夜風が運ぶ南欧の影と闇
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プライベートがバタついているので、しばらく更新が遅く不定期になります。
でもレオンくんたちのお話は大切に書いていきます٩(。•ω•。)و
少しお待たせしてしまうかもしれませんが、のほほんとお待ちいただければ幸いです。
これからもどうぞよろしくお願いします( * ॑꒳ ॑*)
王都の華やかな喧騒の中、バルコニーで待つヴィクトールには、店先の弦楽の調べが遠くかすんで聞こえています。
薄暗い外套を纏った男が、まるで夜の闇そのものが凝固したかのように、足音もなく背後に現れました。
南欧の大国マクエイナの最強諜報機関『真眼の灰』の長――その名もファルカスです。
以前、彼は「泥石鹸」の最優先取引協定を結ぶため、ヴィクトールに一方的な「貸し」を作ろうと動いていました。
マクエイナの元気すぎる女性たちの機嫌を取るために、切実(傍から見れば妙な)で平和的な解決方法です。
もちろんヴィクトールは、そんな彼の動きをいなしつつも、「貸し」にはしません。
しかし南欧の強力な伝手として残し、かつ彼の冗談めいた考え方に面白さを覚え、それ以来、友好的な付き合いを続けていたのです。
「ヴァリエール侯爵!……先日はありがとうございます。我が国の女性たちが大層喜びまして、今後とも友好なお付き合いをよろしくお願い致します」
ファルカスが、低くよく通る声で囁やく中、その鋭い瞳には親愛の情の裏に、強い警戒と敬意が孕まれていました。
「ありがとう、ファルカス。こちらこそですよ。……さっそく、商談を始めましょう」
ヴィクトールは手にしたグラスの琥珀色の液体を揺らし、静かに微笑みました。
そして取引をお願いする商品リストを渡しながら告げます。
「単刀直入に言うと、貴国の『乾燥させたビターオレンジの皮』を、今後定期的に買い取りたい。もちろん他にも各種あるが、お願いできるだろうか?」
その提案に、ファルカスはハッと息を呑み目を見開きます。
(……初夏のこの時期に、倉庫でダブつく『冬の備蓄品(乾燥オレンジ皮)』を狙ってくるとは……。財政的にも、夏の交易前に少しでも現金を欲している、この絶妙なタイミング!恩を売り、こちらの主導権を握るつもりか?我が国の流通の裏まで、この男の頭にはすべて把握済みと見える……)
ファルカスは、ヴァリエール侯爵の底知れない先見の明と、冷静な経済的思考に戦慄しました。
「……さすがはヴァリエール侯爵。我が国の内情をご存知とは。……乾燥オレンジ皮の取引、全面的にお約束しましょう。主導権は、すべて貴殿にあります」
相手が勝手に深読みし、格好の条件で交渉権を差し出す中、ヴィクトールは落ち着き払った仮面の裏で、天に向かって全力で神に感謝を捧げたのです。
――そして、翌日。
明後日には領地へと出発するため、ヴィクトールは朝早くから王宮へ出向いていました。
執務室で仕事の引き継ぎや根回しにバタバタと追われていると、タイミングを合わせたかのように『木漏れ日商会』の来訪と、陛下からの呼び出しが同時に重なります。
慌ただしく廊下を移動する途中では、懇意にしている貴族の当主たちに呼び止められ、彼らは一様に顔をほころばせ、じゃがいもの生産量が増加したことを報告するのです。
「いやはや、すべては『緑の手』エレーナ様に感謝を!」
「いえ、こちらこそ検証にご協力いただき、感謝しておりますよ」
ヴィクトールは微笑みながら応じるが、心の中では別の人物を思い浮かべます。
実際のところ、この増産の仕組みを作り上げたのは、小さな賢者――息子のレオンの偉業です。
しかし彼はまだわずか三歳の幼子に過ぎず、彼自身の自我が芽生え、自らを守れるようになるまでは、何としてもこの手で守り抜かなければなりません。
(……まぁ中身はとんでもない『やらかし大魔神』なのだがなぁ)
どうか領地へ向かうまでは何事も起きませんように……。
ヴィクトールは内心でそう祈りながら、国王の待つ執務室へと足を速めるのでした。
───しかしその祈りは打ち砕かれる……。
到着するやいなや、ヴィクトールを待っていたのは、エドワードからの凄まじい怒号でした。
原因は言わずもがな、我が家の誇る『賢者のやらかし』です。
「いいかヴィクトール、我々がどれほど必死にレオンの存在を他国のスパイから隠しているか分かっているのか!? 『レオンはただの可愛い3歳児です』という偽装工作のために、王家が予算と人員をどれだけ割いていると思っている!!」
それなのに誰もが行き交う場に一ヶ月以上も、それは放置されていたという事実……。
「はっ! 王家の手厚い隠蔽工作には、侯爵家一同、日々涙を流して感謝しております!」
直立不動で応じるヴィクトールだが、背中には冷や汗が流しながら恐縮するしかありません。
「だったらなぜ!!! よりによって『我が王宮の裏庭』へ、ノーガードで直納(ダイレクト出荷)したんだ!!!」
(そりゃあ、こっちが知りたいわ!!! 知らなかったんだから!!!)
まさか出発直前に、こんな特大の落とし穴が存在するとは、ヴィクトールは本気で泣きたくなりました。
──王宮の秘密の執務室。
集まっていたのは、アルフレッド(陛下)、エドワード(皇太子)、ヴィクトール、セバス……。
そして『木漏れ日商会』からゼロンとシオンの二人です。
エドワード皇太子は、机の上に提出された【国家最高機密級の防水ですが、触ると危険!お互いくっつきます】という謎の報告書をバンバン叩きながら、胃を押さえ、青ざめた顔で怒鳴るのでした。
そんな嵐のような緊迫感の中を、優雅に歩み出て、アルフレッドたちに『木漏れ日商会』のシオンが挨拶をします。
「偉大なる王に拝謁の機会を賜り、至上の光栄に存じます。木漏れ日商会の会頭を務めます、シオンと申します。……こちらに控えますは、我が商会の相談役兼、筆頭薬師のゼロンです」
「お初にお目にかかり、光栄に存じます」
二人は美しく深々と頭を垂れ、王族の前とは思えないほどゆったりとした所作で、柔らかに微笑みました。
修羅場をくぐり抜けてきた二人の纏う空気は、一介の商人とは明らかに一線を画しています。
「……そこまで畏まらなくていい。ここはプライベートな場だからな……」
椅子に腰掛け、頬杖をついたアルフレッド陛下は、ハァ……と疲れたように深い溜息をつきました。
百戦錬磨のアルフレッドとしても、今回の件は完全に度肝を抜かれていたのです。
「分かりました。でしたらお言葉に甘えまして。……今回の件はまったくの不測の事態ですので、どうかヴィクトール様をあまり虐めないであげてください」
シオンは流れるような動作で頭を上げ、不敵に唇の端を吊り上げました。
「レオン様の『やらかし』は、我ら『木漏れ日商会』が全て請負いましょう。……陛下、我々に暫しお時間を頂けますでしょうか?」
優雅な立ち振る舞いは崩さない───。
しかしその瞳には隠しきれない獰猛な好奇心が爛々と輝いています。
その隣に佇むゼロンは微動だにせず、スラリとした人差し指をトントン、と顎の下を叩きながら、幾つもの仮説を構築し書き換えられていく……。
周囲の喧騒すら届かない深い思索の中で、ゼロンはただ静かに、その正体を解き明かそうとしていました。
シオンとゼロンがそれぞれの方法で「主導権」を握り始める中、エドワードからガルガルと猛獣のような睨みを受けたヴィクトールは、隣に控えたセバスと一緒に途方に暮れたのです。
ここ最近立て続けに起こる『やらかし』に、疲れ果てていました。
──しかし問題は起こります。
シオンが焦った表情でやって来て、「ヴィクトール様、罠に使われた材料を教えて下さい」と言います。
ゼロンは騎士を伴って、現場検証へ向かいました。
ヴィクトールはセバスを振り返ると、セバスはメモ帳をめくり見せて、シオンはそれをササッと書き記し、ゼロンの所へ向かうようです。
「皆様、申し訳ございませんが、私も少々席を外させて頂きます」
セバスは頭を深々と下げ、足早に『木漏れ日商会』の二人を追って行きました。
アルフレッドはヴィクトールを手招きし、「明日から領地へ行くにしては、偉くでかい『やらかし』の置き土産だぞ」と、どこか面白がった表情で言います。
「本当に大変申し訳ございません。日にちをずらして……」
ヴィクトールが必死に言葉を重ねるが、アルフレッドは手を振って制しました。
「イヤ、それはいい。別の『やらかし』をされたくないからな。……と言うのは半分だけ冗談だが、領地でやる事は今後重大なものだろう。先延ばしは良くない」
「レオンは楽しみにしている。それにアイツらがどうにかするさ」
エドワードもそう言うと、椅子に深々と座りハァと溜息をつきます。
ヴィクトールは落ち着きなくウロウロしていると、セバスが我々の所へ戻ってきました。
何処か顔色が悪く「失礼します」と言い、水分を取り心を落ち着かせるセバス……。
遅れて『木漏れ日商会』の二人も戻って来ました。
セバスはフゥと溜息をつき、『木漏れ日商会』の二人を見るとゼロンが静かに頷き返します。
それを見たセバスは覚悟を決めたように……。
「……結果から申しますと、消し炭にします。幸い荷台車の上にあるため移動可能ですが……。一刻の猶予もございません。放置すれば、何が起きるか想像もつきません」
セバスはそれだけ言うと、後は二人に一任するように、その場を辞してまた別の場所へ向かいました。
その後ろ姿から切羽詰まった焦燥感が、ビシバシと伝わり質問を封じます。
取り残されたヴィクトールは、シオンが白銀の髪をさりげなく耳にかけ、優雅に微笑む姿に嫌な予感がしました。
「ヴィクトール様、明日から領地へ向かわれるのですね。レオン様のお見送りは叶いませんが、この件は改めて詳細を『ご報告』致します」
そしてゼロンはゆったりとした不敵な態度で、ニヤリと愉しげな嗤いを浮かべ、ヴィクトールの耳元で囁いたのです。
「安心して領地へ行かれて下さい。それにアレは我ら『木漏れ日商会』の脱け殻ですので、後の処理は責任もって行いますよ」
ヴィクトールは改めて、『木漏れ日商会』の一筋縄ではいかない、どうしようもない焦燥感に駆られるのでした。
「……さて陛下、ヴィクトール様はお忙しいので、『脱け殻』のあった所有者の陛下にお話がございます」
これから先の話はヴィクトールを抜きにして、交渉し進めていくようです。
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