見上げる虚空のその先に……
いつも応援ありがとうございます!
プライベートがバタついているので、しばらく不定期になります。
でもレオンくんたちのお話は大切に書いていきます٩(。•ω•。)و
少しお待たせしてしまうかもしれませんが、のほほんとお待ちいただければ幸いです。
これからもどうぞよろしくお願いします( * ॑꒳ ॑*)
執務室に入ると、セバスが顔を上げてフッと微笑みました。
その瞬間、とても嫌な予感がしたのです。
「……では、私はこれにて職務終了、帰宅します!」
ガシッとマルクスの襟元を掴み、セバスと対峙します。
「おや?……旦那様。マルクスが嫌がっておいでですが、手を離されてはいかがでしょう」
「……マルクスが居なくてもよい案件なのだな?」
マルクスもセバスを眺め、早く帰らせてくれと目で訴えました。
「……そうですね。とりあえず幾つか王都で問題が起きたようなので、近々私は王都へ戻り、ブルーノと連携する予定でございます」
ニッコリと微笑み、机に置かれた書類を手に取り、その中の一枚をヴィクトールに渡し説明します。
「こちらは『木漏れ日商会』より届いたものです。なぜか泥石鹸の製造方法を、他所の商会へ教えるよう司教より依頼がきたとの事でした。フフ……、大司教に問い合わせると、愕然としておられたそうですよ」
目を細めて微笑んでますが、セバスからじわじわとした威圧感は強めでした。
未だ配合予定者たちの修行がなかなか進まぬ中、先走りのように起る事案に、セバスも苛立ちを隠しきれないようです。
「少量流通する泥石鹸は高値ですから、その利益を頂こうという算段でしょうか。紹介した商会から頂くリベート、それから永続的な利益。理由は少しでも製造開始時期を早める為、商会の数と人員を増やしてほしい、……簡単に出来ると思ってるようですよ?」
マルクスが呆れたように呟き、下顎をさすりながらニヤリと嗤います。
厚顔無恥なのかわかりますが、その技術をタダで教えろと言っている訳ですが、それが罷り通ると思う傲慢さと、狡猾に呆れました。
『猊下の御心を損なわぬためのものである!』
もっともな理由を言っているようで言ってない、まったく意味のわからない司教令です。
「……ついでに似たようなものがこちらにも届けられ、ブルーノが王妃に渡しています。現在、関係者の背後を洗っているようです」
ヴィクトールとマルクスはホッと、溜息を付きました。
どうやら真面目にブルーノは、活動しているようです。
ブルーノは有能ですが、レオンに直接関わらない限り、必要最低しか動きません。
そして会わない期間が長いと、暴走します。
その分『木漏れ日商会』の会頭シオンが、補助しこまめに伝達を送ってくれるのですが、大丈夫でしょうか……?
「……なので私は王都へ戻り、溜まった書類を片付けます。それから採取した泥ですが、バルトが確認したところ、やはり『お宝』だったそうです。……つきましては旦那様、申し訳ございませんがお使い下さい。結果次第では、何かと根回しの材料になるでしょう。よろしくお願いしますね、旦那様」
愉悦を含んだ目を向け、セバスは泥の入った小瓶を、顔を引き攣らせたヴィクトールに突き出しました。
ヴィクトールは盛大に溜息をつきました。
(……最悪だ。なぜこの私が、顔面に泥を塗りたくられる羽目になるんだ?)
我が子の訳の分からない全幅の信頼という名の圧力に屈し、冷んやりとした沼の泥を顔全体に塗りたくられながら、彼はわずかに顔を引きつらせます。
「……旦那様、ジッとして下さい。服が汚れます」
冷ややかに言って、セバスからペタペタと顔に泥を塗られました。
そのシュールすぎるヴィクトールの姿に、マルクスは面白そうにからかいます。
「……閣下、現実逃避して目を瞑った訳じゃないですよね。ブルーノからの報告に、水場関係は無事に終了したとのことです。それと、王家分も併せて完了?なんです、これ?」
「……秘匿事項です。現段階ではですが」
セバスが淡々と告げると、ヴィクトールは泥が落ちないよう慎重にまぶたを開け、ふっと息を吐き出しました。
「……気持ち悪い。本当にこれで大丈夫なのか?」
「ご指示通りでございます」
セバスは手元を布巾で拭いながら、片眉を上げてヴィクトールを眺めます。
何とも間抜けな姿に吹き出しそうになり、スっと顔を背け書類に視線を落とし、何ごともなかったかのように言葉を続けました。
「それともう一点、先程お伝えした教会者たちが面白い事を仰ったそうです。なんでも『あの泥石鹸は孤児院が関わって成り立つのだから、実質的に権利は教会側にある』と、図々しさを極めたようですね」
そしてヴィクトールを見ると、セバスは我慢できず後ろを向いて笑い、ヴィクトールは鼻でフンと小さく鳴らします。
顔面に塗られた泥のせいで表情筋が引きつり、話辛いぶん声のトーンが低くなりました。
「──……ブルーノに任せる。好きにしろと伝えてくれ。こっちはレオンの『やらかし』が増える一方だ。今回の『泥』だって発端はレオンだろう。いつもなぜ、そこから発展するんだ?そして、なぜ私が塗る羽目になるんだ?!おかしいだろう!」
「そりゃ、レオン様のご指名ですから……」
「肌が強いと、太鼓判だからじゃないですか?」
マルクスとセバスが当たり前のように応え、ヴィクトールを眺めます。
すると喋りが原因か、泥にヒビが入っていました。
二人は顔にひびがある事を伝え、ヴィクトールが諦め大人しく塗られて横になると、恭しく一礼して引き下がります。
顔を泥だらけにした侯爵と、それを笑いながらも補佐する側近たち――。
そのあまりにちぐはぐでシュールな光景を、誰にも見られることがなくて助かりました。
**************
──その頃王都では。
ブルーノは手にしたグラスの中の琥珀色を揺らしながら、深く溜息をつきました。
その表情は「死神」の面影など微塵もなく、ただの物憂げな男の顔です。
イナリは扇を片手に、妖艶な笑みを浮かべながらブルーノの様子を伺っています。
「最近、ボーッとする事が多いですよ。お疲れですか? ブルーノさん」
───しかしブルーノは、虚空を見つめ……。
「……レオン様はいかがお過ごしだろうか?」
イナリの問いを無視するように、呟き出しました。
「ちゃんとお昼寝をされたのか、ニコを困らせてはいないだろうか?……いや、それ以上に悪戯だ。最近は、大人を試すような巧妙な悪戯を好まれる。もしや、無邪気に何かを仕掛けたり、誰かを戸惑わせていないかだろうか……」
ブルーノの言葉はどこまでも真剣で、どこまでも重たかった……。
切実な──、『親バカを超越した独白』を聞いたイナリ、ぴょん太、ベルトラムは、顔を見合わせて沈黙しました。
(これは?……レオン様の心配をしている訳じゃないのか?)
イナリは扇で口元を隠し、引きつった笑みを浮かべます。
ベルトラムは呆れ果てたように肩をすくめ、ぴょん太は「……はぁ」と大きなため息を吐きました。
彼らにとっての『レオン様』とは、可愛い悪戯好きな主君であり、いつ何を仕出かすかわからない、びっくり箱みたいなお子様です。
しかしブルーノが懸念する「レオン様が被害を拡大していないか?」という内容ですが──、そもそも『やらかし魔』だからこそ『木漏れ日商会』ができたのです。
「申し訳ないが、ブルーノさん。……あんた正気か?」
ベルトラムが低く呆れた声で、恐ろしい問いを投げかけます。
それを聞いたぴょん太は、「わぁお……、それ言っちゃうんだぁ」と、ニヤニヤ嗤いながらブルーノの反応を見ますが、無反応です。
それにはイナリも呆れ果てます。
「ブルーノさん、まずですね。レオン様は『やらかし』ます。これ真理です!そんな『可愛い心配』をしている間に、あちらではガツたちが血眼になって、レオン様の『やらかし』を収拾しているかもしれませんよ!」
「だよねー。ブルーノさんが懸念する『悪戯』の規模が、想像を超えるのは当たり前だよ?『木漏れ日商会』を創った本人がそれってさぁ。もういい加減、我慢するのやめたらどうなの?」
ぴょん太も、呆れを通り越して憐れみの目を向けます。
「本当に……、レオン様への愛が重すぎて、肝心な『やらかし』の規模が見えなくなっていますね。そんなに心配なら、今すぐ領地へ飛んでいけばいいじゃないですか。制裁なんて、誰があなたに食らわせるんですか?」
「……いや。この王都の雑草を抜き終わらねば、レオン様が安心してすくすくと、育つ環境を整えることが、母君との『約束』なのだ。今は幼くていらっしゃるが、ふとした瞬間『叡智』そのものに成られる。だからこそ私が場を創らねばならない」
ブルーノは深刻な問題に直面しているような顔で、再びグラスを口元へ運びます。
──皆は悟りました。
ブルーノにとって、レオン様は『主君』であると同時に、気まぐれな『月光』そのもの……。
だからこそ彼は、その『小さな行動』の些細な情報を、一つ一つ吟味し追い続けるのです。
(……まったく、この男は。レオン様に関することになると、本当にめんどくさい)
王都の裏を支配する怪物たちは、ブルーノの「重すぎる愛」と「絶望的な盲目さ」に、ため息を吐くことしかできませんでした。
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