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『時代遅れスキル『ゴーレム制作』専門の男爵家四男が、転生者の知識でそこそこ頑張るはずが、なぜか王弟に目をつけられてしまう話』  作者: 葉月奈津・男
第二部、『帰路』

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第83話 『雨』 

2/2

 


「で、次は――」

 足元に目を落とす。


 足元に広がる沈黙の大地。

 青銅の欠片、酸化鉄の赤茶けた層――その下に、白く脆い鉱物が混じっている。


『オレ』はしゃがみ込み、指先でそっと掬った。

 粉になりかけた白色鉱物。

 触れた瞬間に分かる、独特のざらつきと軽さ。


 アパタイト。

 リン酸カルシウム。

 骨が風化し、土に還り、長い時間をかけて『鉱物』へと変わったもの。


 この古戦場の特殊性を考えれば、『元』が何なのかは、誰でも分かる。

 だからこそ、気が進まなかった。


 ただの鉱物として扱うには、あまりにも重い。

 ただの素材として拾うには、あまりにも静かすぎる。

 けれど――


 素材工学の視点で見れば、アパタイトは極めて優秀だ。


 • セメントの補助材になる

 • 再結晶化すれば人工鉱物として強度が出る

 • 金属との複合材にすれば軽量装甲になる

 • 魔力伝導率も悪くない

 • 骨格構造のゴーレム素材として理想的


『使える』。

 それも、かなり。

 だが、問題はそこじゃない。


 使うべきかどうか。

 古戦場に眠る無数の『記憶』を、素材として扱うことが正しいのか。

 それとも、融合で再構築し、形を与えることで

『鎮める』ことになるのか。



『オレ』はアパタイトの粉を握りしめ、ゆっくりと立ち上がった。


「……どうするか、決めないとな」

 素材としての価値と、この土地が抱えてきた時間の重さ。

 その両方を抱えたまま、クアルトは次の一歩を考えていた。


「え―っと・・・確か『水』が必要なんだよね」

 ハイドロキシを生成するのに必須だったはず。


「アンナ!」

「どうなさいました?」

 ゴーレム制作時には邪魔にならない距離を置いて控えているアンナをよゅんだ。


「水魔法が得意だったよね?」

「得意とは言いませんが…使えますね。魔法の師からは『水撒き』と呼ばれてましたけど」


「素晴らしい!」

 お誂え向きだ。


「この辺一帯を湿らせて!」

「かまいませんけど…」

 濡らしてどうするのか?

 そんな様子を見せつつも、アンナは詠唱に入る。


 範囲水魔法の『降雨』だ。


 アンナの詠唱が終わると同時に、空気がひんやりと震えた。

 次の瞬間、細かな雨が一帯に降り注ぐ。

 大地がしっとりと濡れ、乾いたアパタイトの粉がゆっくりと水を吸い込んでいく。

 雨が落ちた瞬間、乾いた大地が一気に息を吸い込むような匂いが立ち上った。


『オレ』はしゃがみ込み、手のひらで湿った土をすくった。

 白い粉末が、雨粒を吸ってわずかに色を変える。


 アパタイトとリン酸――そこに水が加わることで、結晶構造が『動き出す』気配があった。

 地中で、細かな結晶が擦れ合うような微かな音がした。


「……これで条件は揃った」

 アンナが首をかしげる。


「湿らせて、どうするんです?」

『オレ』は答えず、代わりにスキルを起動した。



『融合』


 視界の端に、素材鑑定とは違う『新しい選択肢』が浮かび上がる。



 《素材変換:ハイドロキシアパタイト(生成可能)》



「……やっぱり、できる」

 アパタイトとリン酸が、水分を媒介にして再結晶化しようとしている。


 自然界では何年もかかる変化。

 だが、『融合』で一押しすることで、それを一瞬で『完成形』へ導く。


 アンナが小さく息を呑む。


「クアルト様……地面が、光ってます」

 湿った大地の下で、白い結晶がゆっくりと形を整えていく。


 それは骨ではない。

 死者の残滓でもない。

 浄化され、再構築された『新しい鉱物』。


『オレ』は静かに頷いた。


「これなら……使える」

 古戦場の記憶を抱えたまま、しかし新しい形へと生まれ変わった素材。


 ハイドロキシアパタイト。

 白く、静かで、強い。


 ゴーレム素材として――

 そして、この土地の魂を鎮めるためにも。


『オレ』は手を伸ばし、生まれたばかりの白い結晶をそっと掬い上げた。


「……行こう。新しいゴーレムを作る」


 白いゴーレムは、立ち上がった瞬間にわずかに光を返した。

 磨いたわけでもないのに、結晶そのものが淡く輝いている。


 女性的なシルエットは、軽量素材の特性を最大限に活かすためのものだ。

 速度重視の設計ゆえに、女性的な曲線を取り入れつつも、性別を感じさせない中性的な造形にまとめている。

 具体的には、胸元は控えめで、ウエストのくびれを強調しつつ、腰骨の張りを抑えたラインだ。


 細身で、無駄がなく、しなやか。

 まるで風に溶けるように動き出しそうな気配がある。


『オレ』はその表面に触れた。

 冷たく、硬く、しかしどこか『生きている』ような感触。


「……こんなスキルの発現があるとはな」

 ステータス欄に浮かぶ文字。


 《自然修復》

 ハイドロキシアパタイトという素材だけでは説明がつかない。


 だが、『骨の再生』という生体の性質を引き継いだと考えれば、むしろ当然の能力だった。

 微細な傷が入れば、周囲の結晶がゆっくりと寄り集まり、時間と魔力をかけて再結晶化する。

 それはまるで――


「生き物が傷を治す」

 その現象を、鉱物が模倣しているかのようだった。


「素材を『理解』できると、こうなるのか……」

 クアルトは静かに息を吐く。


 素材を知り、構造を知り、性質を知り、それを『どう扱うか』を決める。

 その積み重ねが、ゴーレムの能力として形になる。

 ハイドロキシアパタイトは、ただの鉱物ではない。


 生体の記憶を持った鉱物。

 死と風化を経て、再び形を得た素材。

 だからこそ、『自然修復』というスキルが宿る。


「……いい。これは、使える」

 白いゴーレムは、クアルトの言葉に応えるように、静かに首を傾けた。


 薄い刃で取り回しのいいククリナイフを製作し、『ハイドロキシアパタイトゴーレム』の手に握らせた。

 白い刃は光を吸うように静かで、しかし角度を変えるたびに淡い輝きを返す。

 金属では出せない、結晶特有の冷たい美しさだ。


 ハイドロキシアパタイトは硬いが脆い。

 だから敵の攻撃を『受ける』という発想は最初から捨てている。


 このゴーレムの戦い方はただ一つ。


 避ける。

 そして、切る。


 軽量素材ゆえの加速力で、相手の攻撃軌道をすり抜けるように回避し、一瞬の隙にククリの刃を滑り込ませる。

 狙うのは、首元、腱、関節、装甲の継ぎ目――

『硬いものを叩く』のではなく、『弱いところを正確に断つ』。


 まるで外科手術のような、静かで無駄のない殺傷。

 ハイドロキシアパタイトの刃は、打撃には弱いが、切削と刺突に関しては金属以上の鋭さを持つ。

 だからこそ、この戦法が成立する。


 馬車の横を駆ける軽歩兵の完成だ。

 白いゴーレムは、砂煙を巻き上げる馬車と並走しながらも、その動きは驚くほど静かだった。

 軽量素材ゆえの加速力で、地面を滑るように前へ出る。


 ククリナイフを逆手に構え、風を切るたびに刃が淡く光を返す。

 敵の攻撃を受けることは想定していない。

 ただ避け、ただ切る。

 そのためだけに最適化された、純粋な『速度の兵士』。


 馬車護衛としては理想的な存在だった。



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