第50話 『筋書』
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『ああ、これはだめだ』
胸の奥で、オレは静かに結論を下した。
七歳の『僕』に任せてごまかそうとしたが、無理だ。
王弟閣下の視線は揺るがない。
あの目は、納得するまで逃がしてくれない。
「気のせい」なんて通じる相手じゃない。
このまま質問攻めにされるより、いっそ自分から踏み込んだほうがまだマシだ。
『オレ』はコミュ障気味だが、そのぶん『人を見る目』だけは妙に鍛えられている。
そして判断した。
——この人には隠し通せない。
だから、先に『オレ』が出る。
七歳の『僕』が一歩下がり、四十代の『オレ』が前に出る。
呼吸が変わり、視線が変わり、言葉が変わる。
「ひねくれてるって、よく言われます」
にっこり笑ってみせる。
「あと、ジジくさい、とも」
王弟の眉がわずかに動いた。
「……覚悟を決めた顔だね」
その一言で悟った。
——この人は、最初からこうなると分かっていた。
◇王弟◇
(……やはり、ただ者ではない)
王弟は胸の奥でつぶやいた。
目の前の少年の反応が、幼い頃に祖母から聞いた『語られない王家の歴史』を呼び起こす。
王家の始祖と旅をした、名も残らぬ人物。
歳にそぐわぬ冷静さと深い知識を持ち、数々の危機を切り抜け、時にはそれすら利用して王国の基礎を築いた者。
祖母は言った。
「あの者は、まるで『別の人生』を知っているようだった」と。
昔話だと思っていた。
だが今——
目の前の少年の『揺らぎ』または『揺るぎのなさ』は、その人物を思わせる。
クアルトの視線は、二つの意思が交互に顔を出すように揺れている。
だが怯えはない。
緊張はしているが、王族への恐怖がない。
普通の子供ではありえないことだが、魔力の異常も特別な気配もない。
精神の成熟度だけが突出している。
王弟は静かに息を吐いた。
「……興味深い。ほんとうに」
それはクアルトに向けた言葉というより、自分の中の『確信に近い感触』を確認するような響きだった。
(……この子は、早熟という言葉では片付かない)
七歳の子供が、王族の前で怯えず、無礼にもならず、状況を理解して『構え』を変えるなど、本来ありえない。
(知識は深いのに、ひけらかさない。落ち着いているのに、傲慢さがない。そして——自分を偽るのが下手だ)
祖母が語った『名もなき人物』の特徴が、次々と重なっていく。
王弟は目を細めた。
「……君は、実に面白い」
柔らかな声だが、観察者としての鋭さが隠れていない。
「普通の子供は、私の前でそんな顔はしない。緊張で固まるか、虚勢を張るか、どちらかだ」
クアルトがわずかに眉を上げる。
「だが君は違う。緊張しているのに怯えない。理解しているのに逃げない。……まるで、『覚悟』を知っている者のようだ」
その言葉が、クアルトの胸に落ちる。
王弟は身を少し乗り出した。
「君のような子供は滅多にいない。だからこそ——興味が尽きない」
その目は、利用するためのものではない。
観察し、理解しようとする者の目だった。
「……君は将来、何になりたい?」
唐突な質問に、クアルトは拍子抜けした。
「えっと……大きな町の商家で働くか、王都の役所職員になるか……かな、と」
七歳らしからぬ、堅実で現実的な答え。
本人は気づいていない。
だが王弟には十分すぎる材料だった。
『彼は、地位や名誉に興味を持たなかった』
祖母の言葉がよみがえる。
王弟の目が細くなる。
「……そうか」
その声は穏やかだが、内側では別の感情が動いていた。
——やはり、この子は『あの系譜』だ。
少なくとも『それに近い何か』だ。
クアルトは気づかない。
「えっと……変でしたか?」
七歳らしい不安げな声。
だが答えは完全に『大人』のもの。
王弟は視線を戻し、柔らかく笑った。
「いや。とても良い答えだよ。……実に興味深い」
クアルトだけが、その言葉の意味を理解していなかった。
「……役所の職員か」
王弟の笑みは、優しさではなく『確信』を帯びていた。
「なら、私のところで働くかい?」
空気が止まる。
「えっ……?」
クアルトは固まった。
七歳に向ける言葉ではない。
いや、そもそも『誘い』の次元が違う。
アンナは息を呑み、アーネストは目を見開く。
王弟は続ける。
「君のように堅実で、冷静で、欲に流されない者は貴重だ。特に、私の部署ではね」
クアルトの思考は混乱の渦に飲まれる。
(なんで……? なんでいきなり……? 冗談じゃないよな……?)
王弟はさらに踏み込む。
「もちろん、今すぐとは言わない。だが、君が望むなら——将来、私の直属として働く道もある」
「お、ぼ、僕が……?」
王弟は穏やかに微笑む。
「君が望むなら、実家を子爵にすることもできるよ?」
それは、王弟にしか言えない言葉だった。
クアルトの思考が止まる。
「……え?」
王弟は淡々と続ける。
「嫡男が手柄を立てている。すぐには難しいが……ここに『もう一つ』何かが起きれば、昇爵の道が開ける」
その言葉に、クアルトは混乱を切り捨てた。
王弟は『誘っている』。
すでに何か『筋書き』を持っている。
——どこへ導こうとしている?




