第73話 『草原繊維』
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「……これだ。これを使うんだ」
体つきがしっかりして、一間より大きくなったピッカウ――いや、これはもうボアウルだ——が、どっしりとした身体を揺らしながら近づいてくる。
その背中は広く、安定していて、まるで『載せろ』と言わんばかりの存在感があった。
クアルトは深呼吸し、草原繊維ゴーレムたちに指示を出す。
「集合編成。ボアウルの背中に『床』を作る。あの時の寝床を……もっと大きく、もっと丈夫に。そして、『壁』と『屋根』もつける」
草原繊維ゴーレムたちが一斉に動き出した。
体表の繊維がさらりとほどけ、細い糸状になって風に揺れる。
その光景は、まるで草原が逆巻くようだった。
ほどけた繊維が互いに絡み、籠編みのように、縄編みのように、規則正しいリズムで編み上がっていく。
シャッ、シャッ、シャッ。
草の擦れる音が、まるで織機のように響く。
アンナが息を呑む。
「……すごい。本当に『家』を作ってるみたい」
クアルトは頷いた。
「草原繊維は、ただの素材じゃない。編める。形を作れる。だったら、ボアウルの背中に『家』を作るのは理にかなってる」
ゴーレムたちの繊維が重なり、厚みを持ち、やがて『床”』の形を成し始める。
柔らかいのに、踏めばしっかりと反発する。
草の香りがふわりと漂い、麻の繊維が内部で筋肉のように締まっていく。
ボアウルは微動だにせず、まるで誇らしげにその作業を受け止めていた。
クアルトはその背中を見上げながら、ひとつの形を思い浮かべる。
「……猫つぐら、だな」
あの、雪国の農家で冬に猫を入れておく、丸くて温かい草の家。
丸く、温かく、包み込むような形。
草と麻の繊維で編まれた、あの素朴で丈夫な寝床。
中はほんのり暖かく、草と麻の香りが混ざって心地よい。
床は柔らかいのに沈みすぎず、揺れを吸収する層が編み込まれている。
『メドウファイバーゴーレム』たちは、クアルトの意図を理解したかのように、
ほどいた繊維をさらに細かく分け、籠編みの要領で丸い殻を編み始めた。
シャッ、シャッ、シャッ。
草の擦れる音が、まるで織機のように規則正しく響く。
やがて、ボアウルの背中に“猫つぐら”が現れた。
その静けさは、まるで森が息を止めたかのようだった。
丸く、柔らかく、しかし内部はしっかりと補強されていて、移動中の揺れを吸収する構造になっている。
アンナが目を輝かせる。
「……かわいい……! でも、すごく丈夫そうです」
クアルトは満足げに頷いた。
「移動中はこれでいい。軽いし、風にも強いし、ボアウルの背中にぴったりだ」
そして、クアルトは指を鳴らす。
「でも、停まるときは——集合編成だ」
その言葉に応じて、周囲にいたメドウファイバーゴーレムたちが一斉に動き出す。
体表の繊維がさらりとほどけ、風に揺れる草のように広がり、互いの繊維を絡めていく。
籠編み、縄編み、茅葺き——
それぞれの技法が自然に混ざり合い、やがて『壁』となり、『屋根』となり、ひとつの『家』の形を作り始めた。
草の壁は断熱性が高く、麻の繊維が骨組みとして内部を支える。
屋根は茅葺きのように厚く、雨を弾く。
アンナが息を呑む。
「……本当に、家になっていく……」
クアルトは静かに言った。
「メドウファイバーは、ただの素材じゃない。編める。形を変えられる。だったら、旅の家くらい簡単に作れるさ」
ボアウルは低く鳴き、その巨大な身体をゆっくりと横たえた。
まるで『ここが今日の拠点だ』と告げるように。
草原に、ゴーレムたちが編み上げた『家』が立ち上がる。
旅の拠点、砦だ。
「……まぁ、ちょっと歪だけど」
完成した家は、ところどころ曲がり、茅葺きの角度も微妙に揃っていなかった。
草原繊維ゴーレムたちのレベルが低いせいだ。
だが、クアルトはまったく気にしていない。
むしろ、口元にうっすら笑みを浮かべていた。
「これは解決できる」
さいわいにも、工場からもらった『麻の端材』が山ほどある。
そして、『メドウファイバーゴーレム』には——『ドライグラスゴーレム』の時から持っていたスキル『集約』がある。
ゴーレム同士を『集約』してレベルを上げていく能力。
これによって、草や繊維を集めて圧縮し、質を高めるのだ。
クアルトは袋をひとつ持ち上げ、草原繊維ゴーレムたちに向かって言った。
「よし、みんな。レベル上げだ。麻を取り込んで、もっと強く、もっと上手く編めるようになろう」
ゴーレムたちは、まるで嬉しそうに体表をふるりと揺らした。
ほどけた繊維が袋の中へ伸び、麻の端材を吸い上げていく。
シャラ……シャララ……
繊維が混ざり、密度が上がり、魔力が通りやすくなっていく。
アンナが目を丸くする。
「……あ、色が変わってきてます」
クアルトは頷いた。
「麻が混ざると繊維が締まる。強度も、編みの精度も上がる」
草原繊維ゴーレムたちの身体が、淡い緑から、少し深みのある『草布色』へと変わっていく。
まるで、『職人としての腕前が上がった』とでも言いたげに。
そして、それは真実だ。
レベルが上がった時に得られる追加ポイントを『知性』と『器用』に振っている。
ものを考え、精密に動ける存在へと変わっていく。
クアルトは満足げに息を吐いた。
「よし。これで次は……歪まない家が作れる」
アンナは笑った。
「歪んでても可愛いですけどね」
「まぁね。でも、せっかくだから最高の家を作ろう」
ボアウルが低く鳴き、その巨大な身体を揺らして応えた。
まるで、『次の建築も任せろ』と言っているようだった。




