終わらぬ実験
異形の怪物を前に、零爾と大森は共闘する。
だが、その背後には、すべてを実験としか捉えない男がいた。
理解不能な異能力を操る男。その終わりなき実験が、二人を未知の脅威へと引きずり込む。
第9話
変異した異塊獣が、巨体に似合わぬ速度で爪を振り下ろす。
「ハッ……!」
零爾は寸前で身をかわし、拳を力任せに叩き込んだ。
爆音とともに異塊獣の巨躯がグラつくが、決定打には程遠い。肉腫が蠢き、すぐに衝撃を殺してしまう。
(硬え……! 火力で押しきるしかねえか!)
一方、その奥では——大森が間合いを一瞬で詰めていた。
「——そこだ」
チャリィン、と鞘が鳴る。
閃光のような一撃が戒堂の体を斜めに深々と斬り裂き、そのままの勢いで振り抜かれた白刃が、戒堂の左手首を鮮やかに跳ね飛ばした。
ポロリと床に落ちる手首。
だが、戒堂の顔からヘラヘラとした笑みは消えない。
「へぇ……」
戒堂は残った右手を、切断された左腕の断面にポンと触れさせた。
その瞬間、肉が蠢き、瞬時に新しい手が生成される。
(再生能力か、厄介だな……)
大森が僅かに眉をひそめると、戒堂は新しく生えた左手を握ったり開いたりしながら嬉しそうに声を弾ませた。
「君、早いね。びっくりしちゃった」
「すまないね。びっくりする間もなく殺すつもりだったんだが、やり損ねてしまった」
「ははっ、余裕だね……!」
戒堂が手をかざすと、空間が歪む。
大森は迫る攻撃の不気味な気配を察知し、日本刀の身で軽やかにいなしていく。
「すごいね! 君はとても面白いよ!」
刀を振るう大森の圧を前にしながら、戒堂は興奮気味に叫んだ。
「それに比べて、あっちは……」
視線の先では、零爾が変異体を火力で圧倒し始めていた。
(いける! このまま押し込む……!)
零爾が拳を振りかぶった、その刹那。
「っ!?」
目の前にいたはずの戒堂が、いつの間にか変異体の背後に立っていた。
零爾が驚愕に目を剥く中、戒堂の指先が変異体の背中に触れる。
「ヴォォォォォッ!!!」
突如、変異体が鼓膜を破るほどの雄叫びを上げた。
全身の肉腫が爆発的に跳ね上がり、放たれた猛烈な衝撃波が周囲の壁を吹き飛ばす。
その動きのキレは、先ほどまでとは比べものにならないほど跳ね上がっていた。
「はぁ!?」
直後、視界から変異体が消えた。
反応すら許されず、零爾の腹部に激痛が走る。
ドガァァン!
変異体の拳が突き刺さり、零爾の身体は館の厚い外壁を打ち破って外へと吹き飛ばされた。
外の空気を吸いながら、大森の目が鋭く光る。
(手で触れた途端、変異体の異素濃度が異常に上昇した……再生が能力ではないのか……?)
「うーん、ちょっと調整ミスったかな? まあいいや、やっちゃえやっちゃえ!」
無邪気に手を叩く戒堂。
その一瞬の隙を、大森は見逃さなかった。
ズバッ!
「ん?」
大森が神速の連撃を繰り出し、戒堂の両足を一瞬で切断する。
戒堂の動きを封じたのを確認する間もなく、大森の身体は弾かれたように吹き飛ばされた零爾の方へと跳んでいた。
「ハァァァッ!」
大森の鮮やかな袈裟斬りが、外へ躍り出ようとしていた変異体の胸元を深く切り裂く。
厚い肉腫が削ぎ落とされ、奥で不気味に脈打つ「核」が剥き出しになった。
「零爾!」
「うおあああぁぁぁっ!」
腹部に走る激痛をこらえ、零爾は崩れた壁の隙間から這い出した。
渾身の一撃が、剥き出しになった核へズドンと叩き込まれた。
メキッ……と核に亀裂が入る。
「逃がすかよっ!」
零爾は両手でその巨大な核を強引に掴むと、体ごと跳ね上がって膝蹴りを叩き込んだ!
ドガシャァン!!
核が粉々に砕け散り、変異体は断末魔すら上げずにその場に崩れ落ち、灰となって風に消えた。
「わお」
両足を失った状態で転がっていた戒堂が、感心したように呟く。
(アシストありとはいえ、あれを倒した……しかもあの土壇場での動き。……興味深いなぁ)
足の断面に手を触れ、何事もなかったかのように立ち上がる戒堂。
「零爾、よくやったね」
「いや……こっち助けに来てくんなかったら、マジでやばかったっす……」
「まだ終わってないよ。メインが残ってる」
大森が視線を戻すと、戒堂の両手に禍々しい異素が集中していた。
「やつの手に触れてはいけないよ。何が起きるか分からない」
「うす!」
構え直す二人に対し、戒堂はフッと笑うと、そのまま両手を地面につけた。
ゴゴゴゴゴ……!
瞬間、足元の地面が生き物のように盛り上がり、荒波のように打ち始める。
「なっ!?」
「くっ……!」
打ち上げられる大森と零爾。
さらに崩れた土の塊が巨大な蛇の形を成し、二人に向かって猛烈な勢いで襲いかかってきた。
「ハッ!」
「押し通る!」
空中で日本刀が一閃し、零爾の拳が爆ぜる。
二人はそれぞれ迫る土の蛇を粉砕し、着地を決めた。
だが、砕け散った土塊を眺め、戒堂はつまらなさそうに息を吐く。
「やっぱ、見た目だけじゃダメか……」
戒堂はパンパンと服の汚れを払うと、拍子抜けするくらい軽いトーンで言った。
「まあ、いいや。もう帰ろ」
「……何?」
大森が低く問い詰める。
「帰るつってんの。今日は面白かったよ、じゃあね」
「っ待て!」
大森が地を蹴るよりも早く、戒堂の足元が泥のように溶けた。
そのまま地面の中へと沈み込むように、一瞬で気配ごと姿を消してしまう。
「クソっ! 逃げられた……!」
悔しそうに拳を握りしめる零爾。
大森は刀を静かに鞘へと納めながら、戒堂が消えた地面を見つめていた。
「……ひとまず、私達も戻ろう」
(なんなんだ、あいつの能力は……。原理が分からない。やれることがあまりにも多すぎる)
大森は険しい表情のまま、静かに息を吐いた。
(……あんなやつを野放しにする訳にはいかないな)
(第9話・完)




