第54話 『帰り支度』
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王弟の用は済んだ。
クアルトは家に帰らされることになる。
というか、いっそ感動するほど冷淡に放り出された。
王弟との面会は非公式で、その場にいた四人とあと数名だけが知る秘密だ。
クアルトはあくまで、『当然に参加している参加者』でなければならない。
そうでなければ警戒されてしまう。
会談の後、政府の調査官からの簡単な事情聴取を受けたのは形だけのはずだが、王弟が呼んだという事情を知らされていないからひどく冷酷なものだった。
普通の七歳なら泣いているところだ。
そのあとは、素っ気なくホテルから放り出された。
「厄介なことになったね」
一般的な宿屋に移って、開口一番。
クアルトは本音を吐いた。
一般的な宿屋の、質素な部屋。
木の壁は薄く、隣の部屋の笑い声がかすかに聞こえる。
地下の『秘密の部屋』の静謐とはまるで違う、生活の匂いがする空間。
それが驚くほど落ち着かせてくれる。
クアルトは、荷物を置いた瞬間に力が抜けた。
「……厄介なことになったね」
もう一度呟いた。
アンナは、扉を閉めながら小さく息を吐いた。
「……本当に、ね」
アーネストも、壁際に控えながら静かに頷いた。
「王弟殿下が動くということは、それだけ事態が深刻ということです」
クアルトは、ベッドに腰を下ろした。
軋む音が、妙に現実的だった。
「非公式の面会、事情聴取、そして“冷たく追い出される”……」
言葉を区切りながら、クアルトは自嘲気味に笑った。
「……あれ、完全に“任務を受けた者の扱い”だよね」
『裏の』というニュアンスを強調している。
アンナは、苦い顔をした。
「殿下は、あなたを“表に出さない”役目に使おうとしています。……必要な演出でした」
「分かってるよ。分かってるけど……」
クアルトは、天井を見上げた。
「……七歳の子供にやらせる仕事じゃないよな。それ、絶対」
思っていたことを口に出す。
自分に向けた呟きだ。
アーネストが、静かに言葉を添える。
「ですが、殿下は“あなたにしかできない”と判断されたのでしょう」
それがどんなことは知らないが。
クアルトは、深く息を吐いた。
「……逃げられない、か。……やるしかないだろうね」
重い呟きが漏れる。
青味の強い髪と瞳。
七歳の小さな体。
風貌とは一致しない重さだ。
その言葉に、アンナもアーネストも、静かに頭を下げた。
(この子は、本当に……)
部屋の空気が、ゆっくりと覚悟の色に変わっていった。
「貴族の義務・・・か」
頭の中の『僕』が、使命に燃え、こぶしを振り回している。
◇
翌朝。
クアルトたちは男爵領へ帰る支度で忙しく動くことになる。
来るときは『王都守備隊』と『パーヴェル子爵騎士団』に半ば『連行』されていたから準備がいらなかった上に効率よく運んでもらえた。
だが、『放り出された』といったことからもわかるとおり、向こうの用が済んだ今は全部自分たちで用意しないといけないし、当然に私費を投じることになる。
男爵家の騎士団任せで移動していたクアルトたちは、身一つで何とかしないといけない羽目に陥っていた。
騎士団は兄とともに代官捕縛に動いていたから子爵領には一人も残っていなかったし、当然についてきていない。
低位貴族家の四男とメイド、執事の三人が生き馬の目を抜く王都で孤立しているわけだ。
ハッキリ言って、途方に暮れる場面である。
「……さて」
クアルトは、宿屋の薄い窓から差し込む朝日を見ながら、
現実から目をそらすように呟いた。
「どうやって帰ろうか」
七歳の子供が言うには、あまりにも“現実的”な言葉だった。
アンナは、荷物をまとめながら眉を寄せる。
「……馬車を借りるにしても、相場が高いです。王都は、こういう時に容赦がありません」
アーネストは、淡々と続けた。
「徒歩で帰るのは不可能です。野盗も出ますし、距離もあります。最低でも馬車と護衛が必要ですが……」
二人の視線が、同時にクアルトへ向く。
「そうだよねぇ」
うん、うん。
クアルトは無駄に大きく頷いて見せた。
そして――、鞄一つ手に持って部屋を出た。
アンナたちも同様だ。
宿屋のチェックアウトの時間ぎりぎりだった。
「あれ? 親方?」
フロントへ降りていくと、エントランスに『鉱夫頭』がいた。
「おお。坊主も呼ばれてたのかよ」
めっちゃ気楽に手を振られた。
王都に呼ばれ(連行され)て、多分、尋問も受けただろうに元気だ。
軽く聞かれただけなのかな?
ありえるのは、クアルトだけ呼んだのでは目立つ。
とりあえず『鉱山の代表』ぐらいは呼んでおこうというのはありえる。
「村長たち親子も来てるぜ」
「あ、そうなんですね」
やはり、各代表を一通り呼んではいるようだ。
「まだこのホテルにいるの?」
一応挨拶くらいしようか、と『僕』が勢い込んだ。
珍しく『オレ』を押しのけて。
「いや。なんか、……奥さんが咳き込んでいたらしくてな。早々に帰されたらしい。とはいえ、そんなだし、ペクンまでは帰れないからどこかの安宿で静養中だ」
「せき? カゼかな?」
『僕』が心配そうだ。
「まぁ、あんなとこに押し込まれていたとこから王都だからな。体調も崩すさ。咳してんのも無視して取り調べされないだけ、温情だな」
鉱山頭が首をすくめてみせる。
知ったことかと責められることもありえなくはないだろうからな。
ただし、代官への処置を見てもわかるが、王国政府は今回の事件に興味なんてない。
王弟も、そうだろう。
だから、呼んで話を聞いただけ。
尋問する理由はなかったのだろう。
だから、さっさと帰したー―放り出した――のだ。
「あとで、お見舞いに行こうかな?」
『僕』が何気に呟いている。
『オレ』としては必要ないだろうと思うが、してはいけない理由もない。
考えておこう。
「鉱山頭さんも、もう帰されたんですか?」
「ああ。用済みだとよ」
ハン!
鼻を鳴らしている。
「久々の王都だ。せっかくだし、少し羽を伸ばすかねー」
「住んでいたことがあるの?」
「おうよ。師匠が王都出身だからな。つうか、今も住んでる。せっかくだから、しばらく厄介になるつもりだ」
「それは…いい機会ですね」
旧交を温めるのに。
「おう。あの町にはちと居づらいしな」
数年、坑道から出してもらえてなかったようだし、いまさら町には戻れないか。
坑道の中と、町の中。
立場が違うのだ。
「お前らはもう帰るのか?」
「残っている理由もないのでね」
「そうか…ま、いずれまた会えるといいな」
「町に戻るなら、隣の領地ですからね」
会える可能性は高い。
帰れれば、だけどね。
『僕』が心の中で舌を出している。
少しだけ、楽しんでいる雰囲気がある。
『オレ』は内心首を傾げていた。
帰りの段取りは、すでに全部つけてある。
ゴーレム馬車と騎士の一団は、イーアンに預けて“王都警備隊の馬車のすぐ後ろ”を追わせていた。
ただ、それなら、もう王都に着いていていいはずだ。
……だが、『オレ』の探知範囲にはまだ来ていない。




