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『時代遅れスキル『ゴーレム制作』専門の男爵家四男が、転生者の知識でそこそこ頑張るはずが、なぜか王弟に目をつけられてしまう話』  作者: 葉月奈津・男
第二部、『帰路』

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第100話 『混迷』

1/1

  


「……町ごと、だと?」


 報告書を読み終えた若き子爵は、手の震えを抑えられなかった。

 王弟が“最悪の策”を想定していることなど、書かれてはいない。


 だが、行間に滲む危機感を読み取った老臣が、その可能性を指摘した。

 医師団の検案書の存在を、王家が見逃すはずがない。

 この内容ならば――最悪の策を採ることもなくはない。。


「まさか……王国が、我が領地を……」


 側近たちが顔を見合わせた。

 誰も否定しない。否定できなかった。


「前例はあります」

 老臣が、低く、重く言った。

「国を守るため、病巣を切り捨てた例が……」


 若き子爵は、喉がひりつくほど乾くのを感じた。


「そんな……そんなことをさせてなるものか!」


 立ち上がった拍子に、机の上の書類が散らばった。

 震える手でそれらを掴み直しながら、子爵は叫ぶ。


「領民は私が守る! 町を、家族を、未来を……!」


 しかし、叫んだところで状況は変わらない。

 医師団は原因を掴めず、封鎖は続き、死者は出た。


 子爵の言葉は頼もしく、護民官たる領主の鏡ともいえる。

 それでも、現実を変える力はない。


 だから――王国が、最悪の判断を下す可能性はなくならない。


「……手を打たねばならない」

 子爵は、深く息を吸った。


 若き子爵の声は震えていたが、目だけは強かった。


「……王国が動く前に、我らが決断せねばならぬのではないか」


 若き子爵の声は、震えていた。

 恐怖か、怒りか、自分でも分からない。


「殿下が町を焼くなど、あってはならぬ。だが……」

「だが、殿下は国を守るお立場。判断は早いでしょうな」

 老臣が静かに言葉を継ぐ。


「我らが動かなければ、王国が動く。そうなれば……」

「領地は没収、家名は地に落ちましょう」


 側近の一言が、子爵の胸を刺した。


「……そんなこと、させてなるものか」


 子爵は机を叩いた。

 散らばった書類が床に落ちる。


「領民を守るためだ。町を……封じねばならぬ」


 その言葉に、部屋の空気が凍りついた。


「し、しかし……殿下はまだ最終判断を……」

「待っていれば遅い! 死者は増え、封鎖は破られ、病は広がる!」


 子爵は荒い呼吸のまま、続けた。


「王国に“広がった”と判断されれば、我が家は終わりだ。

 ならば……広がる前に、我らが止めねばならぬ」


「止める……とは……」


 老臣が問う。

 子爵は、ゆっくりと目を閉じた。


「……火だ」


 その一言は、誰よりも子爵自身を震え上がらせた。


「火を回せば、病は広がらぬ。

 他の村々は守られる。

 領地も……家も……守られる」


 言葉にするほど、子爵の中で“正しさ”が形を成していく。


「これは……守るための決断だ。私は……領主なのだ。 守らねばならぬ。どんな形であれ」


 側近たちは顔を見合わせた。

 誰も賛成しない。

 だが、誰も反対できなかった。


 若き子爵は、震える手で印章を握った。


「……命じる。

 ペクンの町を――封じよ」


 その声は、もはや“守る者”のものではなかった。


「封じる‥‥‥のですな?」

 老臣が確認した。

 火を、と言っていたはずだが『焼け』という命令は聞いていない。


「そうだ。……火を回すのは、まだ早い」


 若き子爵は、震える声で言った。

 自分の口から出た言葉に、安堵と恐怖が入り混じる。


「だが、このままでは……町から病が広がる」


 側近たちは黙っていた。

 反対も賛成もできない。

 ただ、若き領主の決断を待つしかなかった。


「封鎖を強化する。ペクンへ通じる道を……すべて断て」


 部屋の空気が一瞬止まった。


「……断つ、とは……」

 老臣が慎重に問い返す。


「橋を落とせ。山道は崩し、谷道は塞げ。人も荷も、二度と通れぬようにだ」


 子爵の声は震えていたが、目だけは異様に冴えていた。


「町を焼く必要はない。だが……広がらせるわけにはいかぬ。王国に“広がった”と判断されれば、我が家は終わりだ」


 自分に言い聞かせるように、子爵は続けた。


「これは……守るための決断だ。領地を、家族を、未来を守るための……」


 側近の一人が、恐る恐る口を開いた。


「しかし、道を断てば……町は孤立します。物資も届かず、医師団も……」


「分かっている!」


 子爵は叫んだ。

 その声は、誰よりも自分自身を追い詰めていた。


「分かっている……だが、他に手がないのだ。町を焼くよりは……まだ、ましだ」


 震える手で印章を握りしめる。


「命じる。ペクンの町へ通じる道を――すべて封じよ」


 その瞬間、若き子爵は“守る者”から“切り捨てる者”へと、静かに足を踏み出していた。



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