秘密の工房と、泥にまみれた「黒の精鋭」たち
いつも応援ありがとうございます!
プライベートがバタついているので、しばらく更新が遅く不定期になります。
でもレオンくんたちのお話は大切に書いていきます٩(。•ω•。)و
少しお待たせしてしまうかもしれませんが、のほほんとお待ちいただければ幸いです。
これからもどうぞよろしくお願いします( * ॑꒳ ॑*)
「おはよう、レオン、ニコ。お話聞いたわ。今度合う時はお友達も紹介してね!」
レオンは朝食の間、嬉しそうにエヘヘと笑っています。
そんなレオンを楽しげに眺めた後、給仕を終えたニコに『泥石鹸の件』について尋ねてみました。
ニコは一瞬キョトンとしましたが、すぐに背筋を正し、恭しく礼をして了承します。
レオンはヤギのミルクが入ったマグを両手で抱え、ご満悦の様子です。
「とにかく用事はさっさと済ませて、いろいろと遊びましょう。私も今からワクワクなのよ」
カトリーヌがニッコリと笑って羊皮紙をテーブルに置くと、ニコが準備を整えます。
「……はい。ではレオン坊っちゃま、先ほどお教えした通り、カトリーヌ様に説明していただけますか?」
二段目の桶を取り出し、レオンの前に置く。レオンは「うん!」と元気よく頷くと、桶を抱えて自信満々に語り始めました。
「どろどろはね、『おふろの あわあわ ぎゅうっ』ってするの!」
カトリーヌの鋭い視線を受け、ニコが即座に翻訳します。
「あ、はい……! つまりですね、桶に泥の分量をギリギリまで詰め、過剰な水分を『泡』として排除するような比率を保て、という意味かと……。おそらく、粘度を作るための極限の配合比かなと」
「……なるほど、密度ね。続けて」
「うんとぉ、おみず『おひさまの きらきら こんだけ』なの!」
レオンが桶の縁ギリギリを指でなぞると、ニコは迷わず解説します。
「日光に当てた際の反射率が変わる直前のライン……液面が光を反射して『キラキラ』と光り輝く飽和点、溶媒の限界量の限界ですね。少しでも超えれば分離してしまう、非常に繊細な境界線です」
カトリーヌは無表情のまま走り書きをします。
ちょうどその頃、廊下を通りかかったヴィクトールとマルクスは、レオンの声に吸い寄せられるように足を止めました。
「で、混ぜ方は?」
「あっちあっちの、にこにこ ぐるぐる!」
レオンが両手で小さく円を描くと、ニコ
は職人の顔で答えます。
「熱を逃がさぬよう、常に桶の底から対角線を描くように攪拌せよ、と。一定の回転速度を保ち、熱のムラを消す『ニコニコ』とした攪拌リズムが必須だそうです」
「……一定のリズムと熱の均一化ね?……後は、混ぜるのをやめるタイミング。その秘訣は?」
「あい!『もこもこ ぷにぷに さよなら ぱちん!』よ!」
レオンは真剣な面持ちで指一本立てた後、両手でパチンと叩きました。
――一瞬の静寂。
ニコは深く息を吐き出し、レオンの言葉を紐解きます。
「『もこもこ』と湧き上がった不純物が沈殿し、液面が『ぷにぷに』とした弾力を持つようになる。その瞬間、最後の気泡が『ぱちん』と弾ける小さな音を聞き逃すな……と。パチンが完結した唯一の合図です」
カトリーヌは書き終わると、溜息をつきました。
「……ありがとう、ニコ。あなたの言葉越しで聞く三歳児の感覚は、想像以上に緻密で理論的なのね。恐れ入ったわ」
「は、はは……。レオン坊っちゃまは、素材の『声』を聞かれる天才ですから……」
ニコは頬をかき困った顔をしながら、朝のひんやりした湧水に摘みたてのカモミールとミントを浮かべたハーブウォーターを注ぎます。
「ニコ、キラキラ♪」
「えぇ、そうですね。湧水も、朝露を纏ったハーブも、とてもキラキラしています」
「あら! 素敵なキラキラの雫ね。贅沢な一日になりそうだわ。ありがとう、ニコ」
「うまうまなの♪」
さっきまであったピリッとした空気は霧散し、朝の光の中で穏やかな時間が流れていきます。
……しかし扉近くの片隅では全く異なる空気が澱んでいました。
廊下に立ち尽くすヴィクトールとマルクスが放つ粘着質でどす黒い気配は、周囲の陽光を塗り潰しています。
その異様な殺気と不穏な重圧に、使用人たちは自然と足音を忍ばせ、その一角だけを避けるように通り過ぎていくのでした。
***************
───数日後。
ヴァリエール領の山奥、秘密の「配合工房」にて。
別邸から山の奥地、清冽な湧水が幾つも点在するそばに、「泥石鹸の工房」があります。
その工房の中では、相変わらず泥と野草の匂いと、苦悩の呻き声で満ちていました。
実はレオンから聞き取った報告書が待ち合わず、まだ彼らは聞いないのです。
──バシャッ……!!
「……クソっ、ローズマリーの香りはバタバタバッチリなのに、混ぜても混ぜても『泥沼』じゃねえか!」
元諜報だったジャックは、鍋をかき混ぜながら毒づきます。
かつてナイフを躍らせれば鋭いものでしたが、今はサボンソウの泡と泥にまみれて、言葉の鋭さは増しました。
「ジャックさん、うるさいですよ。こっちは泥を入れすぎたのか、もう団子にすらない、石……?、カチカチの『投石用の礫』でしょうか」
隣にいる元暗殺者のテオは、灰色のガチンコな塊を前に、肩をズンッと落とし溜息をつきます。
彼らが取り組んでいるのは、レオンが作り出した洗浄配合……【泥石鹸】
①抽出: 湧水でサボンソウとローズマリーをじっくりと煮出し、天然の洗浄成分と抗菌作用を引き出す。
②混錬: その抽出液に、湧水の底にある「きめ細やかな泥」を精製し、絶妙な比率で混ぜ合わせる。
③成形: 泥が水分を吸い、粘土のようなどっしりとした質感になったところで「泥団子」状に丸め、熟成乾燥させる。
言うのは簡単ですが天然素材ゆえに、その日の気温や湿度、そして素材を入れるタイミングで仕上がり具合が毎回激変し、まったく正解が見つからない、霞のような工程作業です。
恥ずかしながらどこかしらの片隅で、誰でも一度は大泣きし慰められ、挫けながら修行を続けているのが現状でした。
「ニコさん! これ、柔らかすぎて団子にできません! 泥を足せばいいですか?」
涙目で悲鳴混じりに、弱音を吐く元盗賊ガウリ……。
レオンから頭突きを食らった張本人ですが、実はただ仕事真面目な青年でした。
またレオンに謝るガウリに、「イタイイタイ、ごめんさい」と謝られ、レオンに「襲って来たヤツに謝るな!」言って聞かせる青年です。
本当に仕事は真面目に取り組みますが、楽な効率を望み、ちょくちょく弱音を吐き、工程にもいろいろアレンジを加えるのも彼でした。
なので指導役のニコから鋭い叱責が飛びます。
「ダメです! 泥を足しすぎたら、ただの『ガチコチ』です! レオン坊っちゃまは『耳たぶの柔らかさになり、ローズマリーの香りがふわっとするまで待つの』って仰ってましたよ!」
「耳たぶって……俺たちの耳たぶは、修羅場を潜りすぎてガチコチなんだよぉ……」
誰の心にも、かつて捨てた故郷や、失った仲間たちの影がある……。
かつて彼らは、権力者たちの利権争いの駒としてレオンを狙う刺客に過ぎませんでした。
──ですが、今は違います。
世界で唯一、泥石鹸を配合できる「職人」として、泥の中に指を沈めています。
孤児院の片隅で震えていた者、田舎から出て都市の悪意に呑まれた者たち。
彼らにとってこの工房は、単なる職場ではないのです。
過去の自分の痛みを、これからの子たちに味合わせぬという誓いとともに、この世にいない友や親族の魂を弔うための、長年の夢であり希望でした。
だから必死に食らいつき、成し遂げなければならない……。
── 成せばかならず、世界は変わる!
彼らが見上げているのは、木漏れ日の先にある、かつて自分たちが欲しかった温かく照らされた未来なのだから……。
彼らは『木漏れ日商会』の配合員として、光に寄り添う闇の者として、今日も泥を練り続けるのです。
****************
そんな工房の喧騒とは裏腹に、少し離れた森の奥では――。
「にいちゃ、ちがう! あっち、あっちなの! ブシュブシュってる!」
「わかってるって、レオン! だがな、その方向はただの断崖絶壁だ。ここから先は道すら……痛っ!?」
アルベルトの肩車に乗ったレオンが、アルベルトの髪をわしづかみにして、強引に方向転換をしようとします。
「こっちない! あっち!」
「レオン! だから、あっちは崖だって言ってるだろ! 落ちるぞ!」
ポカポカとアルベルトの頭を叩き、癇癪を起こすレオン。
ですがレオンが指差す先――崖の向こう側は(実は崖はない)、風に揺れる木々の間に、何らかの違和感がありました。
それを見つけられぬまま、アルベルトは悲鳴を上げつつ、なんとか今日もレオンの方向指示から「回避」したのです。
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