第63話 『助成』
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「んー…どうしたものか」
親方が悩んでいる。
「どうしたの?」
わざわざ、目の前にきてなのでクアルトは首を傾げた。
「お前さんへの報酬さ。一律の銀貨15枚じゃ少なすぎるだろ」
親方は腕を組み、真剣な顔で言った。
解体だけでなく、瓦礫の処理も行って、代わりの家まで建てた。
この働きに、銀貨15枚はないだろう、ということだ。
クアルト——『僕』——は首を傾げた。
「え? でも、僕……別にお金いらないよ?」
「は?」
親方の眉が跳ね上がる。
「いやいやいや! 働いたら金をもらうのが当たり前だろうが!」
「でも、僕は“必要だから作った”だけで……」
「必要でもなんでも、働いたら対価を受け取れ! でねぇと、周りが困る!」
親方の声は怒鳴り声に近かったが、その奥には“子どもに教える大人の真剣さ”があった。
レーデルフィーヌは、そのやり取りを見て、胸の奥がじんわり熱くなるのを感じていた。
(……この人たちは……クアルト様を“利用”するのではなく……
“守ろうとしている”……?)
名門の家で育った彼女には、“力ある者は利用される”という常識が染みついていた。
だが、ここでは違う。
「クアルト様」
レーデルフィーヌが一歩前に出た。
「報酬は……受け取るべきです」
「えー……?」
「“価値”を受け取らないということは、“あなたの働きに価値がない”と言っているのと同じです」
クアルトは目を瞬かせた。
「そんなつもりはないよ?」
「わかっています。ですが——」
レーデルフィーヌは、少しだけ微笑んだ。
「あなたの“善意”は、時に周囲を困らせます。だからこそ……“形”として受け取ることも、大切なのです」
親方が大きく頷く。
「そういうこった!」
クアルトは、しばらく考え込んで——
「……じゃあ、みんなで使っていい?」
「お前さん……!」
親方は頭を抱えたが、その顔はどこか嬉しそうだった。
レーデルフィーヌも、思わず吹き出しそうになる。
(……本当に……危なっかしい方……)
だが、その胸の奥には、昨日よりもずっと強い“信頼”が芽生えていた。
「……まぁ、さすがに『みんなで』というのはないにしても、もしたくさんもらえるのなら——こちらへ、渡して」
こちら、と指示したのはセティの父親――セルディオ——だ。
報酬をもらうべきというのは『オレ』も同意見だ。
『僕』は面白くなさそうだが、反対もしていない。
「え? は?」
突然話を振られ、戸惑っている。
「どういうこと?!」
ギンっ! とセティに睨まれた。
施しを受けるいわれはない!
誇りのある目だ。
「『助成金』だよ」
「じょ……は? なによ、それ?!」
意味は分からないながら、政治の匂いをかぎ取ったようだ。
少しだけ目を細めて、うかがうような顔になる。
「お爺さんがいる村、本格的に開発を進めることができるだろ?」
パーヴェル子爵領で囚われていた村人たちは全員、メリマルゴール男爵領へ移ることを希望していた。
人口が三倍になる。
それなら、『村』として成り立つだろう。
「開発のための費用を、少し出すってことさ」
使い道は細かく設定しない。
次期村長のセティ父の裁量に委ねる。
当面は、生活費になるだろう。
王都にいる間の、な。
「使った額は後で税として取り返すから心配しなくていい」
くれてやるわけではない、と念を押す。
セルディオは、しばらく黙っていた。
その沈黙は“怒り”でも“困惑”でもなく、ただ、重い現実を噛みしめるような沈黙だった。
「……助かる。だが、本当にいいのか?」
「うん。村がちゃんと立て直せるなら、その方がいいよ」
クアルト——『僕』——は、あっさりと言う。
レーデルフィーヌは、その横顔を見て、胸の奥がまた熱くなるのを感じていた。
(……この方は……“施し”ではなく、“未来”を渡そうとしている……)
名門貴族の娘として育った彼女には、“金を渡す=施し”という固定観念があった。
だが、クアルトの言葉は違っている。
「返せるようになれば返せばいい」、「村が立て直るなら、それでいい」。
それは、施しではなく“投資”だ。
そして、“信頼”だ。
セルディオは深く息を吐き、クアルトの前に膝をついた。
「……恩は、必ず返す。村の者全員で、だ」
「返さなくてもいいよ?」
「返す!」
即答だった。
セティも、ぎゅっと拳を握りしめて言う。
「うちの村、絶対に立て直すから! だから……その……ありがとう!」
クアルトは、少し照れたように笑った。
「うん。楽しみにしてる」
『助成金』=『クアルトへの報酬』は親方の権限で、分割してセルディオに渡るようにしてくれることが決まった。
現場責任者の一人に抜擢――押し付けられ――ているのだそうだ。
ついでに、クアルトたちが借りている一軒家の名義も親方にしておく。
王都につながりがある人物のほうが、なにかと便利なものらしい。
少なくとも、パーヴェル子爵領の一市民――よりは。
セティたちを拠点へ移すのに手間はかからなかった。
そもそも荷物なんてない。
鞄一つの身軽さで移った。
母親の容体は、あまりよくないようだ。
うつしたら申し訳ないと会わせてもらえなかったので、アンナに言って栄養価の高い食べ物とよく効くと評判の薬を差し入れさせている。
◇ペクンの町――イーアン◇
「ようやく動くか」
イーアンがそっと息を吐いた。
ゆっくりと馬車を進ませる。
商人たちの働きかけで、ペクンの封鎖が一部緩んだのだ。
住人の出入りは禁じられたままだが、住人登録されていない者たちには、許可を得ての出入りが可能となった。
というより——
出る分には許可されるが、入るとなるとやたら手間取る。
そんな話だった。
「……つまり、“外へ出す”ことは問題ない、というわけだな」
口に出して、伝え聞いた『条件』を確認する。
町を出て王都に行きたいイーアンには、十分な条件だった。
王都へ出てしまえば、当面ペクンに戻ることはない。
馬車の車輪が、ゆっくりと石畳を踏みしめる。
町の門は、以前よりも重苦しい雰囲気をまとっていた。
門兵の数が増え、視線が鋭い。
「身分証を」
淡々とした声。
だが、どこか張り詰めている。
イーアンは書類を差し出した。
門兵はそれを確認し、しばらく沈黙したあと——
「……通れ」
短く言った。
馬車が門を抜ける瞬間、イーアンは振り返る。
終の棲家かと思っていた町が、小さくなっていく光景を、噛み締めた。
あの狭く、暗く、閉ざされた鉱山で、自分は“生き延びること”だけを考えていた。
それが今——
“外へ出る”ことを許されている。
「クアルト様のおかげ、だよな」
最近になって、ようやくなじんできた『左手』を握りしめた。




