第59話 『レーデルフィーヌ』
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生まれた家は、王都でも指折りの名門。
代々、騎士団に人材を送り続けてきた武門の家柄だ。
けれど、家の古い価値観では娘は家を継げないし、騎士にもなれない。
幼い頃から剣も学問も兄たちと同じように叩き込まれたのに。
剣では五分、学問ならむしろ上だった。
それなのに——
正式な場に立つ資格だけは与えられなかった。
だから私は、文官としての道を選んだ。
……いや、選ばされたと言うべきか。
ともかく、武で身を立てることは許されなかった。
早く良い伴侶を得るか、文官として自立するか。
家門の当主から与えられた選択肢は、その二つ。
それなら、選べるのは一つだけ、文官の道を進むしかない。
望みもないまま、流された先。
それは、王都警備隊の事務官だった。
転機が、そこで訪れた。
警備隊の隊長が、彼女の身のこなしに気が付いたのだ。
武芸の心得がある、と。
で、転属となった。
表向きは『王族親衛隊』の書記官見習い。
でも実際には、殿下の“影の護衛”として鍛えられてきた。
男装も、変装も、密命も、全部そのための訓練。
殿下は、私の家柄よりも、私自身を見てくれた。
だからこそ、今回の任務も託されたのだろう。
「クアルト様の所在確認と保護」
それだけのはずなのに……。
まさか、王都中を探し回ることになるなんて。
宿をしらみつぶしに探し、城門で出入りを確認し、それでも見つからなくて、胸が締めつけられるほど不安になって。
ようやく見つけたと思ったら——
七歳の子どもが、政治の構造を当然のように読み解いている。
封鎖の理由、子爵家の立場、王都の動き……
私よりも冷静で、私よりも正確で、まるで“大人”と話しているような錯覚さえ覚える。
殿下が急いで保護を命じた理由が、ようやくわかった気がする。
この子は、ただの子どもではない。
守らなければならない理由が、確かにある。
……それにしても、どうして“ゴミ屋敷”なんて場所に。
天啓? 本気で言っているのだろうか。
本当に、振り回される。
でも——見つけられてよかった。
本当に、よかった。
今後は――あ。
「あ、お分かりかと思いますが『保護と護衛』ですので、今後は行動を共にさせていただきます」
宣言した。
拒否は認めない!
目に力を込める。
抵抗は想定内。
一戦交えてでも!
なのに――?
「部屋は?」
クアルトは、メイドに顔を向けた。
「案内します」
メイドが、移動を促してきた。
「え?」
「お荷物をどうぞ」
執事が、荷物を預かる仕草を見せる。
「え?」
疑問の声を漏らしながらも、促されるまま立ち上がる。
「あとでねー」
椅子に座ったまま、クアルトが手を振ってくれる。
「え?」
なに?
なに、この流れ?
普通、護衛はしてもいいけど外に出ろ、じゃないの?
排除されること前提の訓練しか知らないんですけど?
「こちらをお使いください」
きれいに整った部屋に案内された。
「隣が私…アンナと申します――の部屋となりますので、何か不都合があれば遠慮なさらずお呼びください」
そういうと、アンナと名乗ったメイドは一礼して去ろうとしている。
「ま、待って」
慌てて呼び止める。
「なにか?」
「わ、私、部外者ですよね?」
自分で言うのも変だが、そのはずだ。
「もう違います」
「もうって『いつ』ですか?!」
「そうですね。んー……クアルト様が『監視と護衛の話では?』と聞いたあたりですね」
「ほとんど初対面ですよね?!」
ほとんど、二言か三言目のセリフだ。
「これでも、クアルト様にしては慎重に判断してますよ。普段なら、『探しましたよ』で判断終わってますから」
「終わるというのは?」
どういう差が出るのかわからない。
「ダメならまともな返事はしませんね」
「は?」
「逆だろ。聞いている限りはまともだけど、内容が投げやりになる」
「え?」
メイドと執事が答えてくれるが、意味を頭が受け入れられない。
それでも、必死に考えて答えは出た。
「ほぼ一瞬で判断を下すと?」
そういうことだろう。
「そんなところです。いろいろと戸惑うでしょうが、慣れてください」
「コツは深く考えないことだ。あ、俺の名はアーネスト。よろしくな」
か、軽すぎる。
なんなんだ、ここは?
メイドと執事――アンナとアーネストーーが、主のところへ戻るのを見届けて、レーデルフィーヌは、案内された部屋の扉をそっと閉めた。
深く息を吐く。
ようやく一息つける……はずだった。
外套を脱ぎ、男装用のシャツのボタンを外しながら、鏡に映る自分の顔を見つめる。
涙の跡が、まだうっすら残っていた。
「……情けないわね、私」
殿下の密命を帯びているのに、初対面の七歳相手に泣きそうになるなんて。
いや、泣いていた。
完全に。
気を取り直すように、髪をまとめ直し、男装用の帽子を手に取る。
護衛任務に入る以上、気持ちを切り替えなければ。
部屋には自分ひとり。
静かだ。
……静かすぎる。
そのときだった。
――ガラッ、ガサッ。
「……?」
庭の方から、何かが動く音がした。
土を擦るような、石がぶつかるような、妙な音。
(侵入者? まさか、もう?)
護衛としての反射が働く。
着替え途中のシャツの裾を慌てて整え、腰のペーパーナイフに手を添える。
音の正体を確かめるべく、そっと窓へ近づいた。
カーテンをわずかに開け、外を覗く。
「……え?」
視界に入った光景に、思考が止まった。
庭に――レンガがいた。
いや、レンガ“兵士”だ。
四角い体に、無表情の顔。
そのレンガ兵士が、箒を持って、庭を掃いている。
淡々と。
規則正しく。
まるで、日常の家事のように。
無表情のまま、ぎこちない腕の動きで箒を動かしている。
「……は?」
声が漏れた。
理解が追いつかない。
(え? え? なに? 魔物? いや、違う……掃除……してる?)
混乱したまま、レーデルフィーヌは庭へ出た。
足音を殺し、慎重に近づく。
レンガ兵士は、こちらを一瞥することもなく、ただ黙々と落ち葉を集めている。
「…………」
完全に固まった。
護衛としての緊張も、名門の娘としての矜持も、すべて吹き飛んだ。
ただひとつの疑問だけが、頭の中でぐるぐる回る。
(……なにこれ?)




