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『時代遅れスキル『ゴーレム制作』専門の男爵家四男が、転生者の知識でそこそこ頑張るはずが、なぜか王弟に目をつけられてしまう話』  作者: 葉月奈津・男
第二部、『帰路』

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第79話 『長閑』 

2/2

 


 朝の空気はひんやりしていて、夜露を含んだ草の匂いが馬車の周囲に漂っていた。

 陽が昇りきる前に野営地を片付け、アンナたちは慣れた手つきで荷物を積み込む。

 そして――新しく生まれ変わった馬車が、静かに動き出した。


 ウッドゴーレムが前で軽やかに歩き、車輪は昨日よりも滑らかに回っている。

 ジョイナリー構造になったことで、全体が『ひとつの生き物』のようにしなやかだ。


「うん。いいね」


 馬車の内部は、まるで別物になっていた。

 外形は『八人乗りの乗合馬車』と同じ規格。

 だが、中身は四人乗りとして設計している。


 その差は圧倒的だった。


 本来ならぎゅうぎゅうに詰め込まれるはずの空間が、なんということでしょう。

 今は広々とした『部屋』として機能している。

 リクライニングベッド、ポップアップテーブル、床下収納、壁の棚。

 どれも余裕を持って配置され、息苦しさがまったくない。


 アンナが感心したように馬車の中を見回す。


「……本当に広いですね。これ、乗合馬車より快適なんじゃないですか?」


「そりゃそうだよ。八人乗りの箱に四人しか乗せないんだから、広くならないわけがない」


 クアルトは得意げに胸を張った。

 そして、馬車の前方――

 そこには、木製の馬の形をしたゴーレムが立っている。


「曳くのは『ウッドゴーレム』にしたんですね?」

 アンナが尋ねると、クアルトは頷いた。


「うん。ジョイナリーの進化で馬車本体は強化したけど、牽引役のレベルも上げておきたいからね。走れば走るほど経験値が入るし、ウッドゴーレムは扱いやすい」


 つまり――

 馬車を動かすこと自体が、ゴーレム育成になる。


「それに、ウッドゴーレムは軽いからね。馬車の負担も少ないし、スピードも出る」


 アンナは苦笑した。


「……本当に、旅の途中とは思えない発想力ですね」


 クアルトは肩をすくめる。


「旅の途中だからこそ、だよ。移動しながら強くなれるなら、それが一番効率的だろ?」


 馬車の内部は広く、牽引役は経験値を稼ぎ、クアルトは次の進化を見据えている。




 王都を発って四日目。

 景色はどんどん人の気配を失い、道らしきものもとうに消えている。


 車輪は草を押し分けて進み、ウッドゴーレムは淡々と歩を進める。

 そんな単調な揺れの中で――


「おー!」


『僕』だけは相変わらず元気だった。

 窓から身を乗り出す勢いで外を眺め、見えるものすべてに歓声を上げている。


「……どんどん、寂しくなりますね」


 アンナは御者台で退屈そうにため息をついた。

 室内にいることに飽きたと言って、御者席という一段高い場所へ移っている。


 視線は常に左右へ。

 盗賊でもモンスターでもいいから、何か起きないかと期待しているのが丸わかりだ。


 だが――


 何も出ない。


 出るはずがない。


『折り鶴』が上空を旋回し、視界の端から端まで監視しているのだから。


『オレ』はクアルトの頭の中で腕を組み、折り鶴から送られてくる映像を確認する。

 草原の先にも、森の影にも、丘の向こうにも、怪しい影はひとつもない。


 アンナがぼそりと呟く。


「盗賊でも出れば、少しは退屈しないんですけどね」


「えー、出ない方がいいでしょ―?」


『僕』がツッコんでいる。

 七歳にツッコませるな、アンナよ。


「……まあ、そうなんですけど」


 アンナは肩を落とし、手綱を軽く引いた。

 ウッドゴーレムは素直に速度を調整する。


 一応、『御者』に従うように指示してあるのだ。

 というか、『汝馬の如く有れ』との命令を刻んである。

 常は『馬』と同等の動きを模倣するのだった


 後ろを走る馬車ではイーアンとセティも御者席にいた。

 本物よりも扱いやすい『馬』だ。

 セティの経験値上げにちょうどいいと考えたらしい。

 御者の仕事を教えているのだ。


『僕』はまた窓から叫ぶ。


「見て見て! 鳥が飛んでる!」


「はいはい、鳥ね……」


 アンナは苦笑しながらも、少しだけ表情が和らいだ。


「……襲ってこないかしら」

 それは警戒ではなく、退屈しのぎを願うような声音だった。


 ……いま、なんか不穏なこと言わなかった?

 気のせいだ。多分。


 退屈な道のり。

 だが、退屈だからこそ、『オレ』の役割――監視と安全確保――が生きる。


 折り鶴は今日も空を舞い、馬車は静かに、確実に、目的地へと進んでいく。




 こんな感じで、四日目は驚くほど『何もない』一日だった。


 馬車は草原をゆっくり進み、空は晴れ、風は穏やか。

 折り鶴の監視範囲にも、盗賊もモンスターも影ひとつ見えない。


「……本当に何も起きませんね」


 アンナが御者台で退屈そうに呟く。

 その横で『僕』は窓から身を乗り出し、相変わらず元気いっぱいだ。


「おー! 見て! 岩! 大きな岩があるよ!」


「……岩くらい、どこにでもありますよ」


 アンナは苦笑しつつも、少しだけ表情が和らぐ。


『オレ』はクアルトの頭の中で監視し続けている。

 折り鶴から送られてくる映像を確認しながら、

 心の中でぼそりと呟いた。


 ゴーレム素材、ないなぁ……。


 いや、厳密にいえば『ある』。

 土はどこにでもある。

 草もあるし、石もある。


 でも、今ほしいのは、木材でも金属でも宝石でもない、『進化素材としての特別な何か』だ。


 ただの土で作るゴーレムは、もうクアルトにとっては『基礎練習』にしかならない。


 ……まぁ、ウッドゴーレムのレベル上げにはなるけどね。


 馬車を引くウッドゴーレムは淡々と歩き続け、経験値だけは確実に積み上がっていく。


 一方で『僕』はというと――


 起きてはしゃぐ。

 疲れて寝る。

 起きてまたはしゃぐ。


 その繰り返し。


「元気だなぁ……」


 アンナが呆れたように言うと、

『僕』は満面の笑みで手を振った。


「だって楽しいんだもん!」


 退屈な道のり。

 何も起きない一日。

 素材も見つからない。


 それでも、馬車は確実に前へ進み、ウッドゴーレムは少しずつ強くなり、『僕』は今日も全力で楽しんでいる。


 五日目の昼前。

 単調だった旅路に、ようやく『色』が差した。


 折り鶴が高空から送ってくる映像に、クアルト――『オレ』は思わず息を呑んだ。


「……見えた」


 折り鶴の視界の先、草原の色が不自然に変わっていた。

 緑が途切れ、土がむき出しになり、ところどころ黒ずんだ地面が広がっている。


 アンナが御者台から振り返る。


「何かありました?」


「目的地だよ。……古戦場が見えてきた」


 アンナが表情を引き締めた。


 御者台でレーデルフィーヌが身を固くする気配がした


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