特別訓練
戒堂との死闘から生還した零爾。
保健室で優香に無茶を詰められつつも、グラウンドに招集された仲間たちと出会う。
不穏な影に備えるため、赤星と大森が提示したのは——「対教師特別訓練」!
「勝利条件は、俺たちに一発でも攻撃を当てること」
立ち塞がるは実力者の大人ふたり。校舎裏の山を舞台に、生き残るための猛特訓が始まる!
神影高校、応接室。
ソファに腰掛けた赤星輝聖は、深く息を吐いた。
「かなり面倒なことになってきそうだな」
向かいに座る大森大地も、難しい顔で頷く。
「ああ。まだ奴の能力も背景も分かっていない。このまま後手に回り続けることは避けたいね」
「まったくだ。向こうの目的もさっぱり分かんねえし」
赤星は背もたれに体を預け、天井を仰いだ。
「そういえば、零爾はどうなった?」
「新庄さんが診察中。そろそろ終わる頃じゃないかな」
「なんだ、あいつのとこか、ならもうすぐ来るか」
「赤星〜? 私、先輩だぞ〜?」
突然、応接室の外から声が響いた。
扉が開き、一人の金髪の女性が顔を覗かせる。
新庄千隼。赤星と大森の二つ上の先輩であり、学校で生徒たちの治療を担当する人物だ。
「いや、別に忘れてないっすよ」
「その態度が問題なんだよなあ!」
新庄は不満そうに頬を膨らませながら、ひとりがけのソファーに腰を下ろした。
「新庄さん、零爾はどうでしたか?」
大森が丁寧に尋ねると、新庄はぱっと表情を明るくした。
「そう! そういう言葉遣い、いいね!」
「新庄さん、そういうのいいんで、早く質問に答えてもらっていいっすか」
「お前はもうちょっと先輩を敬え!」
新庄は赤星を指差してから、こほんと咳払いをした。
「狼谷くんは肋骨三本に、ちょっとひびが入ってたぐらいだね」
「そうですか。あれだけ腹に攻撃を受けて、それで済んだなら、やっぱり彼は頑丈だねえ」
「まあね。普通なら、もっとひどいことになっててもおかしくないよ」
新庄は感心したように頷いた。
「今は伏見さんが治療にあたってる。じきに動けるようになると思うよ」
「そりゃよかった」
赤星はひとまず安堵したように息を吐く。
「ところでさ」
新庄は少しだけ表情を引き締め、二人を見比べた。
「何と戦ったのか、教えてもらってもいいかな?」
二人は顔を見合わせた。
そして、大森が先日の山中での出来事を説明し始めた。
番号を刻まれた異塊獣。異常なまでに強化された個体。そして、それらを操るように振る舞っていた謎の男――戒堂律。
話を聞き終えた新庄は、腕を組んで唸った。
「……なるほどね。分からないことだらけってわけか」
「はい。あいつの能力が何なのか、見当もつかない」
大森の言葉に、新庄は顎に手を当てて考え込む。
「私も手伝おうか? 私が視れば、何か分かるかもしれないし」
「それは助かります。頼んでもいいですか?」
「もちろん!」
新庄は胸を張って答えた。
それを見届けた赤星が、パンッと両手を打ち鳴らす。
「よし! ひとまず、俺たち教師がやることはひとつ!」
大森と新庄が視線を向ける。
「――教育さ!」
「てなわけで大地、生徒たちを鍛えるから手伝って」
「話の切り替えが急すぎないか?」
「細かいことは気にしない!」
「……仕方ないな」
大森は苦笑しながら、肩をすくめた。
保健室。
「うわっ! すげえ、痛くねえ!」
ベッドから起き上がった零爾が、驚いたように腹をさする。
「これが私の能力だよ。簡単に言えば、人の怪我を治せるんだ♪」
優香は得意げに胸を張った。
「伏見、ありがとう!」
「どういたしまして♪」
にこにこと笑う優香。
だが、次の瞬間。
「さて……」
優香は零爾の顔を覗き込んだ。
「こんなに怪我して帰ってきて、何があったか聞かせてもらおうか?」
「……伏見さん。もしかして、怒っていらっしゃいます……?」
「ううん、全然怒ってないから教えて?」
「……はい」
零爾は思わず背筋を伸ばした。
そのとき、コンコン、と扉がノックされた。
「はーい!」
「失礼しますわ」
扉を開けて入ってきたのは、目森木陰だった。
「お二人とも、グラウンドまで来ていただけますか?」
「おう!」
「うん! 今行くね!」
「では、先にグラウンドでお待ちしておりますわ」
木陰は丁寧に一礼すると、保健室を後にした。
「なんだろうね?」
「さあ……?」
二人は顔を見合わせ、首を傾げた。
グラウンド。
零爾と優香が到着すると、そこにはすでに何人かの生徒が集まっていた。
重条朔哉、道原綴、そして目森木陰。
そのほかにも、見覚えのない二人の姿があった。
「やっと来たか」
朔哉が零爾たちに気づき、気だるげに声をかける。
「悪い悪い。……って、そっちの人たちは?」
零爾が見知らぬ二人に目を向けた。
「こいつが最近来たっつう新人かぁ?」
金髪に、鍛え上げられた筋骨隆々の体。
男は興味深そうに零爾を眺めた。
「うす! よろしくお願いしゃす!」
「おう、元気がいいな。俺は鮫島航輝。お前らの先輩の2年だ」
「その後ろの人も、もしかして先輩?」
「ああ、そうだ。……でも、こいつは人見知りがやべえんだわ」
鮫島が背後を振り返る。
「名前は黒瀬三雲。まあ、仲良くしてやってくれ」
零爾が鮫島の横からそっと顔を覗かせると、黒瀬はびくっと肩を震わせた。
そして、フードをさらに深くかぶり込んでしまった。
「あ、ありゃ……」
「そうショック受けんな。あれがあの人の普通の反応だ」
朔哉が呆れたように言った。
「そっか……」
零爾が納得した、そのとき。
「おーい、みんな! 集まってるかー?」
聞き慣れた声が響いた。
赤星と大森が、並んでグラウンドへと姿を現したのだ。
「えっ!? 先生と大地さん!?」
「やあ、零爾。怪我はどうだい?」
「もうなんともないっす!」
「それはよかった」
大森は穏やかに微笑んだ。
その横で、赤星がパンッと手を叩く。
「さあ、みんな! いきなりではありますが!今から君らをしごきます!」
「……は?」
朔哉が露骨に嫌そうな顔をした。
「いきなりすぎひんか?」
綴も眉をひそめる。
赤星はそんな反応など気にする様子もなく、話を続けた。
「体に番号が刻まれた改造個体が、次々と発見されている。先日、ここにいる大森と零爾が、その元凶と思われる人物と交戦した」
その言葉に、生徒たちの表情が引き締まった。
「だが、仕留めきれずに逃走を許してしまった。改造個体による事件は、まだ続く可能性が高い。それに、奴に仲間がいるかもしれない」
赤星は生徒たち一人ひとりに視線を向ける。
「だから君らには、生き残るための力をつけてもらう」
「……その人物って、そんなに強かったんか?」
綴が尋ねた。
「ああ。大地さんがいなきゃ、多分死んでた」
零爾は迷わず答えた。
その言葉に、綴は口を閉ざす。
零爾が冗談を言っているわけではないことは、その表情を見れば分かった。
「で? 具体的に何すんだよ」
鮫島が腕を組み、赤星に尋ねる。
「簡単な話さ」
赤星はニヤリと笑った。
「俺と大森、そして君ら生徒全員で戦うんだよ!」
「……マジか」
朔哉が顔をしかめる。
「かなりしんどそうですわね……」
木陰も小さく息を吐いた。
「先生! 能力は使ってええんか?」
綴が尋ねる。
「もちろん! ガンガン使ってきな!」
赤星は親指を立てた。
「それじゃあ――校舎裏の山に移動!」
「山ぁ!?」
零爾の声がグラウンドに響き渡った。
こうして、赤星と大森による特別訓練が幕を開けることとなった。
山へ向かう道中、零爾たちは赤星と大森の後ろを歩いていた。
「なあ、朔哉。赤星先生と大森さんって、そんなに強いんか?」
綴が隣を歩く重条に尋ねる。
「……少なくとも、俺らとは比べものにならないだろ」
「そんなにか?」
「赤星先生の能力、忘れたのか? 星だぞ、星」
「いや、星って言われてもな……」
綴は首を傾げた。
「それに大森さんも、めっちゃ強かったぞ。赤星先生と昔から勝負してたらしいし」
零爾が会話に加わる。
「へえ! ほな、どっちのが強いんやろ?」
「おいおい、綴。あんまり余計なこと聞くなよ」
朔哉が面倒くさそうに釘を刺す。
「なんで?」
「面倒なことになりそうだからだ」
「うーん、そんなもんなんか」
そんなやり取りをしていると、先頭を歩いていた赤星が振り返った。
「おーい、着いたぞ!」
一行の目の前には、校舎の裏手に広がる山がそびえていた。
木々が生い茂り、少し進めば校舎からの姿も見えなくなる。普段の訓練場とは違い、周囲には自然の地形がそのまま残されていた。
「ここで訓練するんですか?」
優香が尋ねる。
「そう。せっかくの特別訓練だからな。いつもの訓練場じゃつまらないだろ?」
赤星は楽しそうに笑った。
その隣で、大森が静かに刀の柄に手を添える。
「……全員、覚悟はできているか?」
その声に、零爾たちは自然と背筋を伸ばした。
赤星は全員の顔を見回すと、口元に笑みを浮かべた。
「それじゃあ、五分後に開始ね」
「五分後?」
零爾が聞き返す。
「うん。君らの勝利条件は、俺たちに一発でも攻撃を当てること」
「え? それだけ?」
「それが難しいから訓練になるんだろ」
朔哉が呆れたように答えた。
「そっか」
零爾は納得したように頷く。
「はっ、面白くなってきたじゃねえか!」
鮫島が拳を鳴らした。
「俺たちはそれぞれ別の場所から動き出すから、あとは頑張ってね」
赤星はそう言うと、大森とともに森の奥へと歩いていった。
残された零爾たちは、互いに顔を見合わせる。
五分後。
零爾は拳を握りしめた。木陰は静かに周囲を見渡し、綴は何か作戦を考えるように思案している。朔哉は相変わらず気だるげな様子だったが、その目は森の奥を見据えていた。
やがて、時間がくる
「よし――」
一拍置いて、赤星は告げた。
「さあ、始めようか」




