第71話 『麻の街』
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森を抜けると、遠くに街の灯りが見え始める。
小さな光が点々と並び、まるで星が地上に降りてきたようだ。
風が冷たくなり、夜の匂いが濃くなる。
クアルトは馬車の横を歩きながら、静かに息を吐いた。
「……今夜は、ちゃんと休めそうだね」
真鍮の騎士が無言で頷き、石の馬が淡く光を返す。
木の馬車が軋み、ウッドホースが歩調を合わせ、ピッカウが草の足跡を残す。
素材も形も違うゴーレムたちが、ひとつの隊列として夜道を進む。
◆
街の門が近づくにつれ、妙なざわつきが耳に届いた。
門番が二人、松明を掲げてこちらを凝視している。
その後ろには、住民らしき人影が数人。
旅人が何かをまくし立てているのが見えた。
「……あれだ! ほら、言っただろ! 白い馬と金の騎士だって!」
門番の一人が息を呑む。
「……本当に来たのかよ……」
もう一人は腰の剣に手をかけたまま固まっている。
敵意というより、ただの“理解不能”による硬直だ。
白い大理石の馬が月光を反射し、真鍮の騎士が静かに歩を進める。
その後ろに、象牙色の石馬車、焦げ茶の木馬車、草の獣。
門番は思わず道を開けた。
だが、その目はキチンと馬車に掲げた旗――
メリマルゴール男爵家の家紋を確認していた。
「……通って、いいの?」
『オレ』が声をかけると、門番は慌てて頭を下げた。
「ど、どうぞ! どうぞお通りください!」
◆
新しい馬車隊は、今夜の宿をとる街へ向かっていく。
宿に到着したクアルトたちは、空いていた大人数用の部屋を借りてすぐに休んだ。
アンナなどはまだまだ元気だが、クアルトの手前遠慮した結果だ。
クアルトがいなければ、夜の街に繰り出しても不思議ではないのだけど。
セティはいつ以来かもわからない爆睡を堪能した。
以前は鉱山内の『隠れ里』。
王都に来てからは母の看護。
熟睡とは程遠かったのだ。
イーアンとアーネストは、二人でどこかへ消えていた。
どこかで、一杯ひっかけたのは間違いないだろう。
レーデルフィーヌは、アンナと交代で見張りをしていた。
そんな必要はないだろうと思いながら、そこは『騎士』の習性に準じている。 ◇
◇
朝、日が昇り始めると同時に、町はこの町ならではの音と匂いに包まれた。
トントン、カタン……トン、カタタッ。
町中の織機が一斉に動き出す。
その音は、まるで朝の合奏だった。
遠くの工房からは、糸を梳くブラシが擦れるサササッという音も混じり、
この町の朝は『麻の音』で満ちていく。
風に乗って漂ってくるのは、乾いた草の香りと、ほんのりとした土の匂い。
麻を干したときに立つ、あの独特の『青くて乾いた匂い』だ。
朝露で少し湿った麻の茎の香り。
乾燥小屋から流れてくる温かい草の匂い。
麻油を使う工房から漂う、微かに甘い植物油の香り。
それらが混ざり合い、この町だけの『麻の朝の匂い』を作り出している。
鼻に抜ける香りは爽やかで、どこか懐かしいような、落ち着くような感覚を残した。
宿の前で、ウッドホースたちが木の身体を軋ませながら立ち上がり、マーブルホースの内部では青白い光がゆっくりと脈動する。
真鍮の騎士は無言で空を見上げ、ピッカウは草の身体を揺らしながら、漂ってくる麻の匂いを『ふんわり』吸い込んでいるように見えた。
アンナは窓から顔を出し、町の音に耳を傾けながら小さく笑う。
「……この町、朝からにぎやかですね」
クアルトは軽く頷いた。
「麻の町だからね。朝が来たら、織機が動き出すのが合図なんだよ」
町全体が、麻の音と匂いで目を覚ます。
そんな朝の中、クアルトたちの新しい一日が始まる。
「他にルートはいくつかあるのに、あえて少し遠回りな道を選ばれたのはそれが理由ですか?」
アンナが問うと、クアルトは軽く頷いた。
「そうだよ。『パスチャーゴーレム』は牧草だ。生きた馬を連れているわけでもない身としては、ただ歩かせているだけじゃ、素材としての価値が薄い」
淡々とした口調なのに、その奥に“技術者の期待”が滲む。
「この町は麻織物が盛んだからね。麻の繊維は強い。草よりも、木よりも、ずっとね。もし牧草と麻を融合できれば……『草原繊維』みたいな、別のゴーレム素材に進化するかもしれない」
アンナは目を瞬かせた。
「……つまり、ピッカウを進化させるつもりなんですね」
「うん。牧草は弱いけど、混ぜれば化ける。壊されても、歩かせても、ただの草のままじゃもったいない。せっかく麻の町に来たんだ。廃材でも手に入れば、試してみたいと思ってね」
アンナは小さく笑った。
「なるほど……だから遠回りでも、この町を経由したんですね」
クアルトは肩をすくめる。
「素材のためなら、多少の寄り道は安いものだよ」
『オレ』の声には、抑えきれない期待が滲んでいた。
『僕』もワクワクして頷きまくっている。
自分とゴーレムのレベルが上がれば、できることが増える。
可能性がありそうなことは何でもする覚悟だった。
その後ろで、のそのそ歩くピッカウが、まるで自分の名前が出たのを理解したかのように、草の身体をふるりと揺らした。
アンナはその様子を見て、「進化、楽しみですね」と小声でつぶやく。
「セティは「草のゴーレム?」と呟き、
まるで新しいお菓子の名前を聞いた子供のように首を傾げた。セティは首を傾げている。
「いろいろあったほうが楽しいよ」
クアルトは、ほんの少しだけ口元を緩めた。




