第84話 『松』
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「いやー、素晴らしいところだったね!」
『僕』が声を高くしてはしゃいでいる。
素晴らしいとは『素材回収』とゴーレムの進化についてだ。
重厚な乗合馬車二台を中心に、前後へ十騎ずつの騎士隊が展開する。
鎧の継ぎ目がわずかに軋み、馬たちの吐息が白く揺れた。
馬車の後ろには、建物と見まがうほど巨大な荷馬車が五台。
素材が『草原繊維』のため、見た目とは裏腹に軽やかに進む。
全体がゆっくりと動き始めると、騎士たちの槍先が揃い、馬の歩調が一つのリズムに収束していく。
隊列が整ってきた。
その中心にあるのは、ただの移動ではなく『守るべきモノ』を抱えた行軍の重みだった。
隊列が整い、馬たちの蹄がゆっくりと動き出す。
砂煙が低く舞い、重厚な馬車の車輪が地面を踏みしめる音が響く。
白いゴーレムは馬車の横を静かに並走し、その動きは風のように軽かった。
クアルトは一度だけ振り返り、湿った大地に残る白い結晶の欠片を見つめる。
「……帰るか」
古戦場の気配が遠ざかり、代わりに領地の空気が近づいてくる。
行軍は、ゆっくりと帰路へ向かった。
「ようやく帰れますね」
アーネストが皮肉っぽく呟いた。
その声には疲労と、わずかな安堵が混じっている。
本来なら十日もかからない道程だ。
だが今回は半月。
古戦場の調査と素材採取が、想定以上に時間を食った。
この場所からメリマルゴール男爵領までは、まっすぐ進んでもあと五日。
町を経由しない分、道は荒れ放題だが――正規ルートではないおかげで盗賊はいない。
森より草原が多く、モンスターも少ない。
危険は少ないが、刺激もない。
再び、退屈な旅程が始まる。
馬車の揺れに合わせて、騎士たちの鎧がかすかに鳴り、荷馬車の車輪が乾いた地面を軋ませる。
その横を、白いゴーレムが静かに並走していた。
風に溶けるような軽い足取りで。
クアルトはその姿を横目に見ながら、長い帰路に向けて、ゆっくりと息を吐いた。
馬車を止めての休憩。
クアルトは外へ出て伸びをした。
揺られてばかりでは節々が痛む。
たまには伸ばさないとな。
それに――
(……木の匂いが濃い)
“オレ”がそう呟いた瞬間、クアルトの足は自然と森の方へ向いていた。
森が続いている。
金属の融合素材は切れた。
しかし、木はいくらでも手に入る。
パスチャーゴーレムの馬車は、現在2台。
枠が空いている。
あと8体作れるのだ。
森の奥、湿った土の匂いが漂う中で、クアルトはウッドゴーレムの骨格を組んでいた。
木材の繊維を確かめ、節の位置を調整し、関節の角度を微調整する――
いつもの、静かで集中した作業だ。
ふと、足元に転がる“琥珀色の光”が目に入った。
しゃがんで拾い上げる。
指先に伝わる、独特の硬さと軽さ。
表面はガラスのように滑らかで、内部は層状に固まっている。
「……松脂の塊? 自然生成でここまで大きいのか」
その瞬間、クアルトの中で何かが“カチッ”と切り替わった。
周囲の木々を見回す。
古い傷、剥がれた樹皮、虫食い跡――
素材の匂いがする場所が、次々と目に飛び込んでくる。
「……ある。まだある。あそこにも……!」
気づけば、ウッドゴーレムの作業は完全に放り出されていた。
木はまた手に入る。
しかし、『松脂』は松のあるところでしか手に入らない。
クアルトは森の中を歩き回り、松脂の塊を片っ端から拾い集めていく。
小さな破片から拳大の塊まで、見つけたものは全部。
ゴーレムの荷台に積まれていく琥珀色の山は、もう“採取”というより“回収作業”だ。
遠くから見ていたアンナが、呆れたように声をかける。
「クアルト様……ウッドゴーレムは?」
「後でやる。今はこれが先だ」
完全に素材優先。
イーアンは苦笑し、セティは「きれい!」とはしゃいでいる。
レーデルフィーヌが周囲に目を走らせている。
しばらくして、荷台いっぱいの松脂を見たクアルトは、ようやく冷静になった。
「……やりすぎたな」
「いえ、いつものことです」
アンナはため息をつきながら微笑む。
「素材を見ると目が変わるからな……」
イーアンは肩をすくめる。
「いっぱい拾えてよかったね!」
セティは満面の笑みで言う。
「……まあ、使い道はあるからいいか」
クアルトは少しだけ頬を赤くしながら、松脂の山を見つめた。
その声には、恥じらいと、技術者としての満足が半分ずつ混ざっていた。




