアーナは玉座から、軽くうなずいた。


『よくお越しくださいました、ベロウェン卿。親書をお預かりします』


 ベロウェン卿が、革の筒から巻物を取り出した。封蝋を解き、両手でうやうやしくガルウィン卿に差し出す。ガルウィン卿は受け取って、エリアーナの前で広げ、低く落ち着いた声で読み上げた。






 親書の内容は、思っていたよりも、ずっと丁寧な言葉で書かれていた。


『――アウレリアの民は、長きにわたって独自の文化を育み、誇り高き国家を保ってきた。皇帝としてこれを尊ぶに、いささかの異存もない。けれども、世界が大きく動く今、各国はその力を一つに束ねぬ限り、明日を見ることが難しい時代に入った。すなわち――』


 ガルウィン卿の声が、ほんの一瞬、止まった。だが、すぐに続けられた。


『――アウレリア王国は、ゼレンビスカ帝国の連邦に加わり、その一員として、共に世界の安寧に資するべし。女王陛下にあらせられては、帝国の諸侯の一員として、引き続き王国の統治を任ぜられる。これに反対する一切の意見、行為、あるいは黙過は、帝国への敵対と解釈する。回答の期限は、本日より起算して、五日』


 俺は、隣の小室で、無言でその言葉を聞いていた。


 最後通牒であることに変わりはない。だが、文面は、最初に俺たちがドローンで聞いた、国境の指揮官の言葉とは、明らかに違う響きを持っていた。


「皇帝の文章ですね」


 クレアが、俺にだけ聞こえる声で言った。


「そう感じる?」


「はい。あの指揮官は『属州』と言いました。けれども、この親書は『連邦』と言っています。同じことを言っているようで、まるで違います」


 俺もうなずいた。


 たぶん、帝国の皇帝は、現場の将軍たちが思っているよりも、繊細な言葉を使う人物なのだ。






 親書の読み上げが終わったあと、エリアーナは、しばらくの間、目を伏せていた。


 謁見の間に、長い沈黙が落ちた。


 やがて、彼女は静かに顔を上げた。


『ベロウェン卿。お役目、ご苦労さまでございました。皇帝陛下のお言葉、確かに承りました』


『陛下のお返事は、いかに』


『……五日のうちに、書状にて返答いたします』


 ベロウェン卿は、うなずいた。


『よろしくお取り計らいのほど願い申し上げる』


 彼は、儀礼的な礼を整えると、従者を伴って謁見の間を出ていった。


 扉が閉まる音が、部屋全体に低く響いた。


 その音が消えると、部屋の中の空気が、ようやく動き出したようだった。






 使者の一行が、城内の宿所に下がった後、エリアーナは数名の重臣を集めて、別室で会議を開いた。


 その席に、俺とクレアも、招かれた。


 部屋にいたのは、エリアーナ、ガルウィン卿、ラウスト神官長、それに、初めて会う、白いひげを蓄えた老人――宰相のセラフ卿、と紹介された。


『陛下、お考えをお聞かせ願えますか』


 ガルウィン卿が口を開いた。


 エリアーナは、テーブルの上で両手を組んでいた。


『私の答えは、決まっています。属州にも、連邦の一員にも、なるつもりはありません』


 声は静かだったが、迷いはなかった。


『けれども――兵の数では、勝てない。それも、私は理解しています』


 ラウスト神官長が、わずかに身を乗り出した。


『陛下。神官長として、申し上げる次第です。我が国の信仰の中心は、王家にございます。陛下が皇帝の連邦に組み込まれることは、神官団としては、断じて受け入れられぬ事態です』


『神官長』


 エリアーナは、彼の言葉を遮らずに、静かに先を促した。


『……ですので、我が神官団としては、いかなる手段を用いてでも、ゼレンビスカに屈することのない道を、選ばねばなりません』


『その手段の中に、外なる方々のお力を借りる、という選択肢も含まれますか』


 エリアーナの言葉に、ラウスト神官長の眉が、ぴくりと動いた。


『……それについては、慎重な議論を要するかと』


『慎重に、ですね。承知いたしました』


 エリアーナは、視線を俺たちのほうに移した。


『ハヤマ殿、クレア殿。先ほどの親書を、お聞きになって、どう思われましたか』


 俺は、少し考えてから、答えた。


『あの皇帝陛下は、現場の将軍とは、考えが違う方かもしれません。少なくとも、書かれた言葉のうえでは』


『と、申しますと』


『国境の指揮官は「属州」と言い、最後通牒を「五日以内」と切りました。けれども、皇帝の親書は「連邦」と書き、回答の期限を「五日」としつつ、それを過ぎてからの強硬手段については、明確に書いていません。書かないことで、しかし含意するという、一段と繊細な書き方です』


 エリアーナは、わずかに首を傾げた。


『つまり、皇帝陛下は、必ずしも、軍事的な勝利のみを望んではいない、と?』


『推測ですが――そうかもしれません』


 俺は付け加えた。


『勝つことよりも、終わらせることを望んでいる、というか。皇帝の頭の中には、このあと、この国をどう扱うか、という構想もすでにあるのだと思います』


 ラウスト神官長が、低く言った。


『敵の中に、理性を求めるとは。聞こえはよろしいが、危ういお考えですな』


『おっしゃる通りです。これは、あくまで一つの仮説に過ぎません』


 俺は、神官長に向かって、深く頭を下げた。


 ラウスト神官長は、何も言わなかった。


 部屋の中に、また、長い沈黙が落ちた。






 会議が終わり、廊下を歩きながら、クレアが小声で言った。


「あの神官長、私たちを嫌っています」


「うん。そうみたいだね」


「ただ、彼の言うことにも、一理あります。私たちが現れたことで、この国の意思決定の構図が、変わりつつあります。それを警戒するのは、為政者として当然の感覚でもあります」


「だね」


 俺はうなずいた。


 窓の外、夕日が城壁に長い影を引いている。残された時間は、五日。


 帰り道、馬車に揺られながら、俺は何度か空を仰いだ。


 あの空の上、はるかな軌道に、12隻の艦隊が静かに浮かんでいる。


 それを使うのか、使わないのか。使うとして、どう使うのか。


 答えは、まだ、決まっていなかった。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。