緑の魔王が解き放たれる①
拙いと思いますが、生暖かい気持ちでお願いします。
お待たせいたしました。
ひとときのほほんとよろしくお願いします。
不定期になりますが、のんびりお付き合い
いただければ幸いです( * ॑꒳ ॑*)
ぐずつき気まぐれに降りしきる雨は、ヴァリエール侯爵邸の庭に静かな爆発をもたらしました。
雨上がりの光に照らされた菜園は、もはや菜園と呼べる代物ではありません。
数日前から続いた雨が嘘のように晴れ渡った朝、アルベルトが目にしたのは暴力的な生命力で塗りつぶされた緑の地獄でした。
足元から奥の石壁まで視界に入るすべての地面が、ミントらで侵食し覆い尽くされています。
雨上がりの湿気を吸った土から、目にしみるような強烈な清涼感が立ち上っていました。
「……嘘、だろう?」
アルベルトが震える足で一歩踏み出すと、「ミシッ」と嫌な音がしました。
地表を縦横無尽に這い回るミントの走匍枝……。
互いに絡まり合い、締め付け合いながら、まるで緑色の血管が地面をのたうち回っているようです。
それは弟が大切に育てた「民(作物)」たちの場所も同じでした。
じゃがいもの健気に葉を広げていた株元を、ミントの触手が絞め殺す気で、幾重にも巻き付いています。
地中ではじゃがいもとミントが、根と根の領土争いを繰り広げているのでしょう。
またお豆の蔓が垂直に伸びるはずの支柱を、ミントが「お借りします」と言わんばかりに図々しく巻き付き、上へ上へと這い登っていました。
バラの聖域である根本には、ドクダミすら寄せ付けなかったのに、今やミントの軍勢がその足元を完全に占拠しています。
幸いトウモロコシやトマトには、まだ勢力拡大をしていませんでした。
「……オイ!オイ!どうすりゃいいだよ。これ?」
さすがのアルベルトも、「敵前逃亡もよし!」と思った瞬間です。
───……しかし。
「……これ、うち、ちいさいの、かな?」
密林の奥からしょんぼりとした声がして、近づいみると、レオンが地面を見ています。
覗き込んで見れば「うち」と言う埋めた素焼きの鉢が、内側からの圧力で真っ二つに割れていました。
どうやら成長しすぎたミントの根が、逃げ場を求めて鉢を粉砕し、まるで封印を解かれた魔王の軍勢のように地表へ溢れ出ています。
「にいちゃ……ミントさん、……みんなと、あしゅび、たいの?」
泥だらけの困った顔でレオンが、アルベルトを見上げて聞きます。
その背後では朝日を浴びたミントが無駄に輝き、「さあ、次はお前の屋敷だ!」と言わんばかりに、元気にそよ風に揺れていました。
アルベルトは機微を返し、蔵からスコップを持ち出します。
この「緑の魔王」を相手に、14歳の騎士候補生はかつてない孤独な戦いを、今から挑むことになりました。
(レオン、見てろよ!兄ちゃん頑張るから!!)
果敢に挑んでいるアルベルトの背後で、もう一人の少年が絶句しています。
エドワードは騎士学校の正装である白い手袋をはめたまま、目の前に広がる緑の深淵を呆然と見つめていました。
「……ア、アルベルト、これは、何かの演習か?」
エドワードの愕然とした声に、アルベルトは手にしたスコップを止め振り返ります。
「……これほどまでに『殺気』を発する植物は見たことがないぞ」
エドワードの震える指で示した先には、ミントの触手がバラのトゲを避け茎を締め上げようとしていました。
「……侵略された、の」
足元でレオンがポツリと呟き、しょんぼり俯いています。
「殿下、申し訳ございません。お目汚しですが……、只今『侵略戦争』の――」
「待て!アルベルト……」
エドワードは王族としての冷静さを取り戻し、鋭い目で『戦場』を分析し始めました。
「これはもはやミントの侵略ではないぞ!……見ろ、あの中心部を!壊れた鉢を本陣(本拠地)とし、そこから四方八方へ『緑の騎士団』が突撃を仕掛けている。まさに完璧な包囲陣だ!」
エドワードは授業で習った「古代の包囲戦」を、目の前のミント畑に重ね合わせました。
「……アルベルト。今日は君とチェスを楽しむつもりで来たが……予定を変更する。ヴァリエール家の魔王を制圧しなければ、やがて王都まで支配されてしまう!」
「……う?」
レオンはコテンと首を傾げます。
バタバタバタバタ……!
賑やかな足音にレオンは、後ろを振り返ります。
「きゃあぁぁぁ!なんですの?!」
絢爛豪華で端麗優美な侯爵邸の庭が、おどろおどろしい悪魔に侵食されていました。
驚くカトリーヌを他所に、エドワードはおもむろに上質な上着を脱ぎます。
そして騒ぐカトリーヌに上着を預けて黙らせました。
「……う?」
反対方向へ首を傾げ直す、レオン……。
何が繰り広げられているのか、3歳児にはわかりません。
エドワードは汚れ一つない王宮仕立てのシャツの袖を、迷いなくまくり上げ気合いをいれました。
「とりあえずカトリーヌ、ブルーノに事情を説明してくれ。……あと、駆除は私たちでするからと伝えるように」
「殿下! まさか、そのお姿で土を……!?」
「カトリーヌ嬢、案ずるな。……アルベルト! 騎士たるもの、じゃがいもを見捨てて逃げるわけにはいかないだろう? 私が右翼を担う。君は左翼から敵の本陣を叩け!」
「……了解しました、殿下。……レオン! お前は後方で、我らが引き抜いた『捕虜』を運ぶんだ!」
「あいっ! わっしょい、なの!」
なんかわかりませんが、レオンも参戦のようです♪
バケツを持ち、トトト…と駆け出しました。
「ほどほどになさいませねぇ───!」
呆れ顔でカトリーヌは見送ります。
今から男たちの盛大な『ごっこ遊び』がスタートするのです。
─数時間後─
そこには泥の塊と化した二人の少年騎士と、山のようなミントの残骸がありました。
「……ふぅ。剣を振るより、腰に来るな」
エドワードが泥のついた額を拭い、笑います。その顔は王宮では見せない年相応の少年らしい快活さが溢れていました。
「面目ありません。……おかげで助かります」
アルベルトもまた爽やかな笑顔で応じます。
その頃レオンは、泥団子を作りミントに攻撃していました。
「ミントさん、おうち、かえれぇーなの!」
一時間後──。
そこには、王宮の教育係が見たら卒倒するような光景が拡がっていました。
エドワードは顔に泥が跳ね、鼻の頭にはミントの汁がベチョっと付き、地面に這いつくばり太い根っこと格闘中です。
「くっ……このクソ根がぁ!……どこまで続いているんだ! 妙に頑固に踏んばりやがって!」
「殿下、それは根ではなく『ランナー』です! 千切らないでください!そこからまた増えますよ」
「何だと!? 千切っても増えるのか? まるでヒュドラだな!」
その横でレオンが楽しそうに、エドワードの抜いた大きなミントの束を、小さな体で引きずって運びます。
「でんか、にいちゃ。……ミントさん、あしよんで、……ごめんちゃーい、って、ゆってる」
「レオン、『ごめんちゃーい』は、このミントの数ほどあるのかい?」
エドワードが笑いながら、泥のついた手でレオンの頭を撫でました。
王宮の冷たい石床の上では決して味わえない「ミントテロ」は、なかなか楽しものです。
エドワード殿下の参戦によって、「泥まみれの聖戦」へと変貌していました。
「アルベルト、見てくれ! このミント、首に巻くと驚くほど涼しいぞ。これはもはや氷の首飾りだな!」
泥まみれの皇太子、エドワードが顔を輝かせて訳の分からない事を言っています。
彼の首にはさっきまで地面に這いずり回ってた太いミントの茎が、「勲章」のように幾重にも巻き付けられていました。
「……殿下、涼しいかもしれませんが、見た目が『緑の奇人』です。 王宮に知れたら私は不敬罪で首が飛びます」
そんなアルベルトも、ミントの綱引き大会に苦戦中です。
なぜか手首には「虫除け」に巻き付けられ、泥とミントの汁でエドワードなのか、アルベルトなのか分からない状態でした。
そこへレオンがのんびりとやって来て、小さなミントの輪っかを二人に渡します。
「にいちゃ、でんか。……おそろい。ミントさんと、なかよし」
「おお、レオン、ありがとう。……よし、アルベルト、これを冠にしよう。今日から我らは『ミント騎士団』だ!」
「殿下、悪ノリが過ぎます……」
菜園の入り口で、「カラン……」と銀のトレイが落ちる音が響きました。
その音に気づき振り返ると、そこには執務服に身を包んだヴィクトールが、化け物でも見たかのような顔で立ち尽くしています。
「……あっ、父上?!」
「……侯爵、いい天気だな!」
エドワードはいつものように、威厳のある爽やかな挨拶をしています。
ミントの冠を斜めに被り、首には緑の蔓を巻きつけ、顔じゅう泥塗れのまま……、優雅に片手を上げていました。
ヴィクトールはあまりの光景に絶句……。
「……で、殿下!……その、お姿は……」
ヴィクトールの震える声に、レオンがトコトコと駆け寄り、泥だらけの手で父の仕立ての良いズボンをギュッと握ります。
「とーたま! ミントしゃん、さんぽ、ちた! ……とーたまも、ごめんちゃーいして、ミント、まく?」
余ったミントの蔓を、レオンはヴィクトールに渡そうとします。
「レオン、父様は『ごめんちゃーい』しない」
汚れ一つなかった服がミントと泥に汚れ、ヴィクトールは苦笑を浮かべました。
「……それよりも、アルベルト」
「は、はい! 父上!」
「……その、ミントの冠は……。……少し、歪んでいるぞ。直しなさい」
「はぁ?」
ヴィクトールはそれだけ言うと耳を赤くして、そそくさと逃げるように書斎へ戻りました。
「……父上が、……怒らなかったぞ!」
ヴィクトールの後ろ姿を見つめ、アルベルトは驚きで喜んでいると……。
「当然だ、アルベルト。我々は侵略者を騎士として戦っているのだ。この戦いに負ければ、地獄のスースー攻撃とワサワサ庭だ」
「ちょう!モリモリで大変、なの!」
まだまだ『ごっこ遊び』は継続なようです。
エドワードとレオンは腕を組み、鼻息を荒くしていました。
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