第92話 『チェス』
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始まりはごく普通にぶつかり合いとなった。
◇プリム◇
プリム側の戦力は、歩兵ばかりだ。
本来は騎兵もいるのだろうが、町に入ったところで下馬。
馬は先に厩へ送っていたのだ。
その意味では、プリムの側も万全ではない。
一方で、クアルトの方は重装騎兵である『ブロスゴーレム』が突き進んでいく。
『レザーゴーレム』と『クロスゴーレム』を乗せた馬たちは、『なにも乗せていないかのように』軽やかに左右へと展開した。
もしも、準備期間が数日でもあれば、弓騎兵として援護射撃の一つもしながらだっただろうが、ただ走らせているだけだ。
ただ、左右に軽騎兵が展開し、中央を重装騎兵が突き進んでくる。
その事実と、『圧』は本物だ。
各方面とも10体ずつと少数だとしても。
無視はできない。
「……そうか。『革』と『布』か」
騎士団の中央で、プリムが呟きを落とす。
クアルトの最初のゴーレムを、兄は鮮烈に覚えていた。
それは『紙』だった。
いろいろな『素材』でゴーレムを作る。
それがクアルトの『適性』。
「魔法兵!」
「はっ!」
プリムの呼びかけで数人の兵が進み出た。
灰色のローブを身にまとい、顔が見えない。
それぞれに『個性』が隠されている。
誰が誰だかわからない。
わからないことが、彼らには必要だからだ。
「敵右翼には『水と土』で馬を、敵左翼は『火』を騎士に迎撃!」
「承知!」
プリムの指令に従い、ローブが揺れる。
杖も、手の動きすら見せず。
魔法が行使される。
『属性の隠匿』。
魔法の属性を知られることは、対処法を考える余裕を敵に与えること。
だから、誰の属性が『なに』なのかは隠される。
「騎士団は正面の金属鎧を押しつぶせ! 義勇兵は敵左翼『革』を撃退せよ!」
左右への対処を魔法に委ね、プリムは正面を見据えた。
視線の先にクアルトがいるはずだが、防壁の如く佇む馬車が視界を塞いでいる。
ただの壁。
そうでないことは、さっき見た。
あの馬車は、馬なしで走れる。
どうやら木製のそれは、重量のある車体。
あんなものが、もし突っ込んできたら?
そう考えたら、絶対に無視はできないし、してはいけない。
だから、左右に兵は割けない。
◇クアルト◇
「あれ?」
『僕』は首を傾げた。
兵を左右に展開したのに、兄上は部隊を中央に寄せたまま動かない。
「なんでー?」
心底不思議そうだが、『オレ』には読めた。
兄上——騎士団――の布陣は“数”で押すことが基本だ。
だからまず戦力差を確認してみる。
プリム指揮下の騎士団の構成は魔法兵七人――素材の弱点を突くには十分。
騎兵三十――本来なら脅威だが、今日は馬がいない。
歩兵百五十――連携で押してくるだろう。
そこに義勇兵がおよそ三十――ノリは軽いが、数は侮れない。
対する『クアルト』側の戦力は『素材ごとに最大で10』。
そもそも数が少ないのだ。
『素材』の特性を読んで、魔法を当てれば抑えられる。
魔法で抑えられそうにないのは『ブラスゴーレム』と『パーケットゴーレム』の馬車。
その抑えのために、主戦力を中央から動かせずにいる。
だけど――
むぅ!
「レザーとクロスを舐めすぎてない?」
『僕』がむくれている。
ズレているようで、本質は見えているらしい。
さすが『クアルト』だ。
最初に崩れたのは、クアルト側右翼。
『ラミネートクロスゴーレム』、その乗馬だった。
『馬』は今、すべてが『木材』だ。
『素のまま』か『組木』かの区別があるとしても。
そこに、氷の魔法が飛んだ。
直撃しなくても、水気は染みこむ。
そこへ、土の柱が、礫が、当たる。
『木』は水を吸収する。
馬脚が落ちていく。
組木は当然だが、木が組み上がったもの。
水分の吸収の仕方は、木によって差が出る。
『ジョイナリー』は歪んでいく。
左翼は、もっと単純だ。
騎士——『ラミネートクロスゴーレム』——を狙った『火』の魔法が、馬に熱を与え続けている。
馬体に、こぶのようなふくらみができ始めていた。
熱膨張が始まっている。
遠からず裂けるだろう。
「犠牲を出して進む……それが、チェスだよ」
『僕』が低く呟く。
『オレ』は頷いた。
『駒』を捨てる覚悟のないものは、チェスで勝てない。
『ゲーム』は、ここから始まる。




