騎士の勲章と、弟の「めっ!」
拙いと思いますが、生暖かい気持ちでお願いします。
お待たせいたしました。
ひとときのほほんとよろしくお願いします。
のんびりお付き合い頂ければ幸いです( * ॑꒳ ॑*)
ヴァリエール侯爵邸の三階──
トテトテ、トコトコ……♪
アルベルトの自室の前で、三歳のレオンは小さな足を止めました。
手には先日貰ったお気に入りの「うさぎさんハンカチ」を握りしめています。
「にぃさま、あそぼぉ♪」
ゆっくりとドアを開け部屋を覗き込むレオンに、モワッとした匂いが襲い掛かります。
「おっ、レオンか!……どうした?」
爽やかに笑うアルベルトですが、部屋の中は鍛錬で流した汗と、使い込まれた革防具の独特な匂いが充満しています。
さらに雨の季節特有の湿った匂いも加わっていました。
……なんというか、騎士にとっては努力の証、いわば「勲章」のように感じる匂い(意味不明)ですが、三歳レオンの敏感な鼻には少し?刺激が強すぎます。
「……オエッ」
蹲り嘔吐くレオン……。
───少しではありませんでした。
「……どうした、レオン?」
「……にいちゃ、くしゃい!」
顔をガバッと上げたレオンは、自分の鼻をぎゅっとつまみ、ピョンとアルベルトから離れて顔をしかめます。
「えっ? ……く、臭い?」
「くちゃい! お鼻イタイイタイにょ! 悪いクシャさん、いーぱい!」
ガーンとショックを受けて、青ざめ立ち尽くすアルベルトをよそに、レオンは決然とした表情で立ち上がりました。
「ボク、クサイさん、バイバイちてあげる!」
バン!!とドアを開け、トトト…と部屋へ毅然と突入を開始します。
「坊ちゃま!ドアはお静かに!!」
「ごめんちゃーい!」
レオンはトコトコと部屋を歩き回り、まずは脱ぎ捨てられた訓練用の小手を、ドアの外へポイッしました。
「クサイさん、あっちいけー!」
もちろんポイッしたくらいで、騎士の汗の匂いは消えません。
それどころかレオンが動きまわるので、部屋の空気がかき混ぜられ、さらに匂いが悪化します。
レオンの顔色はだんだん悪くなるばかりです。
「レオン、いいんだよ。これは騎士の……」
「めっ、なの! にいちゃは、かっこいい!くしゃいの、ダメ!」
レオンは次に窓を開けようと、う~ん……と背伸びをしました。
小さな手が窓枠に届かず、ぷるぷると震えています。見かねたアルベルトが後ろから手を貸すと、雨の日の土の匂いがする風が部屋に流れてきました。
「あっ、 風さん。いらっしゃーい!」
身を乗り出すレオンのポケットから「何か」が落ちます。
それは今朝菜園でニコと摘んだミントの葉です。
(こんな『臭いさん』いっぱいだと、お兄ちゃん病気になるよ!)
「にいちゃ、まってて! ボク『ナイナイ』しゅるの!」
レオンは外へ飛び出します。
今はまだ降っていませんが、雨は今にも空から落ちてきそう……。
レオンは菜園の西側に向かい、もっさりと増えたミントを収穫にいきました。
「ミントさん、ガンバ♪」
トテトテ、パシャパシャ……!
フワッと鮮やかな色の髪の男性が風のように現れ、その髪は全体的に軽やかに跳ねています。
手にはミントやラベンダーなど、香り高い草花の束が握られていて、かがみ込んでレオンの前にその束を差し出しました。
レオンはキョトンとしながらも、大人しくそれを受け取ると、男性は「フフ……♪」と楽しそうに笑い、ひらりと背を向けて去ろうとします。
「……ありがとう、……ぴょん、た?」
おじさんと言うには若そうだし、お兄ちゃんよりは上だし……。
悩んだ末にレオンは、「ぴょん」と弾む彼の髪を見て、直感のままにそう呼ぶと、男性はピタリと足を止め、もう一度レオンに振り向いて、頭の跳ねた髪をユーモラスに揺らしながら、にんまりと目を細めて楽しそうに笑い消えました。
通りかかったメイドさんを捕まえて、摘みたてのハーブを数本、麻の紐でキュッと縛ってもらいます。
「ありがとう! これで、にいちゃのクサイさん、バイバイしゅるの!」
窓際やドアの近くに吊るしておけば、風が吹くたびにお部屋がいい匂いになるでしょう。
レオンが小さな手でハーブをいじりながら説明すると、メイドさんは目尻を下げて、優しく頭を撫でて褒めてくれました。
レオンはハーブを結んでくれたメイドさんと一緒に、アルベルトの部屋へと向かいます。
どうやらメイドさんたちも、あのお部屋の臭いは相当辛かったようです。
雨の時期は特に嫌な匂いがこもり易く、湿気と混ざり合った異臭はまさに地獄!
(……にいちゃ、みんなにめーわくかけてるの)
レオンは小さな手を握りしめ、ポテポテと廊下をプンプンしながら歩いていくと、やがてアルベルトの部屋の前に着きました。
中からはすでに、切迫した声が響いています。
「止めろ! 防具がダメになるだろう。これは高いんだぞ!」
「ならばちゃんとお手入れしてください! これ以上臭うなら、武器専用部屋にお引越しさせていただきます!」
レオンとメイドさんがそっと部屋を覗き込むと、アルベルトが強烈な匂いを放つ防具を抱え、身体を盾にして必死に守っていました。
「……にいちゃ」
その対面では、別のメイドさんが今にもミントアルコールを噴射せんとする『構え』をとっています。
「レオン、これをお兄ちゃんの汗くさい防具の横に吊るしておこう。クサイさんが逃げていくだろう」
アルベルトは救世主を見るような目でレオンにすがりつくと、手に持っていたハーブの束を貰い、早速に防具の隣に飾りました。
すると確かに、強烈だった匂いが少しだけマシになります。
「クサイさん、あっちいけー!……よし、完了だ」
アルベルトの叫びに、レオンが目を丸くしていると、防具の危機を脱したアルベルトはクスクスと笑いながらやってきて、レオンをひょいっと抱き上げました。
アルベルトの首筋からは、さっきメイドさんに吹きかけられたミントアルコールの香りがふわりと漂います。
「……あんなに臭かったお部屋が、今はハーブの匂いに上書きされましたわ」
「本当に……、あの匂いは地獄でしたもの」
背後では2人のメイドさんたちが、ハンカチを手に目に涙を浮かべて感動していました。
それだけあの匂いが嫌だったのでしょう。
レオンは腕の中で、ちょっと複雑そうなジト目でアルベルトを見つめます。
それでも、メイドさんたちに「レオン様、すごいです! お部屋いい匂い!」と褒められたレオンは、ちっちゃな胸を張って「エッヘン♪」するのでした。
ヴァリエール侯爵邸の廊下には、あちこちにレオンが結んだハーブの束が吊るされます。
やはり時期的に嫌な匂いがこもり易いので、ドアを開け閉めするたびに風が当たり、天然のエアフレッシュナーになり、お部屋の入り口に吊るされるハーブの束は、見た目もおしゃれなインテリアになります。
「……ふむ。廊下を通るたびに、頭が冴えるな」
ヴィクトールも執務室に向かう途中で、ハーブの束をそっと指で弾き、香りを立たせました。
その顔にはどこか哀愁があり、遠いところを見つめるような眼差しです。
「……よくエレーナが今くらいの時期にしていたな。こう輪のリースを作っていたよ。懐かしいなぁ……」
ヴィクトールがそう呟くと、セバスも穏やかな表情で静かに頷きます。
周りの使用人たちもゆっくりと微笑み、レオンの姿を優しい目で見つめました。
すると、レオンはヴィクトールとアルベルトの顔を交互に見上げて、不思議そうに首を傾げます。
「にいちゃ、かーさま、しってる?」
その問いかけにアルベルトは少しだけ動きを止めて、レオンと同じ目線になるようにしゃがみ込みました。
窓際には風に揺れるハーブの束を見つめながら、アルベルトは優しく微笑みます。
「……ああ、知っているとも。母上もレオンみたいに、この匂いが大好きだったよ」
レオンは丸い目をさらに大きくして、アルベルトを見つめました。
「かーさま、してたの?」
「そうだな……。母上はお庭のハーブをこうして束ねて、お部屋のあちこちに飾るのが得意だったんだ。父上が仕事で疲れて帰ってきたときに、ふっと心が軽くなるようにって……」
アルベルトの脳裏には、まだ自分が小さかった頃、母が白い指先で器用に草花を編んでリースにしていた姿が鮮やかに浮かんでいます。
「レオンが『クサイさんをナイナイしたい』って思ったのは、きっと母上がレオンの心に、その優しさを残したからかな」
「……かーさまの、おすそわけ?」
「そうだよ。母様が空から見ていて、『レオン、兄ちゃんをクサイさんから助けてあげて』って言ったのかもしれないな」
レオンはのんびりとお空を見上げました。
雲がふわふわと流れていくのを眺めながら、小さな胸を小さな手でトントンと叩きます。
「かーさま、みてる? ボク、ナイナイした! にいちゃ、くしゃくないよ」
その時窓からスウッと、少しだけ強い風が吹き込みました。
吊るされたハーブの束が楽しそうに揺れ、部屋いっぱいに爽やかで清々しい香りが広がります。
それはまるでエレーナが、「よく頑張ったわね、レオン」と頭を撫でたような温かな風でした。
「あ! おかあさま、わらってるの!」
レオンが嬉しそうに飛び跳ねるのを見て、ヴィクトールもアルベルトも、釣られたように声を上げて笑います。
ヴァリエール侯爵邸が、穏やかなハーブの香りと家族の笑顔で満ち溢れた一日でした。
その夜……、コソコソと小さな侵入者が現れました。
手にはミントアルコールを持ち、目にはゴーグルを付けています。
暗闇の中、小さな足音を立ててお兄ちゃんの部屋に忍び込んだレオン。
……トトト、トコトコ。
目標発見!……発射!!
シュッ、シュッシュッ!
「……悪さん、せいばい!」
完璧な夜襲の手応えに、レオンは満足げにニンマルと笑いました。
その真上に……、潜んでいることなどレオンは知る由もありません。
「……グッ、フッ、フヒッ……!」
微かにハーブが匂う夜のヴァリエール邸に、レオンの小さな勝利の笑みと、危うい忍び笑いが静かに響いていました。
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