第62話 『再生』
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解体現場に着くと、聞き覚えのある声が飛んできた。
「クアルトじゃない! あんた、なんでここに?」
村長親子、の娘の方。
セティだ。
日雇いの仕事をしているらしい。
王都の宿に泊まり続ける金なんてあるわけがない、と胸を張って言う。
「父さんと一緒に働いてるの。さっさと帰りたいけど……母さんの具合がよくなくてね」
「僕たちのところへ移る? 部屋は余っているよ?」
確かに王都の宿は高い。
クアルトたちでさえ困ったのだ、平民ではなをのことそうだろう。
「いいの?!」
食いつかれた。
“ただで泊まれる”と伝えた瞬間、目が輝いた。
今夜、移ることに決まったのは必然だった。
レーデルフィーヌは横でぽかんとしている。
クアルトは男爵家の四男だと聞いていた。
貴族が、平民をこんなやすやすと家に入れるとは――
そして、それをメイドと執事が、『当然の顔』で受け入れている。
王都外周にあるのは、貧民街。
王都の“中”には住めないが、王都で働く人々が暮らしている。
腐りかけの木材と、ボロ布を寄せ集めたバラックが並ぶ。
風が吹けば揺れ、雨が降れば染みる。
そんな家々が、延々と続いていた。
レーデルフィーヌは、言葉を失っていた。
小さく、古い印象は持っていたが、足を踏み入れたことはない。
現状を知らずに過ごしてきた。
「ここまで‥‥‥?」
思っていた以上に粗末な建物、貧しい生活の気配がある。
名門の娘として育った彼女には、“王都の裏側”はあまりにも衝撃的だった。
「ん? おお、おまえさんも来たのかよ」
セティについていくと、迎えてくれたのは親方だ。
「えっと? 鉱夫…ですよね?」
「もともとは石工なのさ。王都じゃこれ以上職人が増えても仕事がねぇってんで、鉱山に移ったけどな」
ガハガハと笑う。
道理で、石の扱いがうまいわけだ。
「師匠んとこへ顔出したら、職人組合の組合長になっててよ。ちょうどいいから手伝えって、押し込まれた」
人使いがあれぇよな!
文句言いながらも、楽しそうだ。
「で? 何しに来た?」
「解体を手伝うので、素材ちょうだい!」
クアルト——『僕』——が思い切りの笑顔だ。
「あー…鉱石だけじゃねぇってことか」
『素材』の定義が広いことに気が付いて、親方は腕を組んで頷いた。
「つっても、『解体』って、どうすんだ?」
「んーとね。やって見せるね。解体するのってどれ?」
「どれでもいいぜ。役人の考えでは、ともかく腐った木材ときたねぇ布でできた家は全部壊すってことらしいからな」
「全部?」
クアルト——『オレ』——の声が固くなった。
もう一度周囲を見る。
人が住んでいる気配が濃い。
生活している人がいるはずだ。
「住んでる人たちはどうなる?」
意図せず問い詰める口調になったが、これは仕方がない。
「……俺に聞かねぇでくれ。住むのは構わねぇが。もっとましな家にしろってのが役人の言い分だ」
「ほう――」
クアルトの目が細くなる。
住むのは好きにしていい。
ただし建物を何とかしろ。
そういうことなら――
「お、おい?」
「なにするの?」
親方とセティの声を背中で聞いて、解体済みの瓦礫の山へ近づいた。
腐りかけの板と、服やシーツ“だった”ボロ布が積まれている。
「『ゴーレム制作』!」
まずは木材。
腐れかけだろうと『木』には違いない。
集める。
『抽出』の応用で余分な水分を取り除いて『再組成』。
密度を上げて、細い柱と板を作り出した。
そのうえで組み直していく。
柱を立て、その柱を中心に格子状に板を組んだ壁を張り巡せば——
骨組みは完成。
続いて、『布』。
もはや元の色すらわからないものだが、繊維は取り出せる。
『抽出』したのはほとんどが獣毛、ときおり綿花由来もあった。
それを——
織るのではなく絡める。
作り出すのは原始的な『布』。
つまりはフエルトだ。
厚めに固め、長方形に『成型』。
あとはこれを——
「……巻き方、どうすればいいんだろ?」
「あー。かしてみろ」
うしろで見ていた親方が、割り込んできた。
「こうやってな、端を折り込んで……ほら、形になるだろ」
骨組みにフエルトがまかれていく。
何ができたか?
遊牧民の住居『ゲル』だ。
中は思ったより暖かく、外の風がほとんど入らない。
「え? これって……」
中を覗き込んで、レーデルフィーヌは目を丸くしている。
アンナとアーネストが少し遠い目なのは……なんだろうな?
そんなことより、イメージした通りの『家』が完成した。
何件か見たバラックよりは広いし、しっかりしている。
十分に住めるはずだ。
「おお……!」
周りの人たちが感嘆の声を上げた。
世の中、助け合いだね。
うん。
そんな感じで、適当に作った柱と板、そして厚布がどんどん家になっていく。
周りで見ていた人の中にも、器用な人がたくさんいたということだ。
レーデルフィーヌは、ぽかんとしたまま、“家が生まれていく光景”を見つめていた。
フエルトは布よりも原始的なものだ。
だからだろう、消費魔力が少ない。
腐りかけの木も同様だ。
「どんどん行くよー!」
手順は決まった。
あとは数をこなすだけ。
『僕』が張り切って突き進む。
第10話 『仮設ではなく移動住宅』 (通算第10話)
「うわー、いっぱいできたねー!」
日が傾き、夕暮れ迫るころ、作業が終了した。
山積みになっていた瓦礫がきれいにさっぱり姿を消し、代わりにクリーム色の丸型テントが並んでいる。
プライバシーを考慮した適度な間隔を置いて並ぶ『ゲル』が夕日を浴びて柔らかく輝いている。
規則正しくはないが、不揃いなところが、むしろかわいい。
少なくとも『汚くはない』。
これなら、お役人も文句ないだろう。
「一気にやり過ぎ!」
セティのツッコミが入った。
「え?」
「え? じゃなーい!」
ふと周囲を見渡せば、汗だくの男たちが座り込んでいる。
クアルトは作るだけだが、彼らは組み立てなくてはならない。
思いのほかハードだったようだ。
「あ、ごめん」
とりあえず謝った。
だが——
「そういうことではないでしょう!」
レーデルフィーヌにまで叱られた。
なぜに?
「魔力は大丈夫なのですか?! 何度も休憩を! って言ったのに聞かないし!」
おお、それを心配されていたのか。
「大丈夫だよ。形を作るだけだもん!」
ゴーレムマスターの根幹である『仮初の命を与える』ことをしなければ、魔力消費は大きくない。
いくらでもできる。
そう、いくらでもできるのだ。
レーデルフィーヌは、まだ怒っているのか、それとも呆れているのか、判断のつかない顔でこちらを見ていた。
「……“形を作るだけ”で、これだけ……?」
「うん」
「……はぁ……」
深いため息。
だが、昨日までの“混乱で固まる”反応ではない。
アンナとアーネストが、少し離れたところでこっそり頷き合っている。
「レーデルフィーヌ様、昨日よりずっと落ち着いておられますね」
「順化ってやつだな。早い方だ」
そんな声が聞こえた。
レーデルフィーヌは、聞こえていないふりをしている。
ゲルの前では、住民たちが歓声を上げていた。
「風が通らねぇ!」
「広い!」
「これ……住めるぞ……!」
その声を聞いて、クアルト——『僕』——は胸が温かくなった。
「よかった」
ぽつりと呟くと、レーデルフィーヌが横目でこちらを見る。
「……クアルト様は、本当に……」
「ん?」
「……“何者”なのですか……?」
その声は、昨日までの“恐怖”でも“混乱”でもなく、ただ純粋な“驚き”と“敬意”が混ざっていた。
クアルトは、少し照れくさく笑った。
「僕は僕だよ。できることを、できるだけやってるだけ」
レーデルフィーヌは、しばらく黙っていたが——
「……そういうところが……危なっかしいのです……」
小さく呟いた。
その声は、どこか優しかった。
わかってくれたようだ。
「じゃ、続けるよー!」
「「「は?!」」」
確かに『建物』はできた。
しかし、それは『住居』と呼べるか?
『住居』とは『住む』、『居る』ことを指す。
そのためには、必要なものがある。
最低限。
『ベッド』と『椅子』、『テーブル』。
これだけは、揃えるべき。
ということで——
「こっちの山も片付けるよ―」
ガレキは崩したが、もう一山。
『紙』の山がある。
防寒用にでも集めたモノだろう。
布だけでは足りなかったのだと思う。
その山を、崩す――
『紙』をかき集め、形を整える。
『僕』には思いつかないだろう。
しかし、『オレ』にはイメージできる。
廃棄された紙を再生した時、何ができるか?
もっとも比重が大きいのは——『段ボール』。
実を言えば、昨日のごみ処理で『ペーパーゴーレム』のレベルが10を超えていたのだ。
だから、今作るのは——
【『カードボードゴーレム』を製作しました】
大小入り混じった、四角い箱。
レトロなロボット風のゴーレムが立ち上がる。
ちょっとぎこちないのが、妙に愛らしい。
「……かっ、かわ……いい?」
レーデルフィーヌがまた固まった。
ただ、昨日より“固まる時間”が短い。
急速に慣れているようだ。
だけど、それはあくまで一体作っておこうというもの。
本命は別にある。
『段ボールベッド』、『段ボール椅子と机』、『段ボールワークステーション』。
主に、避難所での生活を少しでも快適に、と作られる安価で丈夫な家具たちだ。
表面は滑らかで、角は丸く加工されている。
「みんなで運んでねー!」
各ゲルに、運び込んでもらう。
これで、本当の意味での『住居』の完成だ。
住民たちが歓声を上げる。
「これ、地面に寝なくていいんだ!」
「石が刺さらないし、何より暖かい!」
「机がある……!」
レーデルフィーヌは、その光景を見て、胸に手を当てた。
何年も、なん十年も、王国が、自分が、目を向けてこなかった『無視され続けた世界』が、たった一日で『生活の場』へ変わっている。
「これが、クアルト・・・いえ、クアルト様」
王弟殿下が気に掛けるだけの理由はある。
それが、目に見える形で、はっきりした。




