カトリーヌの処方箋─もふもふ─
拙いと思いますが、生暖かい気持ちでお願いします。
お待たせいたしました。
ひとときのほほんとよろしくお願いします。
のんびりお付き合い頂ければ幸いです( * ॑꒳ ॑*)
月明かりさえ届かない庭園の片隅に、身を隠すように置かれた緑が、男の指先に鋭い痺れをもたらした。
「……ッ」
咄嗟に手を引き、……暗がりで判然としなかったそこには、不自然なほど活き活きとイラクサが群生していた。
本来なら山間部に生えるはずの雑草が、名門侯爵邸の美しく整えられた庭園に存在している。
「……ブルーノさんが植えましたか」
男はチリチリと焼けるような痛みをこらえながら毒づいた。
この広大な庭には、一見すると風景に馴染んで存在していますが、実用性を備えた『武器』がポツポツと配置されている。
薬草、毒草、あるいは侵入者の足を止めるための障害……。
「馴染むように配置してある辺りが、……嫌味ったらしくてムカつきますねぇ。一級隠密は庭師としても一級というわけですか……」
月光の隙間を縫うように、男は優雅な足取りで、……闇へと帰って行った。
******************
久しぶりの月明かりの静寂の中、カトリーヌは天蓋ベッドで何度も寝返りを打っています。
なぜか心が重たく沈み、イライラと荒むのです。
そんな折、レオンののほほんとした笑顔が脳裏をよぎりました。
『ねぇさま、ガマンめよ。からだ「ストレス」いっぱい、病気のごはんね。……うんと、わがまましていいよ?』
「……ストレスねぇ。子供の戯言ならいいけれど」
諦めて起き上がった彼女の黒髪が月光に輝きます。
「やる気が出ない、寝付きも悪い……当たっているわ。私、レオンの言う『ストレス』という毒に侵されているのね」
未来の王妃候補として常に完璧を強いられてきたカトリーヌは、一気に解放することにしました。
例えばシックな天蓋の中に、レオンのような可愛らしい「もふもふのぬいぐるみ」をたくさん並べて眠ること――。
「そう……これは『わがまま』ではなく、レオンが言った『治療』なのですわ!」
言い訳ができた瞬間、瞳の澱みがパッと消えました。
心の疲れを癒すには、レオンの言う通り自分を偽らず、時には解放することが必要です。
「明日はレオンに相談ね。あの子もきっともふもふが大好きよ。フフフ……」
彼女に必要な処方箋は、愛らしいもふもふと可愛いレオン♪、……もう待ち遠しくてたまりません!
「……待っていなさい、ストレス。レオンと私で、跡形もなく消し飛ばしてあげますわ!」
ツンと顎を上げたカトリーヌの口元には、本来の柔らかい少女の笑みが浮かんでいました。
朝の光が差し込む長い回廊を進みながら、カトリーヌはある事実に気づき、彼女の足は止まりました。
(……よく考えたら私、レオンの部屋へ向かうの、これが初めてよね?)
思えば三歳になるまでのレオンは、いつもニコの傍にいて、ニコを呼べば、あるいはニコの居場所を聞けば、必ずそこにレオンがいたのです。
王妃教育という息詰まる学びに明け暮れるカトリーヌにとって、レオンはたまに抱きしめ、王宮から賜った菓子を渡す存在でした。
しかし三歳になったレオンが「自分の意志」を口にするようになると、屋敷全体の空気が変わり、大人たちは次々とレオンの魔法にかかり、自分もまた「ストレス」という目に見えない病に気づかされます。
カトリーヌがその場に立ち止まっていると、廊下の向こう側から慌ただしい足音と共に、ニコが焦りから頬を上気させ走っていました。
「どうしたのです、ニコ。そんなに慌てて?」
「は、はい! その……またレオン様が! お部屋から……!」
「……庭の水やりに行ったのね?」
カトリーヌは呆れたように息を吐いて、どこか安堵の色が混じっていました。
部屋へ向かおうとしたら主は不在。
それもまた、自由奔放なレオンらしさなのでしょう。
「案内しなさい。……どうせまた、ブルーノって?!そういえばブルーノいないわ!」
カトリーヌも状況に気づいて、慌ててレオンの庭へ向かいました。
******************
地上に降り立ちそうな雲から、いつ降っても可笑しくない昼下がり、湿った風が青々と茂った葉を、重たげに揺らす裏庭で、レオンはぺたりと座り込み、地面の一点をごく至近距離からジー……と眺めていました。
その丸い背中は、何か重大な世界の理を見つめているかのように微動だにしません。
レオンが地面をジー……と眺めていると、ふいに、……レオンの隣にいました。
レオンと同じように、地面を見つめる前髪の長い青年──。
彼は遠目からレオンの様子が気になり、……スッと隣に来ると、同じように地面を眺めたのです。
地面ではアリが一生懸命、エサを巣穴に運んでいました。
大きな虫は群がられ殺されて、小さな虫に蹂躙されています。
それをジーと、幼子が観察していたのです。
「……にぃちゃ、アリさんいっぱい」
小さな指が、うごめく黒い塊を指差します。
「数は暴力……」
ボソッと返された返事に、レオンは首を傾げます。
「カズ?ぼうりょく?」
聞き慣れない響きに、ぱちくりと瞳を瞬くレオンに対し、髪の狭間から見える感情の消えた瞳で、アリを見たまま答えました。
「……そう。どんな奴も数には勝てない」
……レオンはジッとアリを眺め考えます。
しっとりした空気が、時間という概念を消しさりました。
青年はスッと立ち上がると、レオンを当然のように抱き上げ菜園へ向かいます。
……レオンは遠ざかる景色を眺めながら、ゆったりと身体を青年に預けました。
そして菜園に着くと、スッと地面に下ろされ……。
「……じゃ、レオン様。またね」
レオンの頭をフワッと優しく撫で、彼は来た時と同様に、……いつの間にかいなくなり……。
そこにいたという確かな証拠は、レオンの感じた青年の温かな体温だけでした。
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カトリーヌとニコが庭園に到着すると、レオンがポツンと菜園の前に立っていました。
庭の水やりで、お腹まわりからびちょ濡れのレオンの姿に、カトリーヌはハァ……と溜息をつきます。
「さあ、こちらへいらっしゃい。風邪をひいてしまうわ」
ニコは持参したタオルでレオンを拭い、包み込むように抱き上げました。
一方……、建物の影でその様子を眺めていた青年は、ほんの少しだけ表情を緩めると、その場を後にします。
レオンはニコに抱かれながら、青年の後ろ姿を見ていました。
雨の香りがする空気を遠ざけ、屋敷に入ると足早にカトリーヌの部屋の前まで移動します。
するとお風呂の準備をしていたメイドたちが、ニコからレオンを受け取りました。
「ニコ、あなたは朝食の準備があるのでしょう? ここは私に任せて、持ち場に戻りなさい」
「……すみません、お嬢様。よろしくお願いします」
ニコは申し訳なさそうに一礼し、調理場へと急ぎ足で戻っていきます。
ほどなくして、閉め切った湯殿の向こうから
「ふふふ、くすぐったい!」というレオンの弾けた声と、メイドたちの賑やかな笑い声が漏れ聞こえてきます。
「あらあら、あんなに上機嫌になって」
カトリーヌはその声を耳にしてクスリと笑うと、「ようやく一安心ね」と、楽しそうな余韻に浸りながら立ち上がりました。
レオンが湯から上がれば、当然着替えが必要になります。メイドを呼ぼうと伸ばしかけた手を止め、自分が用意してもいいのでは、とカトリーヌは考えました。
(朝はみんな忙しいわ。私にも出来るし、なにより楽しそう♪)
カトリーヌはルンルン気分でレオンの部屋へ向かおうとします。
しかしその時、脳裏に落雷が落ちたかのような名案が閃きました。
「……そういえば私、……もうひとつやりたい事があったわ!」
カトリーヌのストレス解消は、始まったばかりです。
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