星が示す力
転校初日、賑やかなクラスメイトたちと挨拶を交わす零爾。
だが、授業が始まった瞬間、教室の空気は一変する。
暗転する教室、宙に浮かぶ星々。赤星先生の規格外な実力が露わになる!
教室内へ入ると、視線が一斉に零爾へと集まった。
教壇の前に立った赤星が、パンと軽快に手を叩く。
「今日から新しい仲間が増える。狼谷 零爾くんだ。みんな、仲良くしてやってくれ」
教室を見渡すと、重条を含めて四人の生徒が席についていた。
零爾は押し寄せる視線のプレッシャーを感じながら、軽く頭を下げた。
「……狼谷 零爾です。よろしくお願いします」
「よし、じゃあ簡単に自己紹介といこうか。まずは……そこの席から」
赤星が指指したのは、一番前に座っていた少女だった。
パッと華やかな笑顔を浮かべ、元気よく手を挙げる。
「伏見 優香です! 分からないことがあったら何でも聞いてね、狼谷くん!」
「よろしく!」
明るくハキハキとした少女の挨拶に、零爾も思わず笑みをこぼす。
続いて隣の席の少女が、すっと背筋を伸ばして静かに立ち上がった。
上品で清楚な雰囲気を纏い、丁寧にお辞儀をする。
「目森 木陰と申します。ふふ、よろしくお願いします、狼谷さん」
おしとやかな物腰の中にも、どこかいたずらっぽく微笑む柔らかな空気感。
「うす! よろしくな、目森!」
そして三人目――一番後ろの席で、何やら複雑な数式やグラフが書かれたノートを熱心にペンで走らせていた少年が、ふっと顔を上げた。
「道原 綴や。よろしくな、狼谷くん」
「よろしくな、道原!」
最後の一人である重条は、あくびをしながら「俺はもう知ってるだろ」と言わんばかりに視線を逸らしていた。
個性的だが、温かく迎えてくれたクラスメイトたちに、零爾はほっと胸を撫で下ろす。
「よし、挨拶も済んだことだし、席に着いてくれ」
赤星の言葉に促され、零爾は空いていた席へ腰を下ろした。
「じゃ、授業始めるぞ」
そう言って、赤星はチョークを手に取った。
「今日やるのは――異素についてだ」
その瞬間。
教室の空気が、ガラリと変わった。
「異素は、異能力を使うための力だ。昨日聞いたやつもいると思うが、ただのエネルギーって考えりゃいい」
黒板に二つの言葉が、力強い筆跡で書かれる。
――総量。
――濃度。
「この二つは似てるようで全然違う。総量はどれだけ持ってるか。濃度はどれだけ濃く、どれだけ精密に扱えるか」
赤星はパッとチョークを置いた。
「そして――」
教室の照明が、消えた。
「……え?」
誰かが小さな声を漏らす。
窓から差し込む僅かな光だけが、静寂に包まれた教室を照らしていた。
その薄暗い空間に――
一つ。
また一つ。
小さな光が、ふわっと浮かび上がった。
「星……?」
誰かが息をのんで呟く。
教室の空間全体に、まるで夜空そのものが広がっていた。
無数の星たち。
それぞれが淡く幻想的な光を放ち、まるで宇宙の一角を切り取ってきたかのように配置されている。
赤星はその星々の中心に、静かに立っていた。
「異素の濃度が高いほど、能力はより精密に、そして高度に扱えるようになる」
赤星が指先を軽く動かした。
二つの星が、すっと鮮やかな光の線で結ばれる。
――キィン。
空間に、甲高い一本の線が走った。
それはただの綺麗なお披露目ではない。
線が通過した直後、赤星の脇にあった木製の教卓の端が、鋭利な刃物で裁断されたかのように綺麗に滑り落ちた。
「……!」
言葉を失い、教室全体が静まり返る。
赤星は何でもないことのように、柔らかく微笑んだ。
「俺の異能力――」
宙に浮かぶ無数の星々が、さらに強く、眩いばかりに輝きを増す。
「『星極輪転』だ」
教卓の綺麗な切断面と、教室を満たすあまりにも圧倒的な異素の気配。
その光景に呑まれ、零爾をはじめ生徒たちは息をのんだまま言葉を失っていた。
そんな静寂と驚愕が入り混じる教室の中で、当の赤星は浮かべていた星々を指先ひとつでふっと消し去ると、不思議そうに首をかしげた。
「……あれ? どうしちゃったの、みんな」
拍子ぬけするほど軽いトーンで尋ねてくる担任に、零爾は脱力しながらも、先生の底知れなさを改めて痛感させられるのだった。
「……まじかよ」
真っ先に呟いたのは、いつも冷静な重条だった。わずかに目を見開き、切られた教卓から赤星へと視線を移動させる。
「すご……綺麗だけど、めちゃくちゃ危険……」
伏見は息を呑みながら、胸の前で手をギュッと握りしめていた。
「……そりゃ絶句もするわ。みんな先生の規格外さに引いとんねん」
道原の呆れたツッコミに、赤星は「えー、でも格好良かったでしょ?」と心外そうに肩をすくめた。
「まあ、今のは極端な例だけどね。大事なのは、自分の身体の中にある異素の『濃度』をいかにコントロールできるかだ。総量が多くても、上手く濃縮して練り上げられなきゃ、ただの不発弾で終わる」
そう言って赤星は、黒板に書いた『総量』と『濃度』の文字をチョークで丸で囲む。
「先生!質問あるんだけど!」
零爾が手を挙げた。
赤星が「ん、なんだい零爾?」と優しく先を促す。
「俺……自分が異能力者だって自覚、昨日まで全然なかったんだけど、身体が軽くなった感覚はあったんだよ。それって総量とか濃度とか、そういうのが関係してるの?」
その問いに、教室の視線が再び零爾へと集まった。
「ああ、まさにそこが面白いところだよ」
赤星はニッと笑い、チョークを転がしながら答える。
「昨日の土壇場で、君は無意識に体内の異素の『濃度』を一気に引き上げたんだ。その瞬間、能力が発現した。昨日確認できたのは、身体能力が異常なほど引き上げられたことだけだ……ただ、君の能力が『身体強化』そのものなのか、それとも全く別の性質を秘めているのかは、まだ俺たちにも分からない」
「別の性質……?」
「そう。自分でも気づいていない『何か』があるかもしれないってことさ」
ミステリアスな笑みを浮かべる赤星の言葉に、零爾は思わず自分の手のひらを見つめた。
「まあ、焦る必要はないよ。それをこれからこの学校で、みんなと一緒に学んでいけばいい」
赤星は黒板を振り返り、パンと軽やかにチョークを叩きつけた。
「さて! 講義はこのくらいにして、次は実際に身体を動かしてみようか。全員、グラウンドへ移動!」
「げ……いきなり実技ですか」
重条がだるそうに溜息をつき、伏見は「よしっ、頑張ろう!」とやる気満々に立ち上がる。
「ふふ、狼谷さんの実力が拝見できるのが楽しみですわ」
上品に微笑む目森と、「俺も記録を取るのが楽しみやわ」とノートを抱える道原。
個性的だがどこか温かいクラスメイトたちに囲まれながら、零爾はグラウンドへと歩き出すみんなの背中を追いかけた。
途中で足を止め、もう一度自分の手を見つめる。
昨日、初めて目覚めた異能力。
そして――自分でもまだ知らない、その正体。
「……俺に、何ができるんだろう」
その答えを確かめるために、零爾は力強く足を踏み出した。
(第4話・完)




