報告は、教会の泥でも……
拙いと思いますが、生暖かい気持ちでお願いします。
お待たせいたしました。(次回は20:00です)
ひとときのほほんとよろしくお願いします。
のんびりお付き合い頂ければ幸いです( * ॑꒳ ॑*)
セバスはドアを開け、控えていた侍女に「胃に優しい」軽食とハーブティーを依頼しました。
執務室を支配していた緊張感が、ようやく休息へと変わります。
マルクスは足を伸ばしてくつろぎ、ヴィクトールは限界を迎えたように、机の上でぐったりと突っ伏しています。
一同が思い思いの安らぎを得ようとした時に、窓から庭園の様子を伺っていたブルーノが、「……ッ?!」と息を呑み、反射的に窓枠へ足をかけました。
しかしその肩をセバスの手が制します。
「……案じ召されるな、ブルーノ。あちらをご覧なさい」
窓の下ではびしょ濡れになったレオンに、慌てて駆け寄るニコの姿がありました。
ニコは大きなタオルでレオンを包み込み、困った様子で拭っているようです。
「……あれはレオン様なりの甘えなんですよ。自分が無茶しても、ニコが必ず来てくれる……そう信じきった行動です」
セバスは慈しむように目を細め、二人のやり取りを見つめています。
昼下がりの中、服をぐっしょり濡らして笑い合う二人……。
『ニコが来るから大丈夫』
それは言葉にすらならない、本能に刻まれた絶対的な信頼でした。
「……そうか。……そうだな」
ブルーノは窓枠にかけた足を静かに下ろしました。
自分のような研ぎ澄まされた戦闘能力や、命を賭した護衛技術も、あのニコにはない。
しかし……、ニコが持つ「レオンの甘えと信頼」には到底及びません。
ヴィクトールもまた、机に突っ伏したまま片目だけでその光景を眺め、……今度は穏やかな溜息をつきました。
びしょ濡れのレオンとニコの姿は、大人たちの穏やかな癒しになりました。
ヴィクトールは、タオルに包まれて笑う小さな背中を見つめながら、ようやく身体を起こしました。
窓越しに見える光景はあまりに微笑ましく、先ほどまでの物々しい報告が嘘のようです。
「……報告には聞いていたが、あの光景を見ると、……納得せざるを得ないか」
ヴィクトールは独り言のように呟き、視線をブルーノへ向けました。
「……ブルーノ。確認だがレオンがニコを守ったと聞いたが、……それは本当か?」
鋭い眼でブルーノを見つめ、問いただします。
レオンがいくら早熟であろうとも、肉体的には三歳の幼子です。
それなのに武装した相手に立ち向うなど、無理があり過ぎて、父親としての心配と不安、そして軍人としての疑念が混ざり合います。
「…………事実です」
しかしブルーノはヴィクトールの葛藤など気にせず、短く、はっきりと答えました。
「頭突き一発……。相手の鼻に叩き込み、気絶させました。……さらに追い打ちで高濃度ミントを顔面にふりかけておられます。あまりの粘膜刺激に、賊は気絶したまま震えていました」
ブルーノにはあの時の光景が、今も鮮明に浮かびます。ニコに抱かれながら、庇うニコを守ろうとし、小さな身体で吠えた声、誰よりも一生懸命で頼もしい主君……。
それを思い出すと、冷静なはずのブルーノの胸に、言葉にしがたい高揚感が蘇ります。
マルクスが「マジかよ……」と頭を抱えました。
「頭突きに追い打ちミント……。ニコを守るために頑張たんだな。敵からしたら、幼子から脳震盪を起こす攻撃がくるとは思わないよ。……鼻も折れるし、悪夢以外の何物でもないな」
ヴィクトールは再び胃のあたりを押さえ、窓の外でニコの手を引く「小さな戦術家」を凝視しました。
「……ニコを守るためか」
父親としての誇らしさよりも、胃の痛みが上回ります。今回は大事なくても次回はわかりません。
出来ればそんな機会は、二度と起こってほしくないのです。
執務室の空気が、再び重い現実の色に染まりました。
ニコに包まれていたレオンの愛らしさと、彼がもたらす巨大な利権……、そのギャップに大人たちは目眩を覚えるばかりです。
「まず泥石鹸の推進報告をします。配合比率の繊細さと感覚的要素が高すぎて、誰も理解できず頓挫しています」
溜息をつきマルクスは頭を抱えます。
これから世界規模で展開予定の、泥石鹸による衛生革命……。
各国の孤児院へ、製法を知る「指導者」を派遣し、配合する計画が動いていました。
しかし要であるその指導員の配合育成が、スタート地点から頓挫しているのです。
「……一度レオン様に領地に来て頂き、直接指導、または手本を見せて頂かないと、……無理ですよ。配合手順、温度、分量比率、そしてあの絶妙な『まぜまぜ』加減……。文字にしても、再現できませんよ。あの三歳児の感覚を、コピーできる人間がどこにいるんです?」
マルクスの真剣な訴えに、ヴィクトールは深く溜息をつきました。
実際……、「ふにゅっ」とした質感を出す、液と土が仲良くなる「ネリネリの間」をつくる、香りがお空にとぶくらいで完成……。
ヴィクトールだって、わかりません。
毎回、毎回、量も違うのです……。
「……それに付随する話なのですが」
セバスが届いたばかりの封書を、トレイに載せて差し出しました。
「ベネディクト大司教から、問題が起こったと手紙が届いております」
その内容は人間の業を煮詰めたような醜いものでした。
教会という聖域の中にあっても、欲深い者たちいるようで、彼らは石鹸の製造だけでなく、販売ルートまで確保しようと考えたようです。
つまり事実的な独占です。
「さらには……『一般市民に安価で売るなど、神に触れる聖なる泥を安売りも同然。これは選ばれし貴き者にのみ許すべき奇跡である』と、主張する派閥もあるようです」
「……ハッ!神の泥、か」
ヴィクトールが自嘲気味に鼻で笑いました。
「……そういう奴らこそ、あの『ベタベタ地獄』に放り込めばいいんですよ」
マルクスが毒を吐きますが、誰もそれを否定しません。
大人たちは「レオンが生み出したモノ」を奪おうとする俗物と戦わなければならないからです。
「……セバス、大司教にはこう返せ。『汚れを落とす石鹸に、汚れた者が関わること自体ありえないと……。間違っても利権はコチラ側にある。教会全体がそういう考えなら、なかった事にする』とな。……マルクス、領地への件は検討する。だが、その前にやるべき『掃除』の対象が増えそうだ」
ヴィクトールの静かな怒りが、暗い政治の地図へと向けられた。
その頃小さな膝を泥に突き、ニコの隣でレオンが一生懸命手を動かしています。
「プチッ……。ニコ、これ」
「上手ですね、レオン坊っちゃま。……プチッ、あぁ、本当に次から次へと……」
ニコは額の汗を拭いながら、腰を押さえました。
二人の前には、抜いても抜いても終わりの見えない、緑の海が広がっています。
「……ニコ、いたい?」
レオンが手を止め、心配そうにニコの腰を見つめます。ニコは慌てて笑顔を作りました。
「大丈夫ですよ。芽吹きの季節はみんなこうなんです。ほら、あっちでも戦っていますよ!」
視線の先では使用人が竹を運んでいるのが見えました。背中は丸まり、時折「ハァ……」と重い吐息が漏れています。
(みんな、たいへん。……ん?あ、あれ!)
……レオンは目を見開き、プチプチと草を抜く音と、土の匂いが遠のいき……。
レオンは突然立ち上がり、汚れたズボンを叩くのも忘れて、トコトコと走り出します。
「坊っちゃま?」
ニコの声が聞こえないのか、レオンは使用人のもとへ向かいました。
「……それ、ちょーらい!」
レオンは使用人が持っている竹の子を指さします。
それは美味しいモノです!
「……これですか?」
そう言って使用人は竹の子を渡しました。
追ってきたニコにも竹の子を渡して貰い、レオンはニコニコです。
「……レオン坊ちゃま、これは?」
「おいちーの♪」
それを聞いたニコは「コレがおいちー?」と、頭を捻ります。
レオンは厨房へ向う途中に菜園へ寄り、料理長のマルコに会いに行きます。
トコトコと小さい可愛らしい足音が聞こえます。
「マルコ、これ、おいしーの!」
裾を引かれマルコが振り返ると、レオンが立派な真竹を抱えていました。
隣には困り顔のニコが、やはり竹の子とバジルを抱えています。
マルコは困ったように眉を下げて言いました。
「レオン様、それは『真竹』です。竹の子の中じゃあ……エグ味が強く、とても食べられたものではありません」
しかしレオンは、キラキラした瞳で首を振ります。
「だいじょうぶ! コレいれて?」
小さな手で差し出したのは、真っ白な灰でした。
「灰、ですか……?」
マルコは驚きましたが、不思議な知恵を持つレオンの言葉に従ってみることにします。
灰を加えて真竹を湯がき、じっくりと時間をかけてアクを抜き冷まします。
するとあんなに強かったエグ味が消え、真竹の清々しい香りと、素晴らしい歯ごたえがありました。
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