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『時代遅れスキル『ゴーレム制作』専門の男爵家四男が、転生者の知識でそこそこ頑張るはずが、なぜか王弟に目をつけられてしまう話』  作者: 葉月奈津・男
第二部、『帰路』

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第99話 『記録』

2/2

  


 《診療記録・検案報告書》


 提出者:ペクン町医師団・老医師***

 対象:死亡者(男性・高齢)


 ■ 1. 外観および初期所見

 • 年齢は高齢。

 • 体格は痩せ気味。

 • 皮膚に軽度の黒ずみおよび斑点状の変色を認む。

 • 四肢末端に軽度の冷感と萎縮。

 • 外傷は認められず、暴力による死亡の可能性は低い。


 ■ 2. 呼吸器系の所見

 胸腔を開いたところ、以下を確認。

 • 肺に多量の水分が滞留

 • 肺胞の一部が潰れ、硬化している

 • しかし、炎症反応が弱く、典型的な熱病・肺病の所見とは一致しない

 所見:肺に水が溜まっている……だが炎症の形が“病”ではない。

 (既存の症例と合致しておらず、比較不能)


 ■ 3. 毒物の可能性について

 若い医師より「毒物の可能性」について質問あり。

 これに対し、以下の通り回答。

 • 急性毒であれば、もっと急激な症状悪化が見られるはず

 • 本症例は、身体が長い年月をかけて蝕まれたような所見

 • 既知の毒物反応(銀器の変色・嘔吐物の異臭など)は確認されず

 • よって、毒物による急性死の可能性は低い

 回答:毒なら、もっと急激に死ぬ。これは……長い年月をかけて蝕まれた身体だと考えざるを得ない。(未知の毒である可能性は否定できかねる)



 ■ 4. 死亡原因(暫定)

 現時点で断定はできないが、以下の可能性が高い。

 • 長期にわたる不明の有害物質への曝露

 • あるいは、慢性的な体力低下に伴う呼吸不全

 • 感染症としての典型的所見は乏しい

 暫定判断:原因不明の衰弱死。ただし、通常の病とは異なる所見が多く、毒とも言いかねる。



 ■ 5. 付記

 • 家族への聞き取りでは、故人の職歴は不明。

「昔は色々やっていた」との証言のみ。

 • 町の記録にも職業の記載なし。

 • 長期曝露の可能性を検討するも、資料不足により追跡不能。


 所感:

「記録がなければ、病の根も追えぬ。

 先の代官のずさんな管理は、領民の未来まで曇らせている」



「こんなところか」

 報告書を書き上げ、老医師は一息ついた。


 書いた報告書は三通。


 一つは雇い主であるパーヴェル子爵家へのもの。

 二つは自分や同僚のための保存用。


 そして――


 三つ。

 万一のために王都の医師仲間に宛てたもの。


 あるいは、町とともに自分は死ぬかもしれない。

 しかし、『記録』は残さねばならない。

 偉大な先達たちが成してきたように。


 知見を後世に残す。

 それが、医者の務めだ。


 ・

 ・

 ・


「……これは、面倒なことになるな」


 直属の部下が密かに手に入れてきた『検案書』の写しを手に、

 王弟は細く長い息を吐いた。


 疫病による『町の死』。


 歴史上、幾度となく繰り返されてきた惨劇だ。

 王家の治世となってからは起きていないが、

 かつては街どころか国を滅ぼした例すらある。


「二の舞を踏むことは許されない」


 どんな手を打とうとも、国は守らねばならない。

 それが王家に生まれた者の宿命だ。


「町ごと――」


 最悪の策が脳裏をよぎり、王弟は思わず口を押えた。

 それは最後の最後に選ぶべき手段。

 軽々しく言葉にしてはならない。


 今は、まだ。


「何か……いや、誰か……」


 組んだ両手に額を乗せる。

 祈りではない。為政者に許される行為ではない。


 だが――願うことなら、許されるだろう。


「……間に合ってくれ」


 その声は、誰に向けたものでもなかった。

 誰に向けるべきなのかを、王弟は知らずにいた。


 ◇ペクンの町・住民◇


「……起きてよ、父ちゃん……」


 少女の震える声が、薄暗い家の中に響いた。

 布団の上の男は、浅い呼吸を繰り返すだけで、目を開けない。


「医者は……まだ来ないのか」

 母親は、扉の外を何度も見やった。


 外では、同じように病人を抱えた家族が道にあふれている。

 泣き声、怒号、祈りの声が入り混じり、町は静かに壊れつつあった。


「これ……治せる病なのか?」

 誰かが呟いた。


「分からん……でも、隣の家も、その隣も……みんな倒れてる」


「封鎖って……いつまで続くんだ……?」


 誰も答えられなかった。

 答えを知る者など、町には一人もいなかった。


「助けは来ないのか?」

 若者が、希望とも諦めともつかぬ声で呟いた。


 町にも、子爵にも、もう期待はできない。

 そう悟っているからこそ、国か、神か――

 どこか“外”に救いを求めるしかなかった。


「……来るかもな。誰を救うためかは知らんが」


 年老いた翁が、静かに答えた。


 その脳裏に、幼い日の光景が蘇る。

 瞼に焼き付いていながら、努めて忘れていたもの。


 ――町が丸ごと、炎に沈む光景。


 国を救うため、町を切り捨てたあの日。

 泣き叫ぶ声も、逃げ惑う影も、炎に呑まれていった。


「罰当たりな街じゃった。天罰かもしれん」


 翁は、誰に向けるでもなく呟いた。


 代官の横暴を、見て見ぬふりをしていた。

 苦しんでいる者がいることも、泣いている者がいることも。

 知っていて、無視をした。

 見ていても、見なかったことにした。

 聞こえた声に耳を塞いでいた。


 代官は自身の死で罪を購った。

 では、住民たちは?


 その答えが――『コレ』なのかもしれない。



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