ルールと大人
謎の改造個体の報告を受け、学校では能力者とのペア制導入が決まる。
零爾は、赤星の親友であり日本刀を扱う凄腕のフリー能力者・大森大地と出会う。
二人は調査のため行方不明者が相次ぐ山の館へ向かうが、そこで待っていたのは、異塊獣に楽しげに手を触れる男だった
「今日は先生たち会議らしいから気付かないって。だからちょっと遅れても大丈夫!」
優香のその一言を信じたのが運の尽きだった。
買い物に付き合わされた男子3人は、大きな紙袋をいくつも抱えて途方に暮れていた。
神影高校、会議室。
「輝星は?」
学長の低い声が室内に響く。
「姿が見えないのが答えでは……」
呆れたように教師の一人が呟いた、まさにその直後だった。
勢いよく扉が開く。
ドカン!と大きな音を立てて入ってきた赤星輝星は、ヘラヘラと手を振った。
「赤星〜! なんで毎回遅刻するのよ!」
「ごめんごめん。あれ? 呼んだ? 俺がいなくて寂しかった?」
「うるさい! いいから座れ、始めんぞ!」
葛城の怒号で、ようやく会議が始まった。
異塊獣の目撃情報についてしばらく話し合いが進んだところで、赤星がポンと手を叩く。
「ってな訳で。体に番号が刻まれた個体が相次いで見つかっててさ。多分裏で動いてるヤツがいる。これはもう、学生のみならずフリーの能力者にも協力を仰ぐべきじゃない?」
「確かに」
先ほどの教師が深く頷く。
「番号だけじゃなく、明らかに異常な改造をされた個体も見つかっている。学生だけじゃ手に負えない場面も出てくるだろう。フリーの能力者と学生でペアを組ませるのはどうだい?」
「いいねそれ! ってことで学長、ペア組みで進めていいですね?」
「……輝星、まずは手配を進めろ」
「はーい」
そこに、1年生の担当者が慌ただしく入ってきた。
「失礼します! 1年生5人が、まだ寮に帰っていません!」
「はぁ……先が思いやられるわね、こんなんで大丈夫かしら」
葛城が額を押さえる横で、赤星は能天気に親指を立てる。
「ありがとう、下がっていいよ。……よし、ひとまず会議はこれにて終了! ねぇ、みんなでご飯行かない?」
「それもいいけど、まずは学生を連れ戻したらどうだい?」
「勝手に帰ってくるでしょ」
「輝星、連れ戻せ」
「はーい」
22時00分。門限をちょうど1時間オーバーした刻。
寮の門前には、腕を組んで仁王立ちする赤星と、肩を小さくした5人の姿があった。
「なーんで君たちはルール守れないの? ちゃんと俺を見習ってないと、しっかりした大人になれないよ?」
「赤星先生、今日の会議間に合ったんですか?」
朔哉の容赦ないツッコミに、赤星の顔がピクッと引きつる。
「……咲哉、なんで知ってんの?」
「葛城先生から聞きました」
「とにかく! ルールは守って! 怒られるの俺なんだから! ……解散!」
赤星が背を向けて去っていくと、優香が申し訳なさそうに頭を下げる。
「みんな、ごめんね。私のせいで怒られちゃって……」
「誰も気にしてませんわ。今日は楽しかったですし、いいじゃありませんの」
「いや、優香ちゃんと木陰ちゃんの買いもんやからな!」
「あら」
「まあいいじゃねえか、楽しかったんだし」
「ほなまあ、ええか!」
男子組も顔を見合わせて笑い合い、それぞれの自室へと戻っていった。
「ただいまぁー」
ドアを開けた零爾を出迎えたのは、足元にすり寄ってくる小さな狼だった。
だが、その頭から生える角は以前より明らかに大きくなっており、どこか禍々しい風格すら漂わせている。
零爾は引きつった顔でその頭を撫でた。
「……お前、ほんとに何食ったらそうなんの?」
翌日。
零爾は赤星に呼び出され、演習場へと足を運んでいた。
「ねぇ先生! 俺とペア組む人ってどんな人!?」
「いい質問だね零爾。ズバリ……俺の親友だ!」
「先生の親友!?」
「やぁ、久しぶりだね輝星」
奥から現れたのは、腰に一振りの日本刀を差した静かな佇まいの男だった。
その姿を見て、赤星が顔をほころばせる。
「大地! 久しぶりだなあ!」
がっしりと肩を組み合う二人。男は柔らかい笑みを浮かべ、零爾に視線を向けた。
「零爾、これが俺の親友、大森大地だ」
「初めまして。話は輝星から聞いてるよ。よろしくね、零爾くん」
「初めまして! オナシャス!」
「いいねぇ、君みたいな子、好きだよ」
「言ったろ! お前絶対気に入るって」
大森は満足そうに頷くと、スッと表情を引き締めた。
「で、今回の任務は?」
「最近、山の麓の館で行方不明者が相次いでるらしくてね。その館から濃い異素の反応がある。そこの調査だ。頼めるかい、零爾?」
「はい!」
「いい返事だ。それじゃあ、行こうか」
山の麓へと向かう道中、零爾は大森に問いかけた。
「先生とどういう関係?」
「学生時代の同級生だよ。私はあの学校を卒業した後、こうして現場で異塊獣を倒すフリーの仕事をしてるけど、輝星は学校に残って教師になったんだ」
「先生とどっちが強い?」
「能力の方向性が違うから何とも言えないけど……昔の喧嘩は、349勝349敗だね」
「バリ喧嘩するじゃん」
「ははっ、若気の至りってやつさ。……さあ、着いたよ」
目の前に佇む古びた館。
一歩足を踏み入れた瞬間、肌を刺すような粘りつく空気が漂う。
「なんか……むっちゃ空気重くない?」
「そうだね。(報告より、異素が格段に濃いな……)」
ギシ……と重い扉を開けて中に入る。
しかし、広間には人影も異塊獣の姿もなかった。
「あれ? むっちゃ気配がする気がしたんだけど……」
「ふむ。これは、かなり強力な個体が居そうだね。気をつけて進もう」
その瞬間——大森の頭上の天井が爆発的に弾けた!
巨大な爪を持つ異塊獣が、音もなく大森の首元へ躍りかかる。
「う——」
驚愕の声を上げかけた零爾の視界で、銀の閃光が走った。
チャリィン、と鞘に収まる小さな音。
いつ日本刀を抜いたのかすら見えなかった。
ズバアァン!
踏み込む音すらなく放たれた神速の居合一閃。
襲いかかった異塊獣は「核」ごと真っ二つに切り裂かれ、崩れ落ちて灰となって消えていく。
零爾は開いた口が塞がらない。
「どうしたんだい、零爾?」
「いや……早すぎるだろ……」
呆然とする零爾を促し、二人はさらに奥の部屋へと進む。
重厚な扉の向こうから、不気味な呻き声が聞こえてきた。
薄暗い室内。
そこには、うずくまる異塊獣に楽しげに手を触れている男がいた。
「あんた危ねえぞ! そいつから離れろ!」
「待て、零爾。……何かおかしい」
大森が零爾を制し、柄に手をかけながら鋭い視線で男を射抜く。
「あんた何者だ? 普通の人間じゃないだろう」
男はゆっくりと振り返った。首をかしげ、ヘラヘラとした笑みを浮かべる。
「君ら、もしかして能力者? 初めまして。俺は戒堂律。俺に何の用だい?」
「あんたはここで何をしている?」
「何って……異塊獣の改造実験だよ」
「は?」
零爾の絶句を余所に、戒堂が触れていた異塊獣の身体が、グニャリと歪んだ。
皮膚が裏返り、規格外の肉腫が爆発的に増殖していく。
「こんな感じでさ、異塊獣をいじって人間を襲わせてるの」
変異を終えた巨大な異塊獣が、激しい咆哮とともに二人へ襲いかかる!
「零爾! 私があいつの相手をする! あの異塊獣くらいは倒せるな!?」
「うす!」
日本刀を構える大森と、腰を落とす零爾。
異塊獣を玩具のように弄ぶ戒堂律との、唐突な死線が切って落とされた——。
(第8話・完)




