第72話 『麻』
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朝の光が、ゆっくりと馬車隊を照らし始める。
真鍮の騎士は金色に、大理石の馬は淡い青白さに、木の馬車は深い茶色に、ピッカウは柔らかな緑に染まる。
そんな馬車列を横目に見ながら、クアルトは町の中心へと向かった。
町の特産品だけに、町ぐるみで織物加工がおこなわれている。
工場は、町の中心にあった。
近づくにつれ、空気が振動を運んできた。
トントン、カタン……トン、カタタッ。
そんな織機の音が、壁越しに響いてくる。
扉を開けると、乾いた草の香りと、ほんのり甘い麻油の匂いが一気に押し寄せた。
中では、職人たちが手際よく織機を動かし、糸を梳く音がサササッと重なっている。
まさに『麻』の町。
アンナが小声でつぶやく。
「……すごい。朝からこんなに活気があるんですね」
クアルトは頷き、工場の責任者らしき中年の男に声をかけた。
「すみません。麻の端材を少し分けてもらえませんか」
男は手を止め、クアルト見て、目を丸くした。
「……こんなところに子供が・・・って、いや、なんでもねぇ」
追い払おうとした手が、レーデルフィーヌの視線を受けて揉み手に変わる。
ただの子供じゃないと察しがついたらしい。
・・・というか、察しがつくような『何か』をしたのだろう。
クアルト――『僕』—-が知ることはないが。
「麻の端材なんて、ただのごみだが……何に使うんだ?」
当然の疑問。
クアルトは淡々と答える。
「牧草のゴーレムを強化したいんです。麻の繊維は強い。融合すれば、草よりも耐久性のある素材になる」
男は一瞬ぽかんとしたが、すぐに苦笑した。
「ああ、ゴーレムか」と。
いろんなものに形を与える能力であることは知っている。
今や、廃れてしまった『適性』であることも。
「……草と麻を混ぜてゴーレムを作るなんて、 聞いたこともねぇが……まあ、好きにしな」
『ああ。子供のおもちゃか』。
そんな顔で、工場の責任者が気楽に応じてくれた。
工場の隅に積まれた袋を指さしている。
中には、紡ぎ損じの短繊維。
糸の切れ端。
ほつれた束。
麻の粉。
そういったものが、ぎっしり詰まっているようだ。
「毎日山ほど出るんだ。持っていくなら好きなだけ持っていきな。どうせ処分に困ってたところだ」
「それはよかったです。ありがとうございます」
アンナが嬉しそうに目を輝かせる。
主の求めていたものが大量に手に入る。
明るい声で反応するのは使用人の義務だ。
「ありがとうございます!」
クアルトも軽く頭を下げた。
「助かります。……これで、ピッカウを進化させられるかもしれない」
後ろで聞いていたピッカウが、草の身体をふるりと揺らした。
まるで、『自分の番が来た』とでも言いたげに。
生きてはいない、生きてはいないが『汝家畜是模倣』と刻んである。
知性というわけではないが、認識力はあるのだ。
「というわけで、やるよー!」
麻の端材の詰まった袋をいくつか運び出してみた。
袋を開け、ピッカウを一頭向かわせる。
「……じゃ、いくよ。『融合!』」
ゴーレム制作スキル『融合』が発動した瞬間、ピッカウの身体がふわりと揺れた。
まるで牧草を食むように、袋の中身が吸い上げられていく。
短い麻繊維が、ほつれた糸の束が、粉のような麻ダストまでもが、細い光の筋となってピッカウの口元へ吸い込まれていく。
そのたびに、枯草色だったピッカウの体表に変化が生じた。
最初は、淡い生成り色の『筋』が一本、背中に走る。
次に、その筋が枝分かれするように広がり、草の緑と麻の生成りが混ざり合っていく。
繊維が締まり、絡み、編まれるようにして形を変えていく。
まるで、『草布』が生き物の形を取っていくようだった。
ピッカウの身体が、ほんのりと温かい光を帯び始める。
アンナが息を呑む。
「……色が、変わっていく……」
クアルトは静かに頷いた。
「麻の繊維が混ざって、構造が再構成されてる。草より強くて、木よりしなやかな素材になるはずだよ」
ピッカウは、自分の身体の変化を確かめるように、ゆっくりと首を振った。
その動きに合わせて、体表の繊維がさらりと揺れ、淡い緑と生成りの混ざった新しい色が光を返す。
進化の途中とはいえ、すでに『ただの牧草ゴーレム』ではなくなっていた。
【『メドウファイバーゴーレム』の作製に成功しました。】
『メドウファイバーゴーレム』。
『草原繊維』を集めて作られたゴーレムということになる。
これは、軽量でしなやか、かつ耐久性の高い“構造材”にもなるということだ
その特徴は——
『スキル』。
集合編成。
複数の草原繊維ゴーレムが集まると、互いの繊維を籠編み・縄編み・茅葺き構造のように組み合わせる。
それを聞いた瞬間、『オレ』の胸が高鳴り、
『僕』は「すごい!」と素直に声を上げた。




