第49話 『王弟と少年』
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王都へと入ったクアルトは、そのまま二流のホテルに案内された。
ごく普通の、そしてそれだけのホテルだ。
ただ、町の人たちが知らない事実がある。
このホテルは、王家の『公式ではない客』を泊める役を持っていた。
だから、地下には王城と繋がる通路があり、王家の者のための応接室がある。
クアルトは、そこに通された。
待っているのが王弟であることも知らされている。
応接室の扉が静かに閉じられた。
クアルトは、緊張で背筋を伸ばしすぎている。
七歳の少年らしい、ぎこちない礼をした。
「クアルト・デ・メリマール。メリマール男爵家の四男です……」
王弟は柔らかく微笑んだ。
だが、その目は最初から『観察者』のそれだった。
「そんなに固くならなくていいよ。少し話を聞きたいだけだ」
クアルトは、七歳らしい素直さで頷いた。
「はい……」
——ここまでは完璧だった。
七歳の『僕』としての振る舞いに、違和感はない。
だが、王弟は質問を変えた。
「今回のこと。君は、どう思っている?」
クアルトは一瞬だけ迷い、七歳の語彙で答えようとした。
「えっと……あの、僕、ずっと鉱山? にいて……でも、だから……よくわからなくて……」
言葉が詰まる。
七歳の語彙では「よくわからない」しか言えない。
王弟は、そこを逃さなかった。
「鉱山か、話は聞いている。君はそこで何をしていたのかな?」
子供には退屈だっただろう?
クアルトの肩がびくりと揺れた。
アンナと影のアーネストが、同時に息を呑む。
王弟は、さらに追い込むように言葉を重ねた。
「君は、あの場で何を見た?」
七歳の『僕』では答えられない。
だが、四十代の『オレ』なら答えられる。
クアルトは、逃げた。
七歳の言葉から。
七歳の思考から。
七歳の『限界』から。
そして——
気づけば、口調が変わっていた。
「……なにか見たってことはありません。すべては『オレ』の知る『外』」で起きたことですし、それで解決したはずです」
王弟の目が細くなる。
「……ほう」
クアルトは、はっとして口を押さえた。
だが、もう遅い。
王弟は、静かに言った。
「君は、見た目通りの年齢ではないところがあるね」
アンナが小さく肩を震わせ、アーネストは目を伏せた。
クアルトは、七歳の『僕』に戻ろうとした。
だが、王弟はそれを許さないように、穏やかに続けた。
「安心していい。私は、君を責めるつもりはない。ただ——」
王弟は、クアルトの瞳をまっすぐに見つめた。
「君の『本当の部分』を知りたいだけだ」
その言葉に、クアルトの胸の奥がざわりと揺れた。
『僕とオレの境界』
やばい。
やばい。
やばい。
オレは焦っていた。
目の前の男——王弟閣下は、明らかに“何かを知っている目”でこちらを見ている。
ただの興味ではない。
確信だ。
理由があってここに来ている目だ。
そもそも、何もなくて王弟が男爵家の四男なんかと会うはずがない。
それが一対一。
しかも、向こうは随伴なし。
壁際に地味なメイドが控えているだけだ。
こっちはアンナとアーネスト。
二人も同席している。
——ありえない。
——貴族の常識が破綻している。
何が起きているんだ?
わからない。
混乱がじわじわと広がっていく。
胸の奥がざわつき、手のひらが汗ばむ。
引きこもっていたころの感覚が、嫌な形で蘇ってきた。
オレは年齢的には四十代だ。
だが、引きこもりだった。
コミュニケーション能力は子供同然。
こんな状況を乗り切るすべなんて知らない。
王弟の視線が、まっすぐ刺さってくる。
「クアルト君。君は……どうしてあの場で、あの判断をした?」
やめてくれ。
そんな“核心”を突くような質問をするな。
七歳の“僕”なら、まだ逃げ道がある。
だが、四十代の“オレ”は、こういう追及に弱い。
心が折れる。
『僕』……頼む。
代わってくれ。
ここはお前のほうが乗り切りやすい。
頼む……!
心の奥で叫んだ瞬間——
ふっと、視界の色が変わった。
呼吸が整い、肩の力が抜ける。
七歳の“僕”が前に出てきた。
「えっと……その……困ってる人がいたから、助けたかっただけで……」
声が柔らかくなる。
語彙が幼くなる。
表情が自然に“子供”のものになる。
王弟の目が、わずかに細くなった。
——見えた。
その目がそう告げていた。
「……なるほど。君は、面白いね」
アンナが息を止めた。
アーネストは、静かに目を閉じる。
王弟は、七歳の“僕”を見て微笑んだ。
だが、その奥には別の感情があった。
『見た目通りの年齢ではないところがある』。
そう確信できたと言わんばかりの、鋭い光。
クアルトの胸の奥で、
“僕”と“オレ”が同時に震えた。
◇アンナ視点◇
やはり、こうなるか。
アンナは胸の奥で、静かにため息をついた。
『壁』のメイドが、探りを入れてきている。
わかっているが、抑えられなかった。
いや、抑える意味自体ないだろう。
向こうは、もう確信してきている。
隠しようがない。
クアルトが四歳の頃から、彼女たちは気づいていた。
——この子は「普通」ではなくなっている、と。
言葉の選び方。
視線の動き。
時折、年齢にそぐわない“諦観”のようなものが滲む瞬間。
それらは、隠そうとしても隠し切れない変化だった。
自分たちが世話してきた子供の中に、『誰か』がいる。
彼女が、そう理解したのは影の出自を持つ者たちの中でも、比較的早い段階だった。
一番近くにいたからだ。
初めは、その“誰か”を警戒した。
当然の反応だった。
未知の存在は、脅威になり得る。
だが——
その“誰か”は、歳不相応な反応をするものの、根っこの部分はどうしようもなく『クアルト』だった。
優しくて、臆病で、人を助けようとして傷つくタイプの子供。
だから、彼女たちは決めた。
この秘密は、墓まで持っていく。
クアルトが望まない限り、誰にも言わない。
誰にも触れさせない。
以来、彼女たちはそのことを胸に秘めたまま、ただ静かに、クアルトを守り続けてきた。
——それが。
『守ろうとしたのが、裏目に出た・・・・・・』
アンナは唇を噛んだ。
王弟の前で、クアルトの“二重性”が露わになった。
あの鋭い目は、すでに気づいている。
気づいた上で、興味を持っている。
王弟はごまかせるとしても、『壁』のメイドはだめだ。
これは、もうどうしようもない。
最悪の形だ。
影の者たちが七年ぶりに動いたこと。
その中心にクアルトがいたこと。
そして、クアルト自身の“異質さ”。
すべてが、王弟の視線の中で一本の線になってしまった。
アンナは、そっとクアルトの背中を見る。
——この子は、ただ優しいだけなのに。
後悔が、静かに押し寄せていた。




