第99話 『記録』
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《診療記録・検案報告書》
提出者:ペクン町医師団・老医師***
対象:死亡者(男性・高齢)
■ 1. 外観および初期所見
• 年齢は高齢。
• 体格は痩せ気味。
• 皮膚に軽度の黒ずみおよび斑点状の変色を認む。
• 四肢末端に軽度の冷感と萎縮。
• 外傷は認められず、暴力による死亡の可能性は低い。
■ 2. 呼吸器系の所見
胸腔を開いたところ、以下を確認。
• 肺に多量の水分が滞留
• 肺胞の一部が潰れ、硬化している
• しかし、炎症反応が弱く、典型的な熱病・肺病の所見とは一致しない
所見:肺に水が溜まっている……だが炎症の形が“病”ではない。
(既存の症例と合致しておらず、比較不能)
■ 3. 毒物の可能性について
若い医師より「毒物の可能性」について質問あり。
これに対し、以下の通り回答。
• 急性毒であれば、もっと急激な症状悪化が見られるはず
• 本症例は、身体が長い年月をかけて蝕まれたような所見
• 既知の毒物反応(銀器の変色・嘔吐物の異臭など)は確認されず
• よって、毒物による急性死の可能性は低い
回答:毒なら、もっと急激に死ぬ。これは……長い年月をかけて蝕まれた身体だと考えざるを得ない。(未知の毒である可能性は否定できかねる)
■ 4. 死亡原因(暫定)
現時点で断定はできないが、以下の可能性が高い。
• 長期にわたる不明の有害物質への曝露
• あるいは、慢性的な体力低下に伴う呼吸不全
• 感染症としての典型的所見は乏しい
暫定判断:原因不明の衰弱死。ただし、通常の病とは異なる所見が多く、毒とも言いかねる。
■ 5. 付記
• 家族への聞き取りでは、故人の職歴は不明。
「昔は色々やっていた」との証言のみ。
• 町の記録にも職業の記載なし。
• 長期曝露の可能性を検討するも、資料不足により追跡不能。
所感:
「記録がなければ、病の根も追えぬ。
先の代官のずさんな管理は、領民の未来まで曇らせている」
「こんなところか」
報告書を書き上げ、老医師は一息ついた。
書いた報告書は三通。
一つは雇い主であるパーヴェル子爵家へのもの。
二つは自分や同僚のための保存用。
そして――
三つ。
万一のために王都の医師仲間に宛てたもの。
あるいは、町とともに自分は死ぬかもしれない。
しかし、『記録』は残さねばならない。
偉大な先達たちが成してきたように。
知見を後世に残す。
それが、医者の務めだ。
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「……これは、面倒なことになるな」
直属の部下が密かに手に入れてきた『検案書』の写しを手に、
王弟は細く長い息を吐いた。
疫病による『町の死』。
歴史上、幾度となく繰り返されてきた惨劇だ。
王家の治世となってからは起きていないが、
かつては街どころか国を滅ぼした例すらある。
「二の舞を踏むことは許されない」
どんな手を打とうとも、国は守らねばならない。
それが王家に生まれた者の宿命だ。
「町ごと――」
最悪の策が脳裏をよぎり、王弟は思わず口を押えた。
それは最後の最後に選ぶべき手段。
軽々しく言葉にしてはならない。
今は、まだ。
「何か……いや、誰か……」
組んだ両手に額を乗せる。
祈りではない。為政者に許される行為ではない。
だが――願うことなら、許されるだろう。
「……間に合ってくれ」
その声は、誰に向けたものでもなかった。
誰に向けるべきなのかを、王弟は知らずにいた。
◇ペクンの町・住民◇
「……起きてよ、父ちゃん……」
少女の震える声が、薄暗い家の中に響いた。
布団の上の男は、浅い呼吸を繰り返すだけで、目を開けない。
「医者は……まだ来ないのか」
母親は、扉の外を何度も見やった。
外では、同じように病人を抱えた家族が道にあふれている。
泣き声、怒号、祈りの声が入り混じり、町は静かに壊れつつあった。
「これ……治せる病なのか?」
誰かが呟いた。
「分からん……でも、隣の家も、その隣も……みんな倒れてる」
「封鎖って……いつまで続くんだ……?」
誰も答えられなかった。
答えを知る者など、町には一人もいなかった。
「助けは来ないのか?」
若者が、希望とも諦めともつかぬ声で呟いた。
町にも、子爵にも、もう期待はできない。
そう悟っているからこそ、国か、神か――
どこか“外”に救いを求めるしかなかった。
「……来るかもな。誰を救うためかは知らんが」
年老いた翁が、静かに答えた。
その脳裏に、幼い日の光景が蘇る。
瞼に焼き付いていながら、努めて忘れていたもの。
――町が丸ごと、炎に沈む光景。
国を救うため、町を切り捨てたあの日。
泣き叫ぶ声も、逃げ惑う影も、炎に呑まれていった。
「罰当たりな街じゃった。天罰かもしれん」
翁は、誰に向けるでもなく呟いた。
代官の横暴を、見て見ぬふりをしていた。
苦しんでいる者がいることも、泣いている者がいることも。
知っていて、無視をした。
見ていても、見なかったことにした。
聞こえた声に耳を塞いでいた。
代官は自身の死で罪を購った。
では、住民たちは?
その答えが――『コレ』なのかもしれない。




