第95話 『決着』
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◇クアルト◇
世界が細くなる。
風が線になって、視界の端が消えていく。
プリムが、そこにいた。
「いけぇっ!」
紙の羽が悲鳴を上げる。
役目を終えたドローンが、失速する、その直前。
思い切り蹴りつけて、飛び出した。
速度のまま剣を抜き、兄へと突き出す。
クアルト——『僕』――の最高の一撃!
前世知識――価値観——に縛られている『オレ』では、どうしてもたどり着けない『剣の極み』。
そこにたどり着けるのは、『この世界に生きる、ひたむきな少年』の特権だ。
その重さの乗った剣が、追いつくでも、並び立つでもなく、支えるために——
——今、奮われる。
◇プリム◇
「——来い!」
風が爆ぜた。
クアルトの剣が迫る。
迷いも、恐れも、ためらいもない。
ただまっすぐに、自分へ向かってくる。
七歳の腕とは思えない重さ。
刃が空気を裂き、熱を帯びていた。
「いいぞ……!」
プリムは踏み込んだ。
剣を抜き放ち、真正面から受け止める。
衝撃が走る。
足元の土が砕け、風が渦を巻いた。
弟の一撃は、
かつての自分が振るったどの剣よりも——重かった。
七歳で、この重さを出せるのか――
しらず、笑みが浮かぶ。
強くなったな――
ガキィンッ!
◇クアルト◇
「……え?」
気づいたときには、兄さんの剣が、『僕』の喉元にあった。
「見えなかったんですけど?!」
速い。速すぎる。
「兄さんって……こんな早かった……?」
ここまでの模擬戦なんてしたことはない。
それは、もちろんだ。
だけど、手合わせしたことがなかったわけではない。
年に数回だけど、機会はあった。
『嫡男の力量を示す、そんな理由もあるんたぢろぅな』——ってのは『オレ』さんの言葉だ。
最後の手合わせの時に見た剣筋の、二倍は速いぞ!?
「年の離れた弟に、本気を出しはしないさ」
兄さんが、爽やかに肩をすくめた。
晴れやかな笑み。
余裕しかない。
「げ。手加減されてた?!」
『僕』がショックを受けている。
でも、まぁ、『そりゃそうだろ』と『オレ』は納得した。
体格も違う、経験も、技も。
それで、互角に打ち合うことなんてできるはずがないのだ。
「むぅ! 勝てなかったかぁ――」
空を見上げて、『僕』は力を抜いた。
破壊されることなく残った『ラミネートペーパーゴーレム』たちが『九体』飛んでいる。
もしも——あの九体を先に突撃――体当たり――させていたら?
それは、口にしない。
一騎打ちに持ち込ませた、『兄の強さ』。
一騎打ちに持ち込みたくなった、『弟の弱さ』、だ。
「……ふたりとも、そこまでだ」
低く、よく通る声だった。
戦場の熱が、すっと引いていく。
男爵が歩いてきた。
ゆっくりと、しかし迷いのない足取りで。
「父上……」
プリムが剣を収める。
クアルトも慌てて姿勢を正した。
男爵は、まずプリムを見た。
その目は厳しくも、どこか誇らしげだった。
「プリム。よく抑えたな」
次に、クアルトへ視線を移す。
「そして……クアルト」
呼ばれた名前に、『僕』がびくっと肩を揺らす。
「お前は気づいていないだろうが――」
男爵は一拍置いた。
風が止まったように感じた。
「これは“後継の話”でもあるのだ」
クアルトは瞬きをした。
『僕』は言葉を失い。
『オレ』は、一歩引いた。
「兄が本気を出さなかった理由も」
プリムに頷きかける。
「お前が本気で挑んだ理由も」
クアルトの頭に手を置いた。
男爵はふたりを見比べる。
「すべては、家を継ぐ者としての資質を……私に示していた」
プリムがわずかに息を呑む。
クアルトは、ただ口を開けたまま固まっていた。
え―?
それはもうないはずじゃないのー?
問いかけられるが、『オレ』としては答えに窮する。
今日の『クアルト』の活躍は、『後継候補に入れません』というには大きすぎるものだ。
自分が男爵なら、絶対に放置しない。
「……後継、って……ぼくが?」
『僕』の声は震えていた。
男爵は静かに頷いた。
「まだ決まってはいない。だが――」
その目は、まっすぐにクアルトを射抜いていた。
「今日の一撃は、“候補”として十分すぎるほどの価値があった」
やっぱり、そうなるよな。
だけど――
「それは――意味ないですよ」
この展開だけは避けたい。
クアルトはメリマルゴール男爵家の後継になってはならないのだ。
絶対に。
だから、踏み込む。
幸い、都合のいいネタがある。
「意味がない?」
父と兄が、眉を顰める。
『オレ』はちらり、と視線を投げる。
周囲の人々が、皆距離を取っていることを確認した。
副ギルド長が気を利かせてくれたようだ。
イーアンとセティも、そちら側で弥次馬に溶け込んでいる。
声が届く距離にいるのはアンナとアーネスト、そして――
「レーデルフィーヌ!」
呼ばれた名に、少女がびくっと肩を揺らした。
「……クアルト様?」
ここで、『私』?
そんな顔で、男爵家の輪の中に入ってくる。
「この人は?」
文官姿で、剣を腰に佩いている。
不審に思った男爵が、目を細めた。
「——名乗って。裏の肩書でね」
「っ?!」
レーデルフィーヌの瞳が揺れた。
一瞬、こちらを見て、次に男爵を見て……そして覚悟を決めた。
少女は、静かに膝をついた。
「レーデルフィーヌ・アーレン。王弟殿下直属、第三文官……兼、護衛任務従事者です」
空気が、凍った。
プリムが目を見開く。
男爵の表情が、わずかに険しくなる。
「王弟……直属?」
「はい」
レーデルフィーヌは、まっすぐに男爵を見上げた。
その姿は、さっきまでの“迷子のような少女”ではなかった。
「本来なら、身分を明かすつもりはありませんでした。ですが……クアルト様のご判断であれば」
男爵が、低く問う。
「……目的は?」
レーデルフィーヌは、迷わず答えた。
「クアルト様の保護と監視。そして……“将来性の確認”です」
プリムが息を呑んだ。
男爵の目が細くなる。
「将来性、とは?」
「王弟殿下は、クアルト様にとある『密命』をお与えになろうと考えています。その使命に耐えられるかどうかを見極めるのが私の役目です」




