閑話─世の中の知らない幸せ(ゼロン視点)
投稿が遅れて、ごめんなさい。(。>ㅅ<。)sorry…
お待たせいたしました!
ひとときのほほんと、生暖かい気持ちで見守っていただければと思います( * ॑꒳ ॑*)ノ
のんびりお付き合いいただければ幸いです。
あの地下牢で、アルベルトが持参したバームを、ゼロンは自らの足裏を使って体験する。
事前に「体内の老廃物を吸い出す」とは聞いていたが、足裏に塗られた瞬間、ゼロンは嫌な予感で頭を埋めつくした。
(老廃物を吸い出すだと?……しかし、マツヤニの粘着質が皮膚を完全に塞いでいる。本当に効果など出るのか? どれくらいまで……? いや、皮膚が持たない、……20分が限界だ。よし!20分だけ耐えて検証してやろう……!)
冷や汗を流しながら20分耐え抜き、シートを剥がし、「アルコールを」と言ってキレイに拭き取らせた。その結果、……周囲のように騒ぐ余裕もなく絶句し、足の裏が信じられないほど軽く、本当にスッキリしていたからだ。
とことんまで毒と薬学の道を極めていたゼロンだったが、レオンの圧倒的な才能を前に酔心するほかなかった。
(天才薬師、か。表の世界で散々呼ばれたが、今さらそんな古い肩書きが必要になるとは……)
自嘲気味に振り返りつつ、ヴィクトールによって屋敷へと招集(連行)され、バームの材料と作り方を確かめるべく厨房へと足を運ぶ。
厨房の向こう側では作業の準備をしていて、小さな身体をチョコチョコ動かし、レオンは薬草の袋を抱き抱えていた。
助手であり料理人見習いというニコは、穏やかな表情で、他の材料を運び入れている。
ちょうど近くで火をかけている鍋に気が付き、何気なく覗いたのだが、――ゼロンはその場で硬直し、激しく後悔した。
「……グゥ……グゥ……ボコ、ン!?」
松脂の凄まじい粘着質のせいで、重苦しく煮え滾った禍々しいカオス……。
(……これほど名状しがたい『混沌とした鍋』は初めてだ。……あの地獄のデトックス効果が、まさかこんな、この世の終わりみたいなブツだったとは……!)
国家を揺るがす修羅場をくぐり抜け、捕まってもなお慇懃無礼な男が、この邪悪極まりない煮え滾る鍋に、激しい悪寒を禁じ得ない。
(……コレに自分を捧げて頑張ったのか、私は……。アハハ……今まで裏世界の恐怖など可愛いものだ。レオン様、……あなたの狂気は、……その小さな体にどれほど秘めてらっしゃるのですか?)
ゼロンは手元の紙に「材料:松脂(見た目は最悪)」と猛烈な勢いで羽ペンを走らせ、レオン様への底知れない畏怖と、くすぶっている暗殺部隊のサガを、さらに狂気的に深めていった。
だが、……恐怖に冷や汗を流しても、予備の厨房の片隅でゼロンは、「ベースをタロウかラードに変えるべきだ」と改善案を書き殴った。
仕事はしっかりと、マジメにやる男である。
目の前では、小さな踏み台に乗った幼児──レオンが、ニコという穏やかな青年に見守られながら、大きな鍋を真剣に覗き込んでいた。
鍋の中を満たしているのは、溶けたタロウ(羊脂)とラードのようだ。
時おりニコがラードを入れたり、タロウを入れて、出来上がりのバランスを取っているらしい。
混ざり合った無色透明な油の海が、ボコンボコンと軽快な泡を立てている。
羽ペンを握ったままそれを見たゼロンは、呆然と目を丸くした。
(……基材は動物性油脂、それもタロウとラードの調合に変更か。なるほどちゃんと考え、融点の違う脂を組み合わせ、肌の上での絶妙な溶け具合を計算しているというのか……?)
ゼロンの脳内で、研究者としての恐るべき計算が始まる。
「坊っちゃま、火から下ろしましたよ。さぁ、どうぞ♪」
ニコの穏やかで優しい声の合図に、レオンは「ん!」と力強く頷いた。
調理台の上には、カラカラに乾いたヨモギとドクダミの葉がたっぷり入った、粗い麻布の袋が置かれている。
(ヨモギにドクダミ……! どちらも解毒や消炎に優れた、身近ながらも強力な薬草だ。それをあらかじめ乾燥させ、成分を凝縮させてある。だが、……それをどうする気だ?)
首を傾げゼロンが見守る中、レオンは袋の上に小さな両手を置くと、上からもみもみと全身の体重をかけ、力いっぱい揉みほぐし始めた。
袋の中で、カサカサ、パキパキと小気味よい音が響く。
「おつかれ、ばいばーい……!」
レオンが愛らしく呟くと、最後はニコがその細いながらも確かな手つきで、麻の袋をさらに揉みほぐし、用心のためレオンと一緒に、お鍋の油の中へ「ポチャン」と入れた。
──その瞬間、ゼロンの目が文字通り見開かれる。
熱い油に浸かった瞬間、麻の網目からヨモギとドクダミの濃い緑色の薬効成分が、ジュワァァァ……と美しく波紋のように広がった。
同時に、濃厚で深い薬草の香りが鼻腔を貫く。
「わぁぁ! みどり色、しゅわしゅわーって!」
「大成功ですね、レオン坊っちゃま! 袋に入れたおかげで、油も跳ねなく、葉っぱのカスもない綺麗なバームができますよ!」
のんびりと笑い合うニコの言葉に、ゼロンは衝撃のあまり、危うく声を上げそうになる。
ジュワァァァ……と美しく濃い緑色の薬効成分が広がっていく光景を、ゼロンはただただ口を半開きにして見つめるしかなかった。
(……な、なんだと……ッ!?)
通常の薬草油や軟膏の抽出といえば、油の中で葉を直接煮込み、後から不純物を濾こすのが普通なのだ。
しかし、それでは葉の微細なカスが残り、肌触りを損ねる原因になる。
それを最初から、麻の袋に密閉して揉みほぐし、そのまま油に浸すことで、濾過の手間を完全に省きつつ、最高純度の「有効成分だけ」を美しく抽出してみせたのだ。
(なんという効率的かつ無駄のない手法……! 油の温度、麻の目の粗さ、不純物を一切混ぜないための工夫……これを、レオンが感覚だけでやり、あの若い使用人が完璧にサポートしているというのか!?)
背筋にゾクゾクとした歓喜の戦慄が走る。
ニコに褒められて、踏み台の上で「えっへん!」と小さな胸を張るレオンを、ゼロンは偉大な師を見るような目で見ていた。
「10日、寝んね。お薬さん、がんばれーなの」
レオンはお鍋の中身にエールを送っている。
(10日の熟成期間ねんね……。そうか、水分を一切含まない油と蝋のベースだ。10日かけてゆっくりと固めながら、ハーブの力を限界まで脂組織に馴染ませる気だな。そうすることで、肌に乗せた瞬間に体温でとろける、極上のバームへと進化する……!)
ゼロンのメモを取る手が、興奮で小さく震えた。
「ニコ、みんなにペタンするの、楽しみ♪」
「はい、きっとみんなは、腰も肩も軽くなって、飛び跳ねて喜びますよ♪」
ニコの穏やかな返しを聞きながら、ゼロンはゴクリと唾を飲み込んだ。
無駄のないシンプルかつ、計算し尽くされた工程から、肌の修復・消炎効果を秘めた「基礎」バーム……。
あらゆるカスタマイズを可能にする至高の土台が生み出されている。
特盛の大盛況などという生易しいものではない。これが世に出れば、美容と医療の概念が根底からひっくり返る──。
未来の奇跡の特製バームを見つめながら、満足そうに「エッヘン♪」と胸を張る小さな創造主と、それを支える有能な青年を前に、ゼロンは心の中で狂喜の声を上げていた。
「いかがでしょうか?」
穏やかな青年──ニコの声にゼロンはふと我に返る。
無意識のうちに険しい顔で凝視していたのだろう。ゼロンは思考の海から這い上がり、フッと口元を緩めて笑った。
この目の前にいる小さな創造主──レオンに向かって、そっと右手を差し出す。
(これほどの天才には、敬意を表して握手を求めるのが礼儀だ)
レオンはキョトンとして、ゼロンの顔と差し出された手を交互に見つめていた。
だがやがて、……ソッと差し出す。
あまりにも小さく、愛らしい幼な子の手……。
ゼロンはその手を包み、やんわりと握手した。
可愛らしく、幼な子特有の温かさに、ゼロンは胸がいっぱいになり、目頭が熱く泣きそうになった。
「とても素晴らしい。あの麻布をそのまま入れるとは、良くぞ思いつかれた……!」
心の底からの賞賛だった。
これほど無駄がなく、美しい抽出法に出会えたことが、嬉しくてたまらない。
しかし──。
「……ところで、あの、不気味なものは?」
感動の余韻に浸りながらも、ゼロンはずっと気になっている厨房の隅を指差す。
そこにあるのは、恐怖のどん底に叩き落とした「黒ベト」だ。
指を差されたニコとレオンは、一瞬だけ顔を見合わせる。
「それ、しっぱいしゃく(失敗作)なの」
レオンがのほほんと言い放ち、ニコが苦笑しながら言葉を添えた。
「はい。吸着力が強すぎて肌を痛めるので失敗作です。ただ……、捨てるのは勿体ないので、今は壺の蓋をする『密封ノリ』として使っているのですよ」
……ゼロンは限界まで目を丸くした。
国家を揺るがす恐怖の暗殺兵器かと怯えたあの凄まじい物体を、まさか、ただの「強力な接着剤」として再利用されているという。
そのあまりにもズレた価値観と贅沢すぎる使い道に、ゼロンは一拍置いてから、お腹を抱えて笑い出した。
「はははは! 素晴らしい!」
その後は彼らの作業を見守りつつ手伝う。
程よく冷めたバームを丁寧に壺へ小分けし、仕上げに例の黒ベトをノリ代わりにして使う。
蓋はがっちりと密封され、それを熟成のため土の中へ寝かせる。
その手順をしっかりと、目で観察していった。
(……やってくれたな、この異次元の幼な子は。失敗作すら、この『土中熟成』を見越し、完璧なパーツとして昇華している……)
「ではこちらの完成品は、私が責任を持って持ち帰らせていただきますね」
土から掘り起こした「完成品の壺」を愛おしそうに抱え、静かに狂気的なまでの忠誠の笑みを浮かべる。
意気揚々と歩き出したゼロンの背中に、小さな声が降ってきた。
「バイバーイ、おいちゃーん!」
──おいちゃん……!
まだ二十八歳のゼロンは、そのあまりに容赦のない響きに、微かによろける。
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