おつかれバイバイの罠
拙いと思いますが、生暖かい気持ちでお願いします。
お待たせいたしました。
ひとときのほほんとよろしくお願いします。
のんびりお付き合い頂ければ幸いです( * ॑꒳ ॑*)
朝の目覚ましは侯爵当主の、困惑と驚愕が入り混じった叫び声から始まりました。
「……なんだ、これは! ……クッ、クソッ、離れんぞ!?」
ベッドから起き上がろうとしたヴィクトールは、足裏に感じるベットリとした違和感に、布団を跳ね除けました。
足裏に張り付いた謎の布と異様な密着感に、ヴィクトールは戸惑います。
昨夜レオンが鼻歌を歌い、ご機嫌なようすが気になっていましたが……、まさかこんなイタズラをされるとは思ってもいませんでした。
「おい、アン! 湯を持ってこい! 何か得体の知れないものが……っ!?」
叫びながら床へ踏み出したヴィクトールは、ふと動きを止めます。
いつもなら朝一番の第一歩は、連日の執務と立ち仕事で鉛のように重いはず……、しかしどうしたことか……、足が軽い?!
「……嘘だろう? 浮腫による鈍痛も、膝の裏の重だるさも、……消えている?」
その劇的な変化に感動したのも束の間、……ヴィクトールは自分の足が、ピクリとも動かないことに気づきました。
床を踏み締めたことでマツヤニの粘着力が、体温の熱で悪さしたのです。
マツヤニへ体重をかけたことで、床へピタッとくっつきました。
ヴィクトールは顔を引きつらせ、足を床から引き剥がそうと、力を込めて持ち上げます!
ベリリッ……!!!!!
「痛ったあぁぁ!!? なんだこの粘着は! 皮が剥けて、持っていかれるだろうが!!」
マツヤニの威力は伊達ではありません。
あまりの痛さに、ヴィクトールは侯爵の威厳も捨てて、ベッドの端にしがみつき悶絶しました。
涙目でじわじわ剥がしたそれを見て、本日二度目の絶叫が屋敷中に響き渡ります。
「な、なんだこの色は……! 真っ黒……いや、ドロッドロではないか!」
昨夜レオンが貼った時は、ハーブの香りがするベタついた布でした。
それが一晩で体内の毒素を吸い出し、湿り気を帯びた黒いドロドロへと変化したのです。
隣で寝ていたレオンは、目をこすりながらヴィクトールの膝をトントンと叩きました
「とうさま、……おはよう。おまじない、きいたぁ?」
「レオン! お前は一体何をしたんだ? 足が信じられないほど軽いが、このベタベタが取れなくて困っているんだ!」
ヴィクトールの真っ赤になった足裏に付いたベトベトを、レオンはぼぉーとした様子で見ています。
「……ボク、ミントアルコール持ってくる」
トコトコポテポテ……♪
レオンはのほほんとふわふわの髪を揺らしながら、部屋を出ていきました。
入れ替わりに慌てた様子でメイドのアンが、桶を抱えて部屋へやって来ます。
「旦那様、お湯を持って参りました。……まぁ!?」
「……これだ。レオンは『おまじない』と言っておったが、媚びりついたモノか取れないんだ……」
アンの助けを借りて、お湯に足を浸けようとしていると、ミントアルコールを携えたレオンが戻ってきました。
足裏に吹きかけて拭うとキレイに取れます。
後に残ったのは、ミントの香りと爽快感です。
ようやく綺麗になった足裏を拭き上げたヴィクトールは、自分の足を二度見します。
「……なんだ、これは?!皮が剥けたと思ったが、……違うのか?」
長年放置されガサガサに硬くなっていた頑固な角質が、松脂の粘着力によって、毒素とともに剥がれたのです。
「……私の足はこんなに軽かったのか?!今までどれだけ重荷を背負っていたんだ?!」
感動と困惑に震えるヴィクトールの傍らで、レオンは生まれたての足を、小さな手でヨシヨシと撫でています。
「とうさま、……おめでとう?」
「生まれたてだからか?……レオン、お前、……この配合はどうやって?」
困惑してレオンに聞いてみると……。
「ことこと煮て、まぜまぜして、埋めたの」
はぁ……、まったく理解できません。
レオンは首をこてんと傾け、おっとりした笑顔を浮かべます。
角質が取れすぎて、絨毯の上ですら少し滑ります。
ヴィクトールは、あまりの身軽さに戸惑いながら自分を見上げる「小さな名医」の頭を、複雑な心境で撫でました。
「次は……頼むから、もう少しマイルドなやつにしてくれよ。……心臓が持たん」
「……? つぎは、……アチアチ、ペッタン?」
「……アチアチだとっ!? 待て、レオン、アチアチはいい! やめておけ!!」
ヴィクトールの脳裏には、あの恐ろしい「レオンの罠」が鮮明に浮かびます。
慌てふためくヴィクトールの様子を、レオンはのほほんとながめていました。
執務室を離れて、寝室を覗いたヴィクトールは、あるはずの壺がない事に驚きました。
(ない。……もしやレオンか? ……これ以上あいつのさらなる犠牲者が出るじゃないか!?)
慌てて屋敷内をヴィクトールが探していると、辿り着いた先は厨房でした。
厨房を覗き込むヴィクトールに気づいたレオンは、小さな胸を誇らしげに張って言いました。
「とうさま、バッチリなの!」
「あっ、旦那様! 今回はたぶん大丈夫です!」
レオンとお手伝いのニコが、それはそれは晴れやかな笑顔で報告してきます。
しかし、調理場の中はすでに、なんとも形容しがたい強烈な匂いで満ちていました。
「レオン、お前……今度は何を……」
ヴィクトールは鼻を覆いながら、大きな鍋の中を覗き込みました。
「……グゥ……グゥ……ボコ、ン!?」
松脂の凄まじい粘着質のせいで重苦しく、煮え滾る、禍々しい黒い液体がありました。
あまりの不気味さに、見たことを激しく後悔します。
視線を移すと調理台の上には、ラード?や、乾燥したヨモギとドクダミの葉、そして――不気味な「真っ黒い塊」がゴロゴロと散乱していたのです。
(なんだこの黒い塊は……いや、炭か? ごちゃまぜな材料を煮込んでいるな……)
困惑しているヴィクトールを余所に、レオンとニコはのほほんと話を続けています。
「ではレオン坊ちゃま。さっそく土に埋めますね」
「ん、よろしく♪」
ニコはニッコリと笑顔を浮かべ、不気味な液の入った壺を抱え、部屋を出ていきました。
どうやら熟成させるために、また庭へ埋めるつもりのようです。
残された料理長のマルコは、なんとも言えない複雑な顔で、ヴィクトールの方を見ています。
(よりにもよって、普段はパーティーの時しか使わない予備の調理場を、怪しげな薬を作る為にまるまると占領されるなんて……)
料理長としての切ない訴えが、マルコの視線から痛いほど伝わってきました。
「とうさま、みて♪」
先ほど出ていったニコが、今度は土から掘り起こした別の壺を抱えて戻ってきました。
それをレオンは宝物を見せるかのように、キラキラした目でヴィクトールに見せてきます。
「レオン、お前、まさかこれは……」
怯えるヴィクトールを前に、レオンは自分の小さな足の裏をさすり、テヘッと可愛らしく首を傾げました。
「ボクやったら、ベリッて痛くて、しっぱいなの。……でも、とうさま、がっしりだから、だいじょうぶ!」
なんとレオンはすでに自分の足で試して、「痛くて大失敗」と確認していたのです。
(お、お前……失敗作と分かって私の足に貼ったのか……!? しかも、私が『がっしりしているから耐えられる』という謎の信頼の元に……!?)
今朝、レオンがのほほんとミントアルコールを持ってきた理由がようやく分かりました。
自分が剥がす時に激痛で泣いて、アルコールで溶かす事を、その身で学んだからでしょう。
(レオンは貼って、すぐに剥がしました。)
怒るに怒れず、しかし理不尽な息子からの「頑丈認定」に、ヴィクトールは遠い目をしました。
しかし本当に恐ろしいのは、ちゃんと調整済みを埋めていた事です。
息子の向上心と優しさに感動──する暇は、ヴィクトールにはありませんでした。
ヴィクトールが恐る恐る料理長のマルコへと視線を向けると、視線を受け止めたマルコは、苦笑いを浮かべて白状しました。
「……レオン坊ちゃま曰く、土の中で『寝かせる』のが極意だそうで、実はここ最近、……毎日欠かさず仕込みに来られています。何度も、何度も、……」
マルコは調理台の奥に並べられた大量の壺を視線で指し示します。
「お屋敷のみんなの分も作る!と、これで『おつかれバイバイ!』にするんだと、大変張り切っておられまして……」
つまり――。
「とうさまもペッタン♪みんなもペッタン♪いっぱいペッタン♪」
屋敷中に配る計画を楽しそうに歌うレオンを前に、ヴィクトールはついにガクリと膝をつきました。
実の息子のあまりにも規模が大きすぎる優しさと健気さに恐れおののきながら、頭を抱えて天を仰ぐしかありません。
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