第61話 『順化』
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レーデルフィーヌは、まだ青ざめたまま庭を見回していた。
レンガ兵士の掃除は理解した。
理解した……つもりだった。
だが、視線がふと横へ流れた瞬間——
「…………え?」
庭の端に、巨大な“何か”が座っていた。
いや、“何か”ではない。
形は人型。
積み上げられたレンガの塊が、体育座りの姿勢で固まっている。
最初はただの物置だと思っていた。
だが、よく見ると——
「……これ……人型……?」
その瞬間、背筋が総毛立った。
(まさか……これも……?)
ゆっくりと、慎重に、巨人の“顔”らしき部分を見上げる。
無表情のレンガの面。
だが、ただの置物にしては、あまりにも“意図的な造形”だ。
「……っ!」
レーデルフィーヌは反射的に一歩下がり、腰のペーパーナイフに手を添えた。
完全に“敵性存在”への対応姿勢だ。
無意識に足が戦闘の構えを取っていた。
「レーデルフィーヌ?」
背後から声がして、肩が跳ねる。
振り返ると、クアルトが首を傾げて立っていた。
「どしたの?」
「こ、これは……その……っ」
震える指先が、巨人を指す。
「……敵、では……?」
「敵じゃないよ。物置だよ」
「もの……おき……?」
「うん。中、空洞になってるから。便利だよ」
「…………」
レーデルフィーヌの思考が、また止まった。
(物置……?
いや、どう見ても……巨人……
でも、空洞……?
便利……?)
「……あの……動くのですか?」
「動かないよ。あれは“成型だけ”で止めたから」
「成型……?」
「命令を刻んでないから、ただの“形”だよ」
「…………」
レーデルフィーヌは、そっと額を押さえた。
(……レンガ兵士が掃除をしていて……
庭の端には巨人の物置があって……
七歳の子どもが、それを当然のように説明していて……
わたしは……この人を護衛するのが任務……?)
「……他にも、動くものが……?」
レーデルフィーヌは、声を潜めるようにして尋ねた。
さっきのレンガ兵士と巨人物置で、すでに限界が近いのかもしれない。
だけど――
「あるよ」
クアルト——『僕』——はあっさり頷いた。
子供って時々残酷だよな。
意識を共有し、フォレストゴーレムを呼び寄せる。
家の外周で気配が動き、緑と茶色の小さな影が、ひょこっと顔を出した。
半分以上は足元の土に残したまま、緑色の一体と、茶色の一体を掌に乗せて、レーデルフィーヌの目の前へそっと差し出す。
「これが『フォレストゴーレム』。色が違うけど、どっちもガラス素材だよ」
掌の上で、二匹はちょこんと座り、小さな腕をぱたぱたと振っている。
「…………」
レーデルフィーヌは、完全に固まった。
目が、見開かれたまま動かない。
呼吸すら忘れているようだ。
「……っ、ち、ちいさ……っ」
ようやく漏れた声は、震えていた。
「かわいいでしょ?」
「か、かわ……っ?!」
レーデルフィーヌの視線が、“理解不能”と“可愛い”の間で激しく揺れる。
「この子たちは偵察とか監視向きだね。小さいから」
「か、かんし……っ?!」
レーデルフィーヌの膝が、わずかに震えた。
(あ、これ……“情報量が限界突破しそうな人の反応”だ)
クアルトは、掌の上のゴーレムたちを軽く撫でてから、そっと地面へ戻してやった。
フォレストゴーレムたちは、ちょこんとお辞儀をしてから、あちこちの小さな隙間にすうっと潜っていく。
刻んだ命令が『自立行動・警戒』だからな。
動きの自由度が高い。
ステータスも知力と素早さが突出している。
レーデルフィーヌは、その様子を呆然と見つめていた。
「置いてあったレンガ? え? ゴーレムって、そんなので作れるのですか?」
「素材さえあればね」
「素材・・・・・ですか?」
「うん。そう。どこかで、解体工事してないかな?」
王都に入るとき、馬車の窓から工事現場らしいものを見ている。
もしかしたら——
「あー、やってますね」
レーデルフィーヌは、そういえばと声を上げる。
国王の在位10年の式典に向け、来賓を招待している。
それに伴い、王都の外周を整えようとの計画があるのだと。
「明日、朝から行ってみよう!」
クアルト――『僕』が張り切っている。
◇
翌朝。
レーデルフィーヌは、男装で決めていた。
きっちりとした執事服だ。
男装の麗人――いいかも。
クアルトの中で、『オレ』はちょっと萌えていた。
「護衛として、しっかりと務めさせていただきます」
眦を決しての宣言。
ただ——
手にはたっぷりと蜂蜜が塗られたトーストがある。
口の横に、蜂蜜がちょっぴりついていた。
なんだか、昨日より少しだけ、『何か』が緩んでいるようだ。
それは、悪いことじゃない。
『身内』に入ってきてくれた。
そういうことだ。




