第6話 拠点設営
城の客間は、思っていたよりもずっと居心地がよかった。
二間続きの部屋で、片方が居室、もう片方が寝室になっている。家具は最低限だが、どれも丁寧に作られた木製で、ベッドの寝具は清潔だ。窓からは、王都の城下町と、その向こうのなだらかな丘陵が見えた。
「シャワーはありませんね」
寝室をひととおり見回したクレアが、淡々と言った。
「だね。明日、水浴びの作法を聞くことにしよう」
「はい」
クレアと俺は、隣り合った部屋を一室ずつ宛てがわれていた。最初、城の侍女が「お二人で一部屋でよろしいですか」と尋ねてきたとき、クレアと俺は同時に首を横に振った。多少の慌てぶりが、互いに見えてしまった気がする。
夜は、出された夕食を客間でとった。
パンと、野菜のスープと、白身魚の蒸したもの。塩と、何かのハーブの香り。素朴だが、丁寧な味だった。塩加減が絶妙で、俺は思わず二度ほどうなずいてしまった。
「美味しい」
「ええ」
クレアも、いつもの艦内食より、わずかに食べる速度が早かった気がする。
食後、暖炉の火を眺めながら、俺たちはしばらく黙っていた。
外で、城の鐘が、ゆっくりと鳴った。
翌朝、ガルウィン卿が客間を訪ねてきた。
『昨夜は、よくお休みになれましたか』
『ええ、おかげさまで。ベッドが、思っていたよりずっと寝心地が良くて』
『藁の詰め方には、城の侍女が代々のこだわりを持っておりましてな』
藁の詰め方にこだわりがあるのか、と俺は感心した。
朝食はガルウィン卿と一緒に、城の小食堂でとった。黒パンと、薄切りのチーズと、果実の砂糖漬け、そしてミルクを混ぜた茶。
『陛下より、本日の午後、もう一度お話を伺いたいとの仰せです』
『分かりました』
『その前に、と申しますか――ハヤマ殿、一つ、ご相談がございます』
ガルウィン卿は、慎重に言葉を選びながら言った。
『あなたがたは、いずれお国に戻られるのでしょうか』
予想した質問だった。
『お話しできる範囲で、率直にお答えいたします』
俺は、ティーカップを置いて、姿勢を正した。
『現時点で、我々が元いた場所に戻る方法はありません。なぜここに来てしまったのかも分かっていません』
『……そうですか』
ガルウィン卿は、わずかに目を伏せた。同情、というよりは、彼自身が抱えていた仮説を確かめたような表情だった。
『無理を承知で申し上げます。我が国の領内で、しばらくの間、お暮らしいただくことは、可能でしょうか』
『それは可能ですが……』
『その場合、お住まいや、必要な物資は、こちらでご用意いたします』
『ありがとうございます。ですが、それについては――』
俺は、ここで一つ、提案をすることにした。
『郊外に、自分たちの拠点を置かせていただけませんか。物資はこちらに揃っておりますし、お国の負担を増やしたくないのです。もちろん、許可をいただいた上で、目立たない場所に。陛下や卿がお呼びであればすぐに参じます』
ガルウィン卿は、しばらく考え込んでいた。
彼の頭の中では、おそらく、いくつかの計算が同時に走っているのだろう。客人としての待遇と、未知の存在を城内に長く置くことの危うさ。神官長の反発の予測。
『陛下にお伝えいたしましょう。場所のご相談も、改めて』
『お願いいたします』
午後の謁見では、エリアーナは昨日よりも幾分くだけた様子で俺たちを迎えた。事前にガルウィン卿が拠点の話を彼女に伝えていたらしい。
『郊外の、城の見える丘ならば、お貸しできます。古くから王家の狩り場でしたが、近年は使っておりません。森も水も近く、お住まいには適しているかと』
『ありがとうございます』
俺は、心からそう言った。
部屋の隅に立っていたラウスト神官長は、相変わらずの仏頂面で、しかし今日はわずかに二、三度うなずいた。「目立たない場所に置く」というあたりは、彼の意にも適っていたらしい。
翌日。
俺は昨夜のうちに輸送艦の一隻を大気圏内に降下させておいた。海上に降りた輸送艦には拠点設営用のロボットと資材が積まれている。今ごろは輸送機に積み替えられて、こちらに向かっているはずだ。
ガルウィン卿と、城下から付き添う数名の役人、それに護衛の騎士団五騎ほどを伴って、俺たちは件の丘に向かった。
馬から降りた一行は、丘の上で、しばし無言で立ち尽くした。空から、銀色の大きな箱がいくつも、ゆっくりと降りてくるのを目の当たりにしたからだ。大気圏内移動用の反重力輸送機だ。
輸送機は、エンジン音を立てるでもなく、噴煙を立てるでもなく、ほぼ無音で、丘の数か所に静かに着地した。やがて、輸送機側面のハッチが滑らかに開き、中から、人間の形をした、しかし金属でできた、いくつもの作業ロボットが歩み出てくる。
「……お、おお……」
護衛の騎士の一人が、思わず声を漏らした。
ガルウィン卿は、口を真一文字に結んで、その様子をじっと見つめていた。驚きを表に出さないようにしているのが、かえってその驚きの大きさを物語っていた。
『あれは、御国の騎士、でしょうか』
ガルウィン卿が、極力、平静な声で尋ねた。そう言われれば、騎士に、見えなくもない。
『騎士ではありません。作業用のロボット――人造の道具です。土を掘り、木を切り、家を建て、道をならす。人の指示通りに動くからくりです』
『からくり……』
『はい』
ガルウィン卿は、それきり言葉を失った。
ロボットたちは、整然と隊列を組み、それぞれの作業に取りかかった。一台は地面の測量を始め、別の一台は木材を運び、また別の一台は基礎の穴を掘り始める。
その動きには、無駄がない。だが、人間が見ていて不気味に感じる速さでもない。あえて、現地の人々を脅かさないよう、クレアが動作速度を調整してくれていたのだ。
俺はクレアに小声で言った。
「ありがとう」
「いえ。このくらいの配慮は、必要かと」
彼女は、いつものように淡々と答えた。
日が暮れる頃には、丘の上に、簡素な木造の建物が三棟、立ち上がっていた。
居住棟、作業棟、それから資材倉庫。
壁の継ぎ目は、職人が時間をかけて仕上げたかのように整っていた。屋根には現地の瓦に似せた素材を葺き、煙突まである。窓ガラスは、艦内で精製したもの。中世レベルのこの世界では希少品だが、見た目は普通のガラス窓と変わらない。
「丘から見える景色、いいですね」
クレアが、夕日に照らされた王都の方を見て言った。
「うん」
城壁に沿って、夕日が長く影を引いている。城のいちばん高い塔の窓に、灯りがひとつ点いた。エリアーナの執務室の窓だ、とガルウィン卿が教えてくれた。
『……驚きました』
ガルウィン卿が、ぽつりと言った。
『率直に申し上げます。あなたがたは、人ならざる方々なのではないか、と感じました』
『普通の、人間ですよ』
俺は苦笑した。
『ただ、私たちの故郷では、こういう道具を使うのが普通だったのです』
『……そうですか』
ガルウィン卿は、丘の縁に立って、しばらく王都の方を見つめていた。それから、ゆっくりと振り返った。
『陛下にお伝えする言葉を、考えなければなりません』
彼は、ほんの少しだけ、苦笑のような表情を浮かべた。それは、客間で初めてくつろいだ表情だった。
『難しい仕事です』
風が、丘の上を渡っていく。
ロボットたちは、夜になっても、最後の仕上げの作業を続けていた。月明かりの下、灯りもなしに、整然と動き続ける彼らの姿は、見ていて少し不思議で、けれどもなぜか、安心感を抱く眺めだった。




