隣国密偵の末路……。
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プライベートがバタついているので、しばらく更新が遅く不定期になります。
でもレオンくんたちのお話は大切に書いていきます٩(。•ω•。)و
少しお待たせしてしまうかもしれませんが、のほほんとお待ちいただければ幸いです。
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王都の片隅、薄汚れた宿屋の一室。
隣国から潜入した密偵カイルは、噛みすぎて血の滲んだ爪先を吐き捨てた。
「……あり得ん。あの商会は、一体何なんだ?」
彼が探っていたのは『木漏れ日商会』。
当初はヴァリエール侯爵家が後ろ盾になり、立ち上げ泥事業の斡旋を担う、形ばかりの商会だと思っていた。
だが開店準備が進むにつれ、その実態はどんどん霧に包まれていく。
侯爵の愛息子がアイデアを出したという『もふもふぬいぐるみ』のリュックやポシェットが、商品として卸されるのは理解できた。
(ぬいぐるみを抱く子どもは可愛いよな。バッグになるとか、実用的で便利じゃねぇの)
だからただの流行り商売だと、高を括っていたのだ。
だが時間が経つにつれて、現実はカイルの予想を大きく裏切っていく。
なぜなら商会の代表者が、教会や王宮へ召し出される頻度が、あまりにも異常だ。
侯爵家とは何やら建築するのか、資材運搬を目撃している。
(……建築まで対応可能なのか?)
商会そのものは、美容・薬用の商品を扱っている。
商業ギルドの副所長と繋がっていたこちらの仲間らは死亡……。
彼らが回収した商会の商品を調べたが、毒成分は一切検出されなかった。
「……もし未知の毒だった場合、国に送って使った者が死ねば、今度は国が処刑する」
仲間の形見のように残る入れ物を、手の中で転がしながら考える。
開店して十日が過ぎても、一向に客足が衰える気配はない。
貴族の馬車が頻繁に行き来し、庶民たちも『調味料バーム』をいそいそと買い求める。
かくいう自分も購入して使っており、遠方の仲間に「オススメの品」として送っている始末だ。
非常に便利で、仲間内でも重宝されている。
「……やべぇよな。職務を忘れて買い漁っているなんて」
基礎バームはそのまま傷薬に、ちぎったミントを揉んで混ぜれば打撲にも効く。
なんちゃってカスタマイズだが、本当にこれ一壺で助かっていた。
この国の明るさと居心地の良さに、最近、自国トップの汚さが目について辟易する自分がいた。
だが、それでもここで死んで行った仲間がいる。
割り切れない思いを抱え、通す一線があった。
(そろそろ、腹を括るしかないか……)
どこか冷めた目にカイルは力を入れ、窓から『木漏れ日商会』の方角をじっと眺めた。
数日後──、カイルは商会へ侵入する足がかりを得るため、表通りで情報を探っていた。
しかし、商会に関わっているという噂の職人を尾行した瞬間、世界が反転した。
路地裏から忽然と現れた、左半身に涙のタトゥーを刻んだ大男、ベルトラム。
商会で警備を担当している男だ。
カイルは反応することすらできず、無言で首根っこを掴まれ、宙へと吊り上げられてる。
「……用か? ならば情報交換をしよう。お前の雇い主は誰だ? なぜ今さら、この商会を知りたがる?」
男の眼光は、獲物を値踏みする獣そのものだった。
だがその奥に、どこかこちらを面白がるような、冷酷な余裕がある。
これまで数々の修羅場を潜り、尋問のプロを自負していたカイルでさえ、一言も声が出ないほどの圧倒的な威圧感──。
(クソッ……最初から、泳がされていたのか……!)
抗いようのない敗北感が、冷や汗となって背中を伝う。
──その時だった。
「ベルトラム~♪ そいつお得意さんだから、手荒にしたらダメだよ。隣国の密偵さん、大丈夫~?」
路地の奥から響いた軽快な声に、カイルは息を呑んだ。
鮮やかな真紅の髪に目を奪われる。
だが、その男が近づきこちらを見上げた瞬間、髪の内側が派手な緑に染め上げられているのが見えた。
同時に漂う濃厚な香水に混ざった嫌な匂い。
見上げてくる金の虹彩が混じった双眸と視線が合った瞬間、カイルの全身に鳥肌が立った。
身体にまとわりつくようなその香りと、男の瞳の奥にギラリと垣間見えた剥き出しの狂気に、本能が最大級の警鐘を鳴り響かせる。
ドサッ……!
投げ出すように地面に落とされ、カイルは激しく咳き込んだ。
真紅の髪の男は、へたり込むカイルを見下ろして、花が咲くような無邪気な笑みを浮かべる。
「じゃあ、密偵さん! またのご利用をお待ちしてます♪」
あまりにも場違いな商売用のセリフを吐く派手な男に、タトゥーの大男ベルトラムはひどく胡乱げな目で見送っていた。
正体はとっくに筒抜けだったのだ。
そればかりか、自分は「隣国の密偵」として警戒される気にすら留められず、ただの「良いカモ(お得意様)」として、手の平の上で転がされ、便利に利用されていただけだったのだと──。
トボトボと、もはや我が家のようになりつつある薄汚れた宿へ帰り着く。
途方に暮れたような面持ちで、自分は一体何者なのだろうと、カイルは自問した。
『木漏れ日商会』を考えると、ただただ厄介の極みだった。
商会の会頭という仮面の美丈夫は、常に隙のない護衛に囲まれ、近づくことすら叶わない。
社交界に優雅に現れる金髪の美女アルテミアは、言葉を交わすだけでこちらの思惑をすべて見透かし、氷のような冷たさで切り捨ててくる。
「何が『エレーナの旧知』だ……。あの商会の相談役ゼロンに至っては、天才と名を馳せたあの『ゼロニア』だと言うじゃないか!」
カイルは震える手で、仲間がギルドから盗み出したサンプル品――『陽だまりバーム』を握りしめた。
いまだ名ばかりが先行し、店頭には並ばない試作品……。
それもそのはず、使われている材料には、高貴な貴婦人ですら手にすることが難しい『雲母パウダー』が使われている。
奪った書類には作成者「ゼロン」、つまりゼロニアの手で作られた商品を盗み出し、使用して仲間たちは死んだ。
ギルドの副所長を殺したのは、他ならぬカイルの仲間たちだった。
「……待てよ?!」
カイルはハッとして、路地裏を見下ろす窓から、騎士団の動向を窺う。
そんな血なまぐさい事件があった割には、商会は変わらず繁盛している。
本来そんな事があれば、人は警戒して客足は遠のくものだ。
国家や教会にとっても、急速に台頭する正体不明の商会は警戒の対象になり、今回の出来事で何らかのペナルティがあるはず……。
しかし彼らは商会の出入り口で『ポンポン』を買い求め、「この冷感バームのおかげで古傷が痛まない」と、商会のスタッフと笑顔で言葉を交わしている。
──つまり、この商会に『敵』がいない。
この王都において、木漏れ日商会は、あって当たり前の「日常」と化している。
「騎士団と教会が普通に出入りし、王妃がプロデュースする商品を扱う。なのに庶民がニコニコと店頭に並ぶなんて……一体、誰がこの商会の裏で糸を引いているんだ?」
カイルは、ある絶望的な事実に気づいた。
自分たちが必死に情報を探れば探るほど、商会の連中はそれらすべてを「客の動向」として捉え、見通すためだけに、ただ泳がせていたのではないか……。
──その時だった。
宿屋のドアを叩く音は、一切ない。
しかしすぐ背後から、肌を刺すような冷ややかな気配が近づいた。
『……お前、随分と我が物顔で商会を嗅ぎ回っているようだな』
心臓が跳ね上がり振り返ると、そこには仮面をつけた美丈夫が、優雅な微笑みを浮かべて立っていた。
カイルが懐の短剣を抜くよりも早く、背後から現れた切れ長の目の男に完全に対処され、首筋に鋭い扇の骨を添えられる。
「……質問だ。お前は、この街の道理を敵に回して、一体『何』を得たかった?」
カイルの頭の中に、天才ゼロニア、そして先ほど路地裏に現れた鮮やかな真紅の男がよぎった。
商会という表舞台にいるには、あまりにも血なまぐさい事態に手慣れすぎている。
……まさか!この巨大な権力構造自体が、いや、商会という存在そのものが、裏社会に君臨する者が作り上げた巨大な『まやかし』なのか?
「……俺は、ただ……」
ガクガクと顎を震わせるカイルが答える前に、シオンは面白そうにクスクスと嗤った。
「ああ、いいよ。……『答え』を知りたいなら、商会の地下へ招待しよう。道理の分からぬ輩より、お前のような『使い道のある道具』の方が、実験のしがいがあるし、ゼロンも愉しめるだろう」
カイルは、自分が『隣国の密偵』から、商会という怪物に飼い慣らされる『実験動物』へと蹂躙される運命を悟った。
恐怖と抗えない圧倒的な力の差に敗北し、爪を噛む余裕さえ、もうどこにも残されていない──……。
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