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第4話 接触

 翌日の昼過ぎ、王都を発った使者の一行は、国境の砦近くで帝国軍と接触した。


 その様子は、上空のドローンが克明に記録していた。


 白い旗を掲げた使者の代表らしき初老の男が、馬から降りて、帝国軍の指揮官の前に進み出る。指揮官は馬上のまま、使者を見下ろしていた。武装した兵士たちが、輪を作るようにして二人を取り囲んでいる。


 絶えずバージョンアップを続けている翻訳辞書のおかげで、二人の会話は字幕付きでブリッジのスクリーンに表示されていた。


『アウレリア女王陛下からの親書をお持ちした。どうかお目通しを願いたい』


『内容は分かっている。条件は変わらん。アウレリアは帝国の属州となり、女王は皇帝陛下に臣従の礼を取る。これに反する一切の交渉は受け付けない』


『陛下は、両国の歴史的な友好と、無辜の民の命に鑑み、対等の同盟を申し入れておられます。属州ではなく――』


『属州だ』


 指揮官は使者の言葉を遮った。


『五日以内に回答しろ。回答がなければ、進軍する』


 使者の代表は、わずかに頭を下げた。怒りも嘆きも、表情には表れていない。長く外交の仕事をしてきた人間の、訓練された顔だった。


『……お言葉、確かに承りました』


 使者の一行は、引き止められることなく、来た道を引き返していく。後ろから、嘲笑混じりの兵士たちの声が、ドローンのマイクに拾われていた。


「決裂、ですね」


 クレアが、低く言った。


「うん」


 俺は、椅子の肘掛けを軽く指で叩いた。


 予想通りの結果だ。だが、予想通りであっても、見ていて気分のいいものではない。






 使者が王都に戻ってくるまで、丸一日かかった。


 すでに早馬による知らせが届いているらしく、王城の周辺の動きは目に見えて慌ただしくなっていた。城門を出入りする馬車の数が増え、従者たちの足取りが早くなる。城内の謁見の間と思しき建物の窓には、夜遅くまで灯りが点いていた。


 夕食を取りながら、俺はクレアと打ち合わせをしていた。


「使者の代表、誰だかわかる?」


「衣服の意匠と、出迎えに出た衛兵の所作から、王宮の高位の人物と推定されます。住民の会話で何度か『ガルウィン卿』という名前が出ていました。同一人物かどうかは確証がありませんが、可能性は高いと思います」


「ガルウィン、か」


 白髪まじりの、少し背の曲がった老紳士。映像の中の彼は、馬上の指揮官の傲慢さに対しても、静かに頭を下げ続けていた。怒鳴り返さなかった、というだけで、人柄の輪郭が見える気がした。


「帝国軍は、いつ動くだろう?」


「五日以内、と言っていましたが、実際の進軍までには、もう数日の余裕があると思われます。糧食の調達と、後方部隊の到着待ちの様子です。早くて七日、遅ければ十日ほど、かと」


「そうか」


 俺はフォークを置いて、グラスの水を一口飲んだ。


 もう、見物だけしている時間はない。






 クレアと並んで、ブリッジの片隅にあるテーブルに地図を広げた。


 地図といっても、メインスクリーンに表示されている、王都とその周辺の航空写真の縮小版だ。


「接触の場所、考えていたんだけど」


 俺は地図の一点を指で示した。王都の東側、街道沿いの丘陵地帯。


「ここなら、王都から近すぎず、遠すぎもしない。森に囲まれていて、人目につかない場所もある。シャトルを降ろせるスペースもある」


「衛兵の巡回ルートも、定期的にこの付近を通っています。先方の発見も得やすいでしょう」


「だね」


「兵装は」


 クレアが俺を見た。


「ない方がいい」


 俺は即答した。


「丸腰、ということですか」


「完全な丸腰は危ない。けど、見た目には武装していないようにしたい。隠しの装備は、艦内警備用の小型のもので十分。シャトルの自衛機能だけは生かしておく。あとは光学迷彩を最後まで使って、必要な距離まで姿を見せない」


「シャトルは、ミネルヴァの第一艇庫から二号機を使います。光学性能と耐弾性のバランスが取れています」


「一緒に行く?」


「はい」


 即答だった。


「危険だよ?」


「トウヤさんが行くところに、私がいないわけにはいきません」


 それきり彼女は振り返らず、コンソールの操作を続けた。


 武装したロボット兵の護衛付きで姿を現せば、相手は敵対勢力とみなす確率が高い。逆に、たった二人なら、信用はされなくても、警戒の度合いは低く抑えられるはずだ。


「言葉は、私が補助します。リアルタイム翻訳のイヤーピースを司令にお渡しします」


「うん。――え?クレアは、自分で喋れる?」


「単純な敬語の構造はおおむね把握しました。込み入った宮廷用語は無理ですが、基本的な意思疎通は可能です」


「す、すごいね……」


「数日間、住民の会話を聞き続けただけです」


 彼女は淡々と言うが、俺が一生かけても辿り着けないような芸当に見える。






 翌日の早朝。


 ミネルヴァの第一艇庫で、俺は支度を整えていた。


 服装はゲーム内で標準装備の、艦隊司令官用の制服――ではなく、わざわざ用意した、装飾の少ない濃紺の上着とズボンだ。襟元には小さな艦隊章だけ。クレアの方は、いつもの白い軍服を、肩章を外して着ている。彼女が言うには「相手にとって、軍服は脅威にも、敬意にもなり得る。脅威に振り切れない程度に簡素にしました」とのことだった。


「じゃあ、行こうか」


「はい」


 俺たちはシャトルに乗り込んだ。シートに座ってハーネスを締める。クレアも隣の席に座り、コンソールを操作し始める。格納庫の外壁が開き、漆黒の宇宙が見えた。その向こうには、青く輝く惑星がある。


 艇庫から射出されたシャトルは、滑らかに大気圏に突入、降下していく。ゲーム内では幾度となく繰り返した大気圏突入。だが実際に経験するのは初めてだ。シャトルが高熱に包まれ、機体が振動する。窓の外の炎は本物の大気圧縮熱だ。シートに押しつけられるGも、本物の重力だ。


「高度80、速度基準値内。機体状態は正常」


 クレアは揺れる機内で、なんでもないように操縦パネルを見ている。揺れに体を合わせながら、指は的確に動いている。


「高度50、雲層に突入」


 しばらくして雲を抜けると、眼下に広がる朝焼けの空が見えた。空は淡いオレンジと紫に染まっていて、息をのむほど美しかった。こんな空の下で戦争が起きようとしている。


 窓の外を、地球と見分けのつかない山並みが、ゆっくりと流れていく。


「光学迷彩を展開します」


 じゅうぶんに減速した頃合いで光学迷彩を展開する。地上から見上げる人がいても、何も見えないはずだ。


「司令」


「うん?」


「緊張、していますか」


「うん。クレアは?」


「私もです」


「お互いさまだね」


 俺は窓の外に視線を戻した。






 シャトルは、丘の上の、まばらな木立の中に静かに着地した。


 俺たちはハッチを開け、地面に降り立った。


 春の終わりの風が頬を撫でた。本物の風だ。湿り気と、若葉の香りと、土の匂い。VRでは決して再現できない、複雑な空気の感触。


 遠くで、鳥が鳴いている。


「これが、自然……」


 ゲーム内の存在にすぎなかった彼女にとっては、リアルな自然を経験するのは初めてのはずだ。


 二人で、しばらくの間、ただ風景を眺めていた。木立の隙間から、街道と、その先の王都が見えた。城壁の上に、小さく旗がはためいている。


「来ました」


 クレアが小さく言った。


 北側の街道から、十数騎の騎兵が、こちらに向かってゆっくりと進んでくる。先頭には、見覚えのある初老の人物。背筋がまっすぐで、白い髪が朝日に光っている。


 ガルウィン卿だ。


 彼らは、俺たちから少し離れた地点で馬を止めた。光学迷彩はすでに解いてある。彼らからは、見たこともない金属の塊と、その傍らに立つ二人の人間が、はっきりと見えているはずだ。


 ガルウィン卿は、ためらいなく馬から降りた。


 部下が止めようとするのを片手で制して、ゆっくりと、こちらへ歩み寄ってきた。


 近くで見ると、思っていた以上に背が高い。皺の刻まれた顔、少しくぼんだ目元。だが、視線そのものはまっすぐで、揺らがない。


 俺は深く息を吸って、ゆっくりと右手を、胸の高さに上げた。


『敵意はありません。話を、させていただきたい』


 クレアが教えてくれた、この国の言葉で、できるだけ穏やかに発音した。


 ガルウィン卿は、しばらく俺たちを見つめていた。


 それから、彼は静かに、自分の胸に右手を当て、ほんの少しだけ、頭を下げた。


『……お話を、伺いましょう』


 風が、もう一度、丘の上を吹き抜けていった。




※現地語のセリフは『』で表しています。

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