第68話 『密航者』
1/2
「びっくりした」
背後で上がった爆音のことだ。
もし乗っているのが生きた馬だったら、今ごろ暴走していたかもしれない。
「……」
その背後で、アンナとアーネストが頭を抱えて遠い目をしていた。
それは——相変わらずすぎる!——そう言っているようだった。
「でも、おかげで『なんちゃって野盗』の皆さんは逃げたようだ」
『折り鶴』の視界にも、追撃を諦めて迅速に撤退していく『騎士団』の姿が映っている。
「戻ろうか?」
置いてきたゴーレムたちの回収ができる。
最悪、数日以上放置することも覚悟していたが、敵が引いたのなら話は別だった。
壊された石片も、曲がった銅も、折れた亜鉛も、全部『素材』だ。
回収できるなら、しない理由はない。
石や岩はともかく、石灰岩と大理石、亜鉛。
ましてや銅は、そう簡単には手に入らないからな。
・
・
・
現場に戻った。
見事に粉砕されたガレキが、道の上に無造作に転がっている。
予想できた光景。
だけど、予想外の光景もあった。
「なんでいるの!?」
思わず声が裏返ったね。
ひっくり返った荷馬車が、がさりと揺れた。
まさか、と思った瞬間——
「はぁー、死ぬかと思った」
ひっくり返った荷物用の馬車から這い出してくる者がいる。
ボサボサの髪を撫でつけているのは誰あろう。
名もなき村村長の孫娘。
鉱山の隠れ里で、代表を務めていたセティだ。
王都で別れたはずの『あの』セティである。
「なんでいるの?!」
叫んでしまった。
誰も気が付かなかったなんてことは信じない。
気づいていて見て見ぬふりをしていたに違いないのだ。
アンナとアーネスト、レーデルフィーヌをにらみつけ、頬を膨らませた。
「ずっと閉じ込められていたからね。ケンシキを高めるための旅に出ることにしたんだ。あ。両親の許可は得たわよ?」
どうだ! とばかりにふんぞり返られた。
鉱山に閉じ込められ、『隠れ里』の代表として仲間をまとめさせられていた彼女。
ようやく解放されたと思えば、今度は王都で金策のため働かなければならなくなっていた少女である。
十代前半の身なのだ。
たしかに、窮屈な人生だったろうとは思う。
両親が、『旅をさせたい』と思うのもわからなくはない。
広い世界を見せたいと願うのももっともなことだ。
それは、わかるのだが——
貴族であるクアルトにくっついてくることのリスクは考えなかったのだろうか?
何者かに狙われる可能性は、確実にあるのに。
王弟のことがなかったとしても、だ。
「クアルト様によろしく、だってよ?」
両親からの伝言だろう。
顔を近づけて、言ってのける。
してやったり、そんな笑顔だ。
『僕』は呆然としたり、頬を膨らませたりしている。
だが、『オレ』としては複雑だ。
『オレ』は口を開きかけて、閉じた。
叱る言葉はいくらでも浮かぶ。
だが、両親の許可があるとなれば話は別だ。
娘のセティだけでなく、クアルトをも信用してくれたということになるからだ。
なにより、実年齢が七歳のクアルトであることを考えれば不可能となる。
「……」
無言のまま目を向ければ、アンナとアーネストが知らぬ顔で空を見上げ、レーデルフィーヌはアンナに目を向けて知らぬふりを決め込んでいる。
セティが一行についてきていれば、クアルトは無理ができなくなる。
安全を考慮して動くだろう。
そんな思惑が透けて見えた。
「……」
言いたいことが山ほどある。
だが、クアルト――『オレ』――は静かに目を閉じ、首を振って『事実』を受け止めた。
来てしまっているものを、いまさら帰れとも言えない。
何を言おうと、結果は決まっている。
ここで置き去りにするか、連れていくか。
二者択一ならば、選べるのは一つだけだ。
「好きにしてくれ」
投げた。
「へへ。よろしくねン!」
十代の女の子だけができる、『媚びているのに媚とは取られない笑顔』がさく裂した。
絶対わかっていてやっている。
前世でも何度となく煮え湯を飲まされた。
『女の子ってズルい』って感覚が胸に去来した。
まぁいい。
唖然とする『僕』をすら放置して、『オレ』は意識を切り替えた。
『オレ』は今、他のことで手一杯だ。
セティから、他の見るべきものへ、視線を切り替えた。
石片、曲がった銅、折れた亜鉛——
どれも無惨な姿だが、『オレ』にとっては悪い光景ではない。
砕けたストーンゴーレムの破片。
ロックゴーレムの欠片。
石灰岩の粉。
大理石の割れた破片。
森で拾ったそこらの石。
そして、先刻の爆風で倒れた木々。
なにより、ペクンから持ち出した素材の山もあった。
素材の山。
そうなのだ。
ゴーレムは物理攻撃で破壊されても、素材に戻るだけで消失しない。




