第75話 『組木』
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一日進み、夕闇の訪れとともに、一行は水辺で停止した。
ボアウルが低く鳴き、荷台を揺らして止まる。
そのまま、クアルトの指示を受けた草ゴーレムたちが素早く動き、ボアウル用の小屋を立ち上げ始めた。
途中で何度か枯草を見つけて『集約』のレベル上げをしていたため、草ゴーレムたちの動きは以前よりも滑らかで、壁の厚みも均一になっている。
セティは草の壁に飛びつき、イーアンは「待ちなさい!」と声を裏返して追いかけた。
元気すぎる姪と、子供の世話に不慣れな叔父。
そんな関係が構築されつつあるようだ。
アンナは鍋を取り出し、夕食の準備に取りかかる。
使用人たちは薪を集め、火床を整え始めた。
旅の一日の終わりに向けて、それぞれが自然に役割をこなしていく。
そんな中、クアルトは馬車の横でしゃがみ込み、馬車を形作っていた『ウッドゴーレム』を
一つひとつ丁寧にバラバラにしていた。
「……よし、ここまで分解すれば十分か」
木片が地面に並べられ、まるで『木製パズルのパーツ』のように整然と並ぶ。
ある意味、それも間違いではない。
馬車の部分ごとの塊で、一つのゴーレムだ。
パーツをばらしてもゴーレムにダメージはない。
パズルのピースがバラバラになっても『絵』は壊れるが、『パズル』は壊れないのと同じ理屈だ。
『走行』で経験値を積んでいたから、レベルを上げるのだ。
ウッドゴーレムのパーツは、ただの木材ではなく、『走った経験』を宿した素材になっている。
走行中にも、レベル上げはしていたのだ。
クアルトはその一つを手に取り、指で軽く弾いた。
コン、と乾いた音が返る。
「……やっぱり、前より締まってるな。木材も経験で変わるって面白いよね」
クアルトは小さく笑い、次の瞬間には真剣な目で木片を見つめていた。
「さて。『組木』の練習をするか」
その言葉に、バラバラのウッドゴーレムたちが、動き出す。
まるで期待しているかのように。
微かに揺れている。
アンナは腕を組み、じっと睨んでいた。
「少しは寝てください」
「……あ、うん。ごめん」
夢中になって木片を弄っていたら、いつの間にか周囲は真っ暗になり、焚き火の赤だけが揺れている。
「明日、馬車の中で寝るよ」
「もう、今日ですけどね」
つり上がった目が、完全に『怒ってます』の形だ。
クアルトは苦笑しながら木片を置いた。
「ごめん。だけど、走行中は弄れないからね。今のうちにやっておきたいんだ」
アンナはため息をつき、焚き火の光に照らされて眉を寄せた。
「……分かりますけど。でも、倒れたら元も子もありませんよ」
クアルトは肩をすくめる。
「停止中じゃないとできないこともあるんだよ。組木の調整とか、細かい噛み合わせとか。走ってる最中にやったら、絶対に指飛ぶし」
アンナはしばらく黙っていたが、やがて、少しだけ表情を緩めた。
「……せめて、あと少しだけにしてください。 本当に倒れますよ」
「うん。分かった。あと……三つだけ」
「三つもやる気なんですね」
呆れた声。
でも、その奥に『心配』が混じっているのが分かる。
クアルトは木片を手に取りながら、
焚き火の明かりに照らされたアンナの横顔をちらりと見た。
「ありがとう。心配してくれて」
アンナはそっぽを向いた。
「……別に。倒れられたら困るだけです」
その声は、焚き火よりも柔らかかった。
水辺に薄い朝霧が立ちこめ、世界がまだ静かに息をしているようだった。
鳥の声が一つ、また一つと増えていく中で、焚き火の残り火がぱちりと弾ける。
クアルトは、背中に冷たい気配を感じて目を覚ました。
……毛布がかかっている。
昨夜、木片を弄りながらそのまま寝落ちした記憶がうっすら蘇る。
そして、毛布の端がきちんと折り返されているのを見て、誰がやったかは考えるまでもなかった。
「……アンナか」
声に出すと、少しだけ気恥ずかしい。
周囲を見渡すと、アンナはすでに起きていて、鍋に水を張り、朝食の準備を始めていた。
こちらに気づくと、ほんの少しだけ眉を上げる。
「おはようございます。倒れずに済んだようで、何よりです」
言葉は刺さるが、声は柔らかい。
クアルトは苦笑しながら身を起こした。
「ごめん。昨日は……ちょっと夢中になりすぎた」
「『ちょっと』ではありません。あれ以上続けていたら、本当に倒れてましたよ」
アンナはそう言いながらも、鍋の蓋を開ける手つきはどこか安心したようだった。
クアルトは散らばった木片を見下ろす。
昨夜、組木の噛み合わせを試していた部分が、朝の光の中でやけに整って見えた。
「でも、収穫はあったよ。組木の『芯』が見えてきた」
アンナは振り返り、少しだけ目を細めた。
「……なら、今日も続きがあるんですね」
「もちろん。馬車のフレームも作り直したいし、卵ゴーレムの合体ももっと精度を上げたい」
アンナはため息をつきながらも、口元にうっすら笑みを浮かべた。
「朝ごはんを食べてからにしてくださいね。
倒れられたら困りますから」
クアルトは頷き、木片を一つ手に取った。
朝日が木肌を照らし、
その表面に走る繊維が、まるで『組まれる未来』を待っているように見えた。
今日もまた、新しい技術が生まれる予感がした。
クアルトは深呼吸し、木片をそっと置いた。
そして、ぱっと顔を明るくして振り返る。
「ってわけで! こんなんできましたー!」
オーバーアクションで指し示された先には、
昨日の馬車よりも一回り大きく、そして『明らかに複雑』な構造物が鎮座していた。
アンナは思わず目を瞬かせる。




