雨の庭園と、秘密の休息
拙いと思いますが、生暖かい気持ちでお願いします。
お待たせいたしました。
ひとときのほほんとよろしくお願いします。
のんびりお付き合い頂ければ幸いです( * ॑꒳ ॑*)
空からパラパラと雨が降り出して、青葉が濡れてきらめく庭園の中を、レオンはフードをすっぽりと被り歩いていました。
トテトテ、パシャパシャ……。
(雨はお洋服がベチョベチョになるし、お顔にパチパチ当たるの。……なんかやだなぁ……)
そんなことを考えつつ、短い指先でマントの端をきゅっと掴み直します。
「どうしよぉ……」
レオンは眉を八の字にして、小さく唸っていました。
雨の不快感もさることながら、頭を悩ませているのは新しく作った「お掃除用品」の問題です。
あれは元々『罠』として作ったものだから、お掃除に使うのはダメだと言うのです。
お掃除用品としては、ある意味間違いだらけでした。
「イラクサは、食べたほうがおいしいし……。とうがらしさんはお高いから、……もったいないの」
お掃除は簡単キレイになるのが理想です。
もっと楽チンじゃないと、ヤル気が出ません。
ポテポテ、パシャパシャ……。
小さな足で足早に庭園を踏み締め歩いていると、ふいに上から穏やかな声が降りてきました。
「どうかしましたか? 難しいお顔をして」
足を止めると、そこにはゼロンが立っていました。
見下ろしてくるその目はあまりに優しく、まるで陽だまりのように穏やかです。
(なんだか、ほんわかする人だなぁ……)
この人が、暗殺部隊『常闇の鎌』の一員とは、レオンにわかるはずもありません。
ただ彼から漂う薬草の香りと柔らかな空気に、レオンはすっかり警戒心を解いていました。
「……あのね。モヤモヤがふたつあるの」
レオンが小さな指を2本立てて告げると、ゼロンは少しだけ目を見開き、その瞳に好奇心の色を浮かべました。
「……ほう、二つですか。なるほど……、確かにモヤモヤが二つもあると大変ですね。しかしレオン様、雨が降るお外は小さなお身体に悪いですよ。私はレオン様がお熱を出した時、どう対処しようかと悩んでおります」
ゼロンは困ったように眉を下げ、わざとらしく溜息をつき、レオンの前に指を立てました。
「まず一つ、いかにしてあの苦い薬を飲ませるべきか。更に二つ、それとも即効性のある解熱剤をお尻から入れるべきか」
大真面目な顔をしたゼロンが、「いかがいたしますか?」と目で訴えかけてきます。
「お、おちり……!?」
レオンは完全にパニック状態になり、両手で必死に小さなお尻を隠しながら、後ろへズササッと後ずさりました。
そんなレオンを見て、ゼロンはニッコリと微笑み、ゆっくりと二本指から小指に変えて見せます。
レオンがパチクリと大きな目を瞬かせ、不思議そうに首を傾げると……。
「レオン様。こちらが、座薬のサイズです」
ゼロンはとびきり優しい声で、恐ろしい事実を告げました。
「ピェッ……! おちりはダメなのッ!」
レオンが涙目で必死に訴えると、ゼロンは満足げに目を細めて言います。
「ならば、風邪をひいてしまう前にお部屋に戻りましょう」
そう言うとゼロンは、レオンの小さな身体をひょいと抱き上げ、そのまま鮮やかな足取りで走り出しました。
レオンは反射的に彼の首周りをぎゅっと抱きつき、遠ざかる雨に濡れた庭園を眺めます。
驚くほどの速さで、気がつけばもう玄関の前に着いていました。
「……ではレオン様、お悩みは後日じっくり伺いましょう。今はとにかくお身体を温めて、しっかり休んでください。じゃないと……」
ゼロンはニンマリと悪戯っぽく目を細め、もう一度スッと小指を立ててみせました。
それを見たレオンは、大慌てで「わかったの! すぐヌクヌクするの!」と激しく首を縦に振り、迎えに出てきた使用人に抱っこを頼みます。
素直に言うことを聞いたレオンを見届け、ゼロンは満足そうに微笑むと、再び雨が降り注ぐ庭園の向こうへと歩き出しました。
「あ、まって……!」
レオンが慌てて引き留めようと手を伸ばしますが、ゼロンは振り返りもせず、背中でヒラヒラと手を振るだけで、そのまま玄関の重い扉が静かに閉まりました。
――雨の中へと消えていくゼロンの胸中にあるのは、かつての怨恨などではなく、復讐よりも、何よりも……。
ただ、あの愛おしい幼子の健やかな日常を守りたいという、確かな温もりだけなのでした。
雨つゆに濡れる青葉が揺れる庭園の片隅で、レオンは草花を眺めているブルーノを見つけました。
最近、別の仕事で忙しいブルーノの背中はどこか重たげで、どことなく疲労が滲んでいます。
(ブルーノ、ずーっとがんばってるから、バキバキなの……)
レオンはトトトッと駆け寄ると、ブルーノの手をきゅっと握りました。
「ブルーノ、どこかで寝んねできる?」
ブルーノは目を丸くし、レオン自身が眠いのだと思い込みます。
「……それならば、あちらの小屋はいかがでしょうか?」
ブルーノが指さしたのは、庭園の端にひっそりと佇む、手入れの道具などを置いている「庭師の小屋」でした。
レオンは嬉しそうに頷き、ブルーノの手を引いてトコトコと歩き出します。
中に入ると、そこは木と乾燥ハーブの心地よい香りが漂い、こぢんまりとした静かな空間がありました。
使い込まれた道具が整然と並ぶ片隅に、ブルーノが休憩時に使う木製の簡易ベットが置かれています。
「狭苦しいところですが、どうぞお入り下さい。……お坊ちゃま、いかがでしょうか?」
少し不安げなブルーノを置いて、レオンは小さな身体でベットの上によじ登りました。
ポヨンとレオンは振動に揺れ、「おぉ♪」レオンは楽しげに声を上げます。
「ブルーノ、ごろんして。お靴もぽいって脱いでね?」
「靴を……? はぁ、畏まりました」
ブルーノは言われるがままに靴を脱ぎ、ベットに乗るレオンを避けて横になりました。
するとレオンはブルーノの背に、ウンショと乗っかります。
最近の裏の仕事で張り詰めていた緊張が、レオンの心地よい重みでジワジワと緩んでいきます。
レオンはさっそく、ブルーノの肩に小さな手を置き、「もみもみ」と始めてみました。
「……アレ?」
レオンのちっちゃな手が、ピタッと止まります。
(めっちゃ硬い……! とーさまの岩山とはちがう、なんか、すごーく硬い。いっぱいつまってる?)
ヴィクトールの体が「分厚い大岩」なら、ブルーノの体は、しなやかで無駄のない鋼の筋肉。細身に見えてその芯は、ガッチガチのバッキバキだったのです。
「う、う~ん……? もみもみ、むり……」
レオンはちっちゃな拳を握って、今度は「トントン」とリズミカルに叩いてみます。
ポコポコと可愛い音が響きますが、ブルーノの頑丈な筋肉のバネに、ことごとく弾き返されてしまいました。
叩くレオンの腕が、ぷるぷると震えます。
「う~ん……。やっぱり、これ!」
レオンはフンスと鼻を鳴らすと、よいしょ、とブルーノの背に立ち上がり、トコトコと歩き始めました。
「……っ!? ぐ、っ……あ、あぁ……っ!?」
ブルーノの口から、隠密らしからぬ掠れた声が漏れます。
指や拳での「点」の刺激にはビクともしなかった鋼さんが、3歳児の絶妙な体重(面での圧力)によって、じわぁ……と、あり得ないほど心地よく沈み込んでいきます。
「ブルーノ、どう?きもちいい?」
「……っ、と、とても……極楽、に、ございます……。坊ちゃま、背中の硬い結び目が……、ほどけていきます……」
張り詰め続けていたブルーノは、心も蜂蜜のように蕩けていきました。
トコトコ、と小気味よいリズムを刻みながら、レオンはブルーノの背中の中心――『背骨』のラインへと進みました。
(あ、ここ、すごーくゴツゴツしてて、まわりがギチギチ……)
隠密として天井裏に張り付いたり、狭い隙間で身を縮めて気配を消したりと、長年過酷な任務を続けているブルーノにとって、背骨と腰は一番の酷使ポイントです。
レオンはちっちゃな足にフンと少しだけ体重を乗せて、背骨のキワをギュッギュッと踏み進み、そのまま一番重たい『腰』の上へギュゥッと乗っかりました。
「……ひぅ、っ!? ……おっ、おおぉ、……っ!?」
ブルーノの背中が、びくんと跳ね上がります。
いつも沈着冷静で、どんな時も感情を表に出さないはずの元隠密が、聞いたこともないような情けない声をあげていました。
長年、ギリギリと締め付けられていたような背骨のキワと、ガチガチに固まった腰の筋肉が、レオンの絶妙な重みによって「グググ……」と正しい位置へ押し戻されていく感覚……。
あまりの衝撃と信じられないほどの心地よさに、ブルーノの視界がチカチカと明滅します。
「ブルーノ? ここ、いたいいたいなの?」
レオンが足元から心配そうに覗き込んできました。
「い、痛い……のでは、なく……ッ。そ、そこ、です、レオン坊ちゃま……っ! そこに、ずっと、消えない呪いのような痛・み・がございまして、……。あ、ああぁ……!」
枕に顔をうずめたまま、ブルーノは声を震わせます。
背中から伝わる温かな重みとトトトッという優しいリズムによって、ブルーノの全身の防衛本能は、今や完全に武装解除されていました。
(エレーナ様……。レオン様は、神の御子でございますか……?)
目元に涙すら滲ませながら、小屋に満ちる乾燥ハーブの匂いと、背中を優しく踏む愛おしい足音の中で、ブルーノは生まれて初めて、張り詰めることのない「心からの休息」を得たのでした。
不安定な曇り空は、気まぐれに小雨を降り注ぎました。
「坊ちゃま。……今回ヴィクトール様に、使用人のお休みをおねだりされたとか?」
じゃがいもを1株だけ掘り起こし、マルコのいる厨房へ持って行きます。
「うん、お休み、だいじだから……」
まん丸なじゃがいもは一つ、両手に持つほど大きく育ちました。
「……レオン様自らおねだりをされるのは、初めてでございますね?」
すると……。
「……う~ん、とねぇ?今だ……ヤレって、……言われたの」
「……誰にございますか?」
ブルーノが聞くと……、前をトコトコ歩いていたレオンは、……立ち止まり言いました。
「……ブルーノはだれだと、思う?」
振り変えたレオンは、のほほんと楽しげに笑いました。
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