霧の工房 ─深まる「レオン・マジック」の謎
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プライベートがバタついているので、しばらく更新が遅く不定期になります。
でもレオンくんたちのお話は大切に書いていきます٩(。•ω•。)و
少しお待たせしてしまうかもしれませんが、のほほんとお待ちいただければ幸いです。
これからもどうぞよろしくお願いします( * ॑꒳ ॑*)
アルベルトがレオンの癇癪を宥めている頃、ヴィクトールとマルクスは工房にいました。
それはレオンから聞いた報告書を元に、再現できるのか気になったからです。
「「…………」」
ヴィクトール侯爵と側近マルクスは、並んで沈黙していました。
二人の前には、小さな木桶と、湧水、サボンソウの煮出し汁、そして厳選された「泥」が並んでいます。
先ほどまで山奥の工房で「形にならない」と嘆く元暗殺者たちを横目に、「報告書があれば多少なりとも形になるだろう」とタカをくくっていた二人は、自分たちの手元にある「ナニカ」を見て、魂が抜けたような顔をしていました。
「……閣下。これ、どう見てもただの泥水です。いくらネリネリしても、粘り気すら出ません」
マルクスが震えるヘラで、ドロドロの液体をかき混ぜます。
一方のヴィクトールが作成したものは、水分が少なすぎたのか、乾いた土塊のようにボロボロと崩れ、かすかにローズマリーの香りがする「ただの石」に成り果てていました。
「……おかしい。私は確かに確認し、何度も見て理解していたはずなんだが……」
ヴィクトールが苦虫を噛み潰したような顔で呟き、腕を組み何度となくあった場面を思い出しながら……。
「レオンが『う〜ん、もっと!』と言って、ニコが『はいっ』と泥を足した。あの時の量は、ほんの一つかみ……いや、指先でつまむ程度の微量だったはずだ。なぜ、奴らがやるとピタッとまとまるのだ」
「閣下、もう認めましょう。……ヤバいです。本当に、見るとやるでは違うのです」
マルクスは泥だらけになった高級な袖口を、気にする余裕すらなく天を仰ぎました。
「工房の連中を笑った私を許して欲しい。彼らは想像を絶する超感覚の世界で、必死に戦っていたのだな……。私には無理だ」
「本当ですよ。あんな『基準のない作業』を、不貞腐れもせずカタチにしようとやり続けるなんて……。奴らはある種のエリートですよ」
かつては一国の命運を左右した暗殺者や密偵だった男たちが、今では『正解の見えない迷宮』で、血の滲むような努力を重ねている。
その真実を自ら泥を捏ねることで、ヴィクトールとマルクスは本当の意味で理解したのでした。
そこへ作業を一旦切り上げたジャックが、ヴィクトールたちの元へ歩み寄り出来を見ました。
「あぁ、なるほど! 旦那方、皆最初は似たようなものですから」
「……旦那様。これは、その、……検証調査でしょうか?」
ニコも不思議そうな顔で桶の中を覗き込んで尋ねました。
ヴィクトールとマルクスは、「「ウ、ウム……」」と、気まずげに顔を見合わせます。
「うーん……旦那様は高い温度で混ぜたのが原因ですし、マルクス様の方は『ちゃぷちゃぷ』で、ヌルすぎたんですね。もっと、こう……熱を均一に攪拌しながら、一定のリズムで混ぜるんです」
ニコはマルクスの桶にグラグラと沸騰した液を注ぎ足すと、迷いのない手つきで混ぜ始めました。
ニコは手早く攪拌しながら、横で見ていたジャックに声をかけます。
「ジャックさん、泥を、 ……まずは2杯、お願いします」
ジャックは言われるがままに、泥を1杯投入した直後、ニコが鋭い声を上げる……。
「……っ、ストップ! あとは自分で入れます!」
突然の指示にジャックが「えっ、あ、ああ!」と慌てて手を止めました。
その横でニコは、熱を逃がさないよう迷いない手つきで、グルグルとヘラで力強くかき混ぜます。
さらに絶妙なタイミングで足りなかった泥を手づかみでパラパラと振り入れ、二、三回転せば、サラサラだった液体は艶やかな「泥団子の素」へと姿を変えていきました。
「「…………!!」」
ヴィクトールとマルクスは、その瞬間、桶の中を凝視したまま息を止めたのです。
「感触」と「タイミング」だけで、鮮やかに変化させたニコは、相変わらずレオンと似てのほほんとしています。
「はい、出来ました! ジャックさん、成形へ回していただけますか?」
「あぁ、もちろんだ!しかし、いつ見ても鮮やかな手つきだな」
ジャックに褒められ、ニコはテレテレと頬を掻き、ただの人のいい青年にしか見えません。
ですがよく考えると、彼が「普通」なはずありませんでした。
あのブルーノでさえ、彼の『危機察知』能力には一目置き、当てにしてるのですから……。
「では、旦那様!」
ニコはペコリと頭を下げると、何事もなかったかのように、訓練生の元へと去って行きました。
「……マルクス。私は、色々と人物判断を見誤っていたようだな」
「いやぁ……ニコ本人はのほほんとしたいいヤツなんですけどね。レオン様にブルーノ、それにあのマルコですよ。アクが強すぎませんか? あんな連中に囲まれりゃ、染まるというものです。元々が真っさらだったんですからね」
マルクスが横で、ニコがいかに純朴で貴重な人材かという話を聴きながら、ニコが去った後の工房を見渡します。
すると先ほどまで、ささくれ立つような空気はなくなり、なんとなく工房全体が穏やかな空気へと変わっていました。
「……本当に、色々と見直さねばならんな」
ヴィクトールは溜息をつくと、自分の手元にあった「石くれのような塊」を、隣で騒ぎ続けるマルクスに押し付けます。
「……えっ? なんです、これ?」
「今まで世話になった礼だ」
「……えっ?! いや……ていうか、入りませんよ。こんな『石塊』!」
「何を言う。一応それも、石鹸にはなるらしいぞ」
「だとしても入りません! くれるなら酒です、極上の酒を下さいよぉ!」
そんな主従のやり取りを、訓練生――元暗殺者たちはニヤニヤと面白そうに眺めた後、その「石塊」が実は鋼すら磨ける研磨剤なると教えました。
するとヴィクトールとマルクスは、またしてもそれを巡って子供のように争い、職人たちを笑わせたのです。
──その頃、レオンは限界を迎えていました。
『指先の向こう側に何かある。行け!』と、ビンビンに警鐘を鳴らしているのに、アルベルトがなかなかそちらへ向かってはくれません。
しかも掠めるだけ掠めて、また遠ざかって行くので苛立ちが募るばかりです。
「……にいちゃ! あっちぃ! はなれたぁ!」
ポコポコと殴って暴れるレオンを、アルベルトは必死になだめます。
「レオン、落ち着け! あっちは危ないんだ!」
工房の大人たちは泥遊びに夢中で、誰も自分の『たんけん』に手を貸してくれません。
理不尽な現状と、期待していたご褒美が何もない状況に、三歳児の感情はついに決壊してしまいました
「……う、ううっ……」
瞳に大粒の涙が溜まり、ポロポロと頬を伝い落ちます。
(ボク、ちゃんとお手伝いしたのに……)
アルベルトが焦って工房へ引き返そうとしたその瞬間、更に遠ざかっていく『あっち』への渇望が爆発しました。
「うわあぁぁぁん!! あっち! あっちなのぉぉぉ!! うわぁぁぁん!!」
全身をバタつかせ、喉が張り裂けんばかりの大泣きです。
三歳児が放つ、抗いがたいほどに純粋で容赦のない拒絶……。
その泣き声は工房の扉を突き抜け、泥と格闘していた元暗殺者たちの耳に届き、手を一斉に止めさせました。
「……ごめん、レオン。わかった、わかったから……!」
アルベルトが慌てて抱きしめ、宥めようとしますが、レオンは涙でぐしゃぐしゃになった顔で仰け反り、激しく抵抗します。
「……にこ……にこォ……っ、うわぁぁぁん!!」
呼びかけられた名前に、工房の空気がピシリと凍りつきます。
「あっちなのぉぉぉ! ぜんぶ、ぜんぶあっちなのぉぉぉ!!」
テオが眉間に深い皺を刻み、ジャックが扉に目をやって即座に立ち上がると、ガウリや他の訓練生たちも無言で顔を見合わせ、数名がテオとジャックに追従し、音もなく外へと飛び出していきました。
工房に残されたガウリたちが、一斉にニコを見ます。
この泣き声は単なる癇癪ではなく、自分たちの主君であるレオンからの「拒絶」と「救助の悲鳴」であることを、元暗殺者たちは本能的に悟っていたのです。
「……レオン様が、泣いている」
ガウリの静かな報告にヴィクトールとマルクスが立ち上がりますが、訓練生たちは「今は我々が向かいます」と告げ、二人を工房に留め置きました。
──数分後。
ギャン泣きするレオンを抱えたアルベルトが、まるで死刑台へ向かうような青い顔で、工房の扉を蹴り開けました。
泣き叫ぶレオンはニコを見つけた瞬間、必死に手を伸ばします。
ニコも思わず抱きしめ、頭を撫でながら宥めるのです。
「ヨシヨシ、レオン様、大丈夫ですよ。……ちゃんと、お話しましょう。……大丈夫です」
そのまま外へ出ると、レオンの泣き声はだんだんと遠ざかり、少しずつ収まっているようでした。
── 工房に残されたのは、凍てつくような静寂。
テオの冷ややかな瞳が、アルベルトの心臓を射抜くように見つめています。
訓練生たちの無言の圧が工房全体を支配し、ヴィクトールとマルクスですら迂闊に言葉を発せず、重苦しい空気が充満していました。
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