第58話 『騎士』
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「探しましたよ」
ジトっとした目が向けられた。
翌日、昼に差し掛かろうという時間だ。
アンナとアーネストが、何やかやと動いて『仮宿』は瞬く間に『家』へと変貌を遂げている。
そこへ、訪ねてきた『客』だ。
くたびれた外套を着崩し、書類袋を肩から下げている。
外套の下には麻のシャツにさらりとしたスラックス。
腰回りにベルト替わりなのか布が巻かれている。
若く貧しい文官なら珍しくはないが、少しだけ布の量が多く見えた。
腰にはペーパーナイフにインク壺。
つばのある帽子を目深にかぶっている。
見るからに『下級役人』という出で立ちだ。
だが、歩くたびに外套の下で金具がわずかに鳴る。
姿勢の良さと、無駄のない視線の動きが、ただの書記官ではないことを物語っていた。
そして、もう一つ―――
服装は紛れもなく『書記官』だ。
ただし、男物の。
そう、『客』は男装した『女性』だ。
細い顎と、長いまつげ。
よく見れば外套の袖が余っている。
「まさか、一軒家を借りているとは思いませんでした」
疲れ果てた様子で、頭を押さえている。
帽子を深くかぶりすぎているだけが、理由ではないだろう。
「宿をしらみつぶしに探し、もしや王都を発ったのかと城門にも聞き込みました。宿からは『お泊りではない』、城門の兵士からは『そのような人は出ていない』との答えしか返ってこない。途方にくれましたよ」
恨みがましく見つめられた。
夕暮れのようなオレンジの瞳が、潤んでいる。
「あーと、もしかしなくても王弟殿下の使い?」
それしかない。
それ以外なら、男装する必要も、書記官になる理由もない。
「……」
……。
……。
「ごめん。悪かった。謝るから、無言で見つめながら泣くのはやめて!」
いたたまれなくなって、『オレ』は懇願した。
「うー……私、そんなに見え見えですか? これでも頑張って変装したのに」
文官ではないと見透かされるのはまだしも、『王弟殿下の』は絶対ダメだったようだ。
「変装の問題じゃないよ。現状、僕に用があるのは王弟しかいないってだけ」
王都にいて、こういう形で接触を試みる。
そんな相手は限られる。
「子供に論破されるって、かなりダメかも」
帽子を脱いで頭を抱えている。
きれいなプラチナブロンドが広がった。
「相手はクアルト様です。相手が悪すぎましたね」
「ダメではありません。ごく普通ですよ」
アンナとアーネストが、微妙なフォローを入れた。
「僕の監視と護衛の話に来たのでは?」
なんか、話が進みそうにないので、話を進ませるべく意識して促した。
「……『保護と護衛』です。そうです。私の名は『レーデルフィーヌ』。王弟殿下より、あなたの“所在確認”と“保護”を命じられています」
帽子を胸に抱え、深く頭を下げた。
「本来なら、もっと自然な形で合流を図るはずでしたが……あなたが、あまりにも自由に動かれるので……」
夕暮れ色の瞳が、また潤む。
「……本当に、心配したんですよ。もうだめかと——」
すでに『消されて』いる可能性も頭にあったらしい。
「わかるよ。僕も王都に長居する気はなかったからね」
王弟と接触した――その事実が漏れることは考えられない。
ただし、『王弟と接触したかもしれない』と思われることも避けられない。
知っている人は『例のホテル』が非公式な会見場であると知っているだろうし、そこへ泊った者がいれば、疑いを持つことに不思議はない。
どんな話をしたかはわからないが、とりあえず消そう。
そんな短絡的な者も皆無ではない……かもしれない。
実を言えば、宿探しの途中から嫌な予感に付きまとわれていた。
どこに行っても、視線を感じていたからだ。
早く宿を決めたかったし、アーネストが言っていたように、ごちゃごちゃしている場所に押し込められたくもない。
そこで不意に視界へ『ゴミ屋敷』が飛び込んできた。
もはや『天啓』だったね。
「はい?」
女性は首を傾げた。
「では、なぜ一軒家を借りているのですか?」
長居する気がないというなら不自然ではないか?
「王都から出るための準備をしておいたんだけど……なぜかまだ到着していないんだ。今朝の段階で王都にきていれば、僕らは今頃王都が見えない位置の宿屋か野宿中だ」
ペクンからついてきているはずの者が遅れていると説明した。
「ペクンから、ですか。それは、それは——」
女性は首を振った。
「パーヴェル子爵領では急な当主交代の混乱で、いろいろと停滞ができていると聞いています。その余波でしょう」
ペクンを中心とした『封鎖』が行われているという。
理由は『不明』だが。
「そうなのか……」
ウームと腕を組んで悩んでしまう。
なるべく早く王都を出たいが、現状では裸で街に出るようなものだ。
最低限、イーアンとの合流がなければ王都から出られない。
「その、こちらに向かっているはずの『準備』が到着すれば、王都を出られるのですか?」
「そうなる」
短く答えて頷いた。
「……ペクンの封鎖を緩めさせてほしいとの請願が商人の方を中心に役所へ集まっています。このことで、『上の方』が動くかもしれません」
「あー……そうなれば数日中に封鎖は解ける?」
「すくなくとも、パーヴェル子爵家に明確な理由の提示が求められます。理由が提示され、その理由と封鎖の必要性が認められなければ、緩めるよう勧告が出るはずです」
「……問題は子爵家が封鎖を行っている理由と、その根拠か」
ふむ、とクアルトは頷いた。
大人たちの目が、七歳の子供に向けられているとは気づかずに。
その言葉と考えが『七歳』ではないと気づかずに。




