第64話 『出立の前日』
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貧民街の整理には、丸々三日かかった。
溜め込まれていたゴミが、それだけ多かったのだ。
「よくもまぁ、こんなに溜め込むよね」
セティが、呆れた声を出す。
「貧民たちからしたら、古着はいくらあってもいいし、シーツだって仕切りに、体拭きに、包帯にと、なんにでも使えるから、あれば拾うんだよ」
着れるうちは着続け、着れ無くなればどこかの隙間に押し込む。
だから、紙ともども際限なく出てくることになる。
そんな布を片っ端からフエルトにした。
「ゲルっつったか? もう十分だぞ。貧民たち全員にいきわたったからな」
バラックに住んでいた者たち全員に、住居を与えられたと親方が教えてくれた。
昨夜は全員が、各々のゲルに置いた段ボールベッドで寝たのだと。
「土の冷たさじゃない!」
「背中に石が刺さらない!」
喜びの声であふれていたらしい。
『ゲル』の需要はいったん打ち止めということ。
ついでにレンガで作ったかまど兼ストーブも真ん中に据える。
暖も取れて料理もできる。
生活基盤が整ったということだ。
「だけど、素材があるんだから、やめることはないよね!」
クアルト――『僕』——はフエルト作りに夢中だ。
なにが楽しいのかわからないが、どんどん作る。
「問題は保管場所かな」
ちょっと待て。
――『僕』――を止めた。
作るのは全然いいが、野晒にするわけにもいかない。
「……騎士団の倉庫なら空いているかもしれません」
レーデルフィーヌが、口を開いた。
護衛ということで、付いて回っていたのだ。
「騎士団?」
「前職です」
ああ、そういうこと。
納得して仲介を頼んだ。
『前職』というだけに、その騎士団はレーデルフィーヌの今職を知っているようだ。
話は簡単に進んだ。
騎士団所有の装備品倉庫を間借りできたのだ。
作り出したフエルトを丸めて積み上げておく。
運ぶのも騎士団に任せた。
必要になったら運び出して組み立てればいい。
「飯食うより早く組み立てられるぜ」
貧民の一人が、自分の住居を解体しては、少しだけ移動させては組み立てる。
半日ごとの引っ越しを楽しんでいる。
すでに、ゲルは貧民たちでも自由自在に組み立てられる。
そのくらいの熟練者が、何人もいるのだ。
ゲルは組み立て式の移動住居。
もしも、役人に立ち退きを強制されたとしても、自分たちで解体して、どこへでも持っていける。
運ぶための大八車も何台か作って渡したから、もう大丈夫だ。
「それはいいが、手柄を俺に譲るってのはなんなんだ?」
親方が、不審そうだ。
『ゲル』の考案者になってもらったのが、気になるようだ。
「僕が考えて作った――なんてことになると目立つじゃないか」
七歳の子供で、しかも貴族となるとめんどくさいことになるに決まっている。
悪目立ちは回避したい。
幸い、フエルトの作り方なんて、複雑なものでもない。
獣毛と少しの水、あとは手間をかけるだけだ。
「なんだ、こんな簡単に作れる代物なのかよ!」
親方はすぐにものにしてくれた。
布を織るよりは簡単だからな。
骨組みの加工も細い柱と格子状の壁を組むだけのこと。
巻き方は最初からやれていた。
考案者と言っても、疑問を持たれることはない。
問題は、数日で作れる規模をはるかに超えている点だけになる。
「あー、いや。それは心配いらなねぇ。役人どもは職人の手間なんて考えたことねぇ。できちまったといやぁ『そうか』で終わりよ」
「それは――」
大丈夫か? 王都!
不安になるが、まぁいいだろう。
段ボール家具も大量に作って保管だ。
軽くて丈夫、何より畳める利点を最大限生かす。
こちらはさすがに作り方を教えることができないので制作者の素性は伏せる。
役人たちには、親方だと思い込ませておこう。
そもそも、興味もないだろう。
そんなこんなで王都滞在五日目、帰路に付くことになる。
「事前に準備していた用意があるのでしたか?」
レーデルフィーヌが聞いてくる。
「そう、それ。今日の夜中ぐらいに貧民街に着きそうなんだ。朝一で出発できるよ!」
「着きそう、ですか?」
レーデルフィーヌが、わずかに眉を寄せた。
“なぜそんなことがわかるのか”と顔に書いてある。
クアルト——『僕』——はにこにこしているだけだ。
「うん。だいたいの距離と速度でわかるよ」
「……そう、ですか」
聞きたい。
でも聞いたら、また“理解の限界”を超える気がする。
そんな複雑な表情をして、レーデルフィーヌは口を閉じた。
「そんなわけだから、今夜は家に帰らないで、ここで泊まるよ。ちょっとゲルにも泊まりたかったし!」
クアルト――『僕』—-がワクワクを隠しもせず言い放つ。
「そう・・・なんだ」
セティは、少しだけ視線を落としてから、いつものように手を振った。
「気を付けてね」
少しだけ眉を下げて帰っていく。
明日、ここに来ても、クアルトはもういないだろうとわかったからだ。
わかっていても、別れを惜しんで泣くのも妙な話。
この数日間と、何ら変わらない別れの挨拶をして去っていった。
ほんの少しだけ、歩く足取りが遅くなっていた。
アンナとアーネストは、淡々と帰り支度を進めている。
主な荷物はフエルトだ。
布の素材という財産なのだ。
経験上、今後も使う可能性が高い。
少しでも多く運び出す。
そのための荷造りをしていた。
「どうやって運ぶつもりなの?」
レーデルフィーヌは首を傾げつつ、聞くのはやめた。
答えを聞くのが、少しだけ不安だった。
夜、貧民街のあちこちで、白いゲルの布越しに灯りが揺れていた。
子どもたちの笑い声が漏れ、誰かが「暖かい……」と小さく呟く。
レーデルフィーヌは、その光景をしばらく見つめていた。
胸の奥が、じんわりと熱くなる。
「あの瓦礫の山が……確かに、生活の場になっている……」
昨日まで瓦礫と寒さしかなかった場所に、今は人の気配と、柔らかな光がある。
クアルトは、隣でフエルトの山を見ながら満足そうに頷いていた。
「ね、いい感じでしょ?」
「……はい。とても」
レーデルフィーヌは、そっと胸に手を当てた。
自分でも気づかないうちに、表情が緩んでいた。 ・
夜風が、白い布をそっと揺らした。
明日には、この光景ともひとまずお別れだ。




