始まり─初夏に揺れる花の秘密
拙いと思いますが、生暖かい気持ちでお願いします。
第2章夏、お待たせいたしました!
今日から3日間は2話投稿します。(次は20:40です)
ひとときのほほんとよろしくお願いします。
のんびりお付き合いいただければ幸いです( * ॑꒳ ॑*)
トコトコポテポテ……♪
初夏の空気に溢れる朝は、まるで蜂蜜を溶かしたような甘みを感じる光に満ちています。
六畳ばかりのレオンの菜園を、清々しい風が通り抜け、バラの茂みに隠れた花の精たちが、追いかけっこをした後の軽やかさです。
「おぉ、ユラユラ♪」
レオンが小さな身体を地面につけて、苗木の桃とりんごを眺めていると、その向こう側に広がる侯爵邸のバラ園から、華やかな風が吹いてます。
風はレオンのふわふわした髪をくすぐり、そのままバラの足元へと逃げてきました。
気高く咲き誇るバラの蕾を守るように、重なり合う青々とした葉が風に揺れています。
まるでバラの女王様が目覚める様を、静かに待ちわびる守護騎士のようです。
初夏の柔らかな陽光を浴びて、オールドローズたちが優雅に花びらを解いています。
咲きはじめの愛らしいピンクから、時が経つにつれてしっとりとしたオフホワイトへと着替えを終え、気品のあるやわらかさで庭を暖かく彩ります。
今年植えたばかりの苗は、まだ背丈こそ低いものの、力強く大地に根を張り、幾重にも重なる花びらの奥に芳醇な香りを蓄えています。
風が動くたびに、オールドローズ特有の濃厚で上品で甘やかな香りが菜園まで運ばれ、レオンは思わず鼻をヒクヒクさせました。
「バラ、いい、におい……♪」
レオンが立ち上がり、その鮮やかな風に向かって手を伸ばします。
深い緑の葉の間で、淡いグラデーションを見せるバラの花々……、色とりどりの宝箱のような庭が、初夏の爽やかな風に揺られてキラキラと輝いていました。
トコトコ?トテトテ……。
その日レオンは廊下を歩いていると、少しお疲れ気味な大人たちの姿が見えます。
窓から差し込む陽光が、空中に舞う微かな埃をキラキラと照らすのんびりした光景……、それとは裏腹に廊下のあちこちからは、大人たちの声にならない悲鳴が聞えたのです。
「ふぅ……。この絨毯もずいぶん役に立ったみたい、……っ!」
メイドたちが絨毯を数人がかりで洗濯場へと運び出します。
パンッ、パンッという小気味いい音が響く場所では、別の使用人が「ハァ……」と溜息をつき腰をさすりました。
セバスもいつも完璧な姿勢が少しだけ崩れ、誰も見ていないところで肩を回し、筋肉をトントンとほぐしています。
レオンは首を捻りながら、そのしぐさを見ていました。
次の日……。
「お水あげなきゃ……」
ニコが来る前にレオンは、パジャマのまま外に飛び出します。
ジョウロいっぱいに水を汲むと、3歳の腕にはズッシリです。
歩くたびに水が足にかかり、靴までぐっしょり……。
朝の空気の中で、雨水樽から汲んだ冷たい水は、レオンの手を赤くします。
レオンの部屋へ入ったニコは、「坊ちゃまがいらっしゃらない!」と青ざめ大慌て……。
菜園に迎えばびしょ濡れになりながら、一生懸命に水を運ぶ、小さな背中を見つけました。
「もう……!」と脱力しつつも、「びちょ濡れ?!」と叫び、慌てバスタオルを取りに走ります。
そんなニコの様子を知らず、貯水樽の蛇口をひねり桶に水を満たします。
「よいしょ、よいしょ……」
桶にジョウロを入れて水で満たすと、溢れた水がレオンの靴を濡らします。
初夏の風は爽やかだけど、またまだ朝は冷たさがありました。
ニコが、「ああもう、レオン坊ちゃま! 凍えちゃいますよ!」と、大きなタオルを抱えてやって来ます。
「……お水あげたの」
唇を少し震わせレオンは誇らしげ笑いました。
泥石鹸の騒動も収まり、穏やかな日常に戻った侯爵邸では、使用人たちはバタバタと大忙しです。
屋敷内に様々なトラップを仕掛け、様々な賊を撃退した彼らは、ただいま後片付けの真っ只中……。
「……この図面によれば、あちらとその二つむこうの角に『スベスベ』があるはず」
『カトリーヌ特性』をシュ────……ッとし、濡れモップでキュッキュッとかけた後、ミントアルコールを薄めた液で、シュッシュッしてべつの乾燥モップでキュッキュッっと……。
「……ピカピカだわ」
「本当にピカピカよね……」
───トラップは掃除アイテムとして、神でした。
お昼すぎレオンはこっそりと、裏口の重い扉をそっと開けました。
お気に入りのジョウロを下に置き、貯水樽の蛇口を回します。
「ん、……んん、っ……出たぁ!」
ドボドボと注がれる水が跳ねて、レオンのズボンを濡らします。
水の入ったジョウロを両手で持ち、お腹を突き出すようにバランスをとって、レオンは菜園へ一歩ずつ、一歩づつ歩いて行きました。
トッテッ、トッテ……。
数分後……、息を切らして駆けつけたニコが、またびしょ濡れの状態で笑うレオンを見て……。
「もう! お風邪を引いたらどうするんですか!」
最近のレオンは「ひとりで出来るもん」発動中。だからニコは振り回され大変です。
プンプンしながらタオルを広げれば、レオンは笑って、ボフッと包まれ拭われるのです。
「……きいろいお花、げんきよ」
バラの下に植えたマリーゴールドが、初夏の強い光を喜ぶように、色を濃くしていました。
「レオン坊ちゃま、この花は夏を越え、秋が深まるまで、ここの番人をしてくれますよ」
レオンが水をかけると、マリーゴールドの葉から独特の、少し癖のある香りが立ち上がりました。
騒動が終わった後ブルーノの様子を観て、ヤバいなと遅れて気がついた面々は、執務室に集まりました。
部屋にはヴィクトール、セバス、マルクス、ブルーノがいます。
侯爵邸は表向き穏やかですが、まだまだ問題は山積みでした。
はっきりいって処理が間に合っていません。
今日は答え合わせという、報告会です。
「……ブルーノ、古傷はどうだ?」
「問題ありません」
「ハァ……、問題、あるよね?」
マルクスのツッコミに黙秘するブルーノ。
ヴィクトールはハァ……と溜息をし、セバスも眉間にシワを寄せました。
レオンはあの喧騒の中、大きなやらかしをしていたのです。
ブルーノの背後で、マルクスが呆れたように書類を放り出しました。
「あのさ、隠密のくせに足音するし、気配浮わついてるし、……その右脚で、さっき柱を蹴ったよな?…古傷どこいった?」
マルクスの鋭い指摘に、ブルーノは石像のように黙秘を貫きます。
再度ヴィクトールはこめかみを押さえて深い溜息をつき、……セバスは眉間のシワをさらに深く刻み込みました。
静まり返った執務室で、四人の視線はテーブルの上に置かれたモノに注がれます。
「……セバス。確認だが我が国に、あるいは隣国に、あのようにすぐ効く薬は存在したか?」
「……旦那様。断言いたしますが、古今東西、あのような塗ってすぐ効く薬など存在いたしません。あれは薬草学の常識を、賢者様が捏ねて壊した産物です!」
「トウガラシの熱で血を回し、ミントで炎症を鎮め、ゴマ油とキャンドルで皮膚へ浸透させる……。理屈はわかる。だがそこに桜の皮の粘液から弾力を求め、包帯として組み合わせるなど……。マルクス、医学的に見てどうだ?」
ヴィクトールの問いに、マルクスが顔を引き攣らせます。
「どうだもこうもねぇよ! 桜の皮にあんな効果があるなんて知らないし、罠に使うモノを湿布にするなんて……。あれは医療じゃない!錬金術の領域だ。ブルーノが全盛期並に動けるのがその証拠だよ。……おいブルーノ、その脚、明日になれば、もう一本生えるんじゃないか?」
ブルーノは、ようやく重い口を開きました。
「……生えはしませんが、今なら……城壁さえ走って登れそうです」
「……やれやれ。我が家の賢者は、石鹸だけでは飽き足らず、ついには最強兵器まで『修理』してしまった」
ヴィクトールは椅子に深く背を預けました。
外部の敵を掃除した直後だというのに、身内に潜む「可愛いい脅威」の底知れなさに、誇らしさと頭痛が同時に押し寄せます。
庭では使用人が『ベトベト』穴に、泥を入れて埋めています。
「……んぐっ?!」
作業の手を止めた彼は、生垣にゆっくり腰を下ろすと、ズボンの上から自分の膝とふくらはぎをさすりました。
レオンはそんな光景を物陰からじっと見つめ、短い人差し指を唇に当て、首をコテンと傾けます。
(……みんな、いたい、いたいなの。ブルーノと、おんなじ、かな?)
レオンの脳裏に、ブルーノに塗った『アツアツ』の液が浮かびます。
でもあれはたまたまできたモノでした。
マルコから唐辛子は遠い国からの旅人だから、ほどほどに頼むと言われています。
原価?……は、かからない方がいい、みたい。
「う〜ん……?」
ぷっくりとした頬を膨らませ、レオンは眉間にシワを寄せて考えていると、集中するあまり歩きが疎かになって躓きました。
四つん這いになったレオンは、何かひらめいたのか瞳がぱぁっと輝き、決意したように立ち上がります。
トコトコポテポテ……♪
庭の奥にある6畳の菜園へと歩き出しました。
その小さな背中には、「みんなを元気にしたい」という優しい思いがあったのです。
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