No.042
演習を終えた翌朝、赤星から下されたのは深夜の港での任務。
サポートに徹していたお嬢様・目森木陰の真の姿は、太ももに暗器を忍ばせた冷酷な処刑人だった――。
翌朝、朝のホームルーム。
教卓にぽんと肘をついた赤星が、いつものフランクな調子で目森へ視線を向けた。
「木陰、今夜零爾を連れて任務に行ってくれ」
「えっ、俺もですか?」
突然名前を呼ばれた零爾が思わず声を上げると、赤星はニッと笑って肩をすくめた。
「まあ、そんなに危険な任務じゃないし校外学習みたいなものだと思って行ってらっしゃい。なに、木陰のサポートをしてくれればそれでいいからさ」
「……承知いたしましたわ、先生。狼谷さん、よろしくお願いいたします」
目森はお辞儀をして丁寧に返事をしたが、その瞳の奥にはどこか割り切ったような、静かな冷たさが宿っていた。
深夜。昼間の喧騒が嘘のように静まり返った、神戸の港湾エリア。
濡れたコンクリートと巨大なガントリークレーンの影、そして潮風の匂いが漂う倉庫街を、零爾と目森のふたりが歩いていた。
「……目森って、どんな能力なんだ? 演習の時はサポート側だったから、知らなくてさ」
隣を歩く目森に零爾が尋ねると、彼女は夜風に髪を揺らしながら、静かに口を開いた。
「わたくしの異能力は『記憶掌握』……手で触れた対象の記憶に干渉し、改ざんや消去を行う力ですの」
「記憶掌握……すげえ能力だな」
「公私ともに都合の良い力ではありますわ。……ですが、この力には大きな欠点がございます」
目森は港の暗い海を見つめたまま、淡々とした声で続けた。
「知性や複雑な記憶構造を持たない異塊獣には、この『記憶掌握』がほとんど効果を成しませんの。」
その言葉の直後、目森が足を止めた。
倉庫の影から、ぬらぬらと濡れた暗黒の巨体がヌッと現れる。
今回現れた異塊獣は、蛇のようにしなやかで、不自然に長い両腕を持っていた。まるでゴムのように伸び縮みする腕からは、禍々しい異素が滴り落ちている。
「狼谷さんは、手を出さずにそこで見守っていてくださいませ」
零爾が身構えるより早く、目森がすっと一歩前に出た。
ドレスのスカートを上品に持ち上げると、彼女の太ももに装着されたホルスターが露わになる。
そこには、左右の外側に2本ずつ、計4本の細身で鋭利な短剣――スティレットが整然と収められていた。
「キシャアアアアッ――!!」
異塊獣がけたたましい悲鳴を上げ、鞭のようにしなる右腕を解き放つ。
すばやい速度で伸びてくる異塊獣の腕。
しかし、目森は瞬きひとつせず、最小限の身ごなしでそれを紙一重でかわした。
すれ違いざま、目森の手元が霞む。
左右のホルスターから瞬時に引き抜かれたスティレットが、指の間に挟まれ、鋭い光を放つ。
シュンッ――!!
「グガッ!?」
目森は躊躇なく、指に挟んだスティレットを異塊獣の伸び切った腕へと振り下ろした。
分厚い皮膚を穿ち、そのまま強烈な力で港の硬質なコンクリートへと突き刺す。
完璧な精密打撃。異塊獣の腕は地面へ物理的に縫い留められ、支えを失った巨体が大きく前へと体勢を崩した。
「……終わりですわね」
氷のように冷たい眼差し。
目森は一切の無駄がない動きで滑るように距離を詰めると、逆手に持ち直したもう一本のスティレットを、異塊獣の胸の奥――核が存在する一点へと、深く深く突き刺した。
ゴリッ……と、手応えとともに異塊獣の生命線である『核』が粉々に砕け散る。
「ガ……ッ……」
核を壊された異塊獣は、黒い泥のようにみるみる輪郭を崩していき、そのまま塵となって消えてなくなった。
「…………」
静寂が夜の港に戻る。
返り血ひとつ浴びていない目森は、スティレットを引き抜くと、優雅な手つきで血を払い、太もものホルスターへと素早く収納した。
(能力が効かないからこそ研ぎ澄まされた……冷酷なまでの急所狙い……!)
目森の予想以上の戦闘能力に、零爾は息を呑んだ。
「お見事でしたわ、とは自分で言うものでもありませんわね。お待たせいたしました、狼谷さん」
何事もなかったかのように上品な微笑みを浮かべ、丁寧にお辞儀をする目森。
しかし、異塊獣が泥のように崩れ去っていくその直前、首元の皮膚に残されていた「傷」を思い返し、零爾は眉をひそめた。
「……目森、さっきの異塊獣の首元……なにか焼き付けられてなかったか?」
「……ええ。数字ですわね」
目森も表情を曇らせ、異塊獣が消失した跡を見つめる。
皮膚に肉を焼き切るようにして刻まれていたのは、『No.042』という無機質な識別番号だった。
「ただの野生の異塊獣に、番号なんて刻まれているはずがありませんもの……」
「誰かがこの個体を管理していた……そう考えるのが自然ですわね」
「じゃあ……」
「ええ。何者かが人工的に管理した異塊獣を、意図的に野へ解き放っている可能性がありますわ」
一瞬の静寂の後、目森はスマホを取り出し、いつも通りの落ち着いた、けれどどこか警戒を孕んだ声で零爾へ向き直った。
「……先生に連絡しましょうか、狼谷さん。これはただの『校外学習』で済ませていい件ではなさそうですわ」
潮風が吹き抜ける深夜の神戸港で、ふたりは言葉を失ったまま、暗い海を見つめていた。
(第6話・完)




