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『時代遅れスキル『ゴーレム制作』専門の男爵家四男が、転生者の知識でそこそこ頑張るはずが、なぜか王弟に目をつけられてしまう話』  作者: 葉月奈津・男
第一部、使用人が『王国の影』でした

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第49話 『王弟と少年』

1/2

 


 王都へと入ったクアルトは、そのまま二流のホテルに案内された。

 ごく普通の、そしてそれだけのホテルだ。

 ただ、町の人たちが知らない事実がある。


 このホテルは、王家の『公式ではない客』を泊める役を持っていた。

 だから、地下には王城と繋がる通路があり、王家の者のための応接室がある。


 クアルトは、そこに通された。

 待っているのが王弟であることも知らされている。


 応接室の扉が静かに閉じられた。

 クアルトは、緊張で背筋を伸ばしすぎている。

 七歳の少年らしい、ぎこちない礼をした。


「クアルト・デ・メリマール。メリマール男爵家の四男です……」


 王弟は柔らかく微笑んだ。

 だが、その目は最初から『観察者』のそれだった。


「そんなに固くならなくていいよ。少し話を聞きたいだけだ」


 クアルトは、七歳らしい素直さで頷いた。


「はい……」


 ——ここまでは完璧だった。

 七歳の『僕』としての振る舞いに、違和感はない。


 だが、王弟は質問を変えた。


「今回のこと。君は、どう思っている?」


 クアルトは一瞬だけ迷い、七歳の語彙で答えようとした。


「えっと……あの、僕、ずっと鉱山? にいて……でも、だから……よくわからなくて……」


 言葉が詰まる。

 七歳の語彙では「よくわからない」しか言えない。


 王弟は、そこを逃さなかった。


「鉱山か、話は聞いている。君はそこで何をしていたのかな?」


 子供には退屈だっただろう?

 クアルトの肩がびくりと揺れた。


 アンナと影のアーネストが、同時に息を呑む。


 王弟は、さらに追い込むように言葉を重ねた。


「君は、あの場で何を見た?」


 七歳の『僕』では答えられない。

 だが、四十代の『オレ』なら答えられる。


 クアルトは、逃げた。


 七歳の言葉から。

 七歳の思考から。

 七歳の『限界』から。


 そして——

 気づけば、口調が変わっていた。


「……なにか見たってことはありません。すべては『オレ』の知る『外』」で起きたことですし、それで解決したはずです」


 王弟の目が細くなる。


「……ほう」


 クアルトは、はっとして口を押さえた。

 だが、もう遅い。


 王弟は、静かに言った。


「君は、見た目通りの年齢ではないところがあるね」


 アンナが小さく肩を震わせ、アーネストは目を伏せた。


 クアルトは、七歳の『僕』に戻ろうとした。

 だが、王弟はそれを許さないように、穏やかに続けた。


「安心していい。私は、君を責めるつもりはない。ただ——」


 王弟は、クアルトの瞳をまっすぐに見つめた。


「君の『本当の部分』を知りたいだけだ」


 その言葉に、クアルトの胸の奥がざわりと揺れた。


『僕とオレの境界』


 やばい。

 やばい。

 やばい。


 オレは焦っていた。


 目の前の男——王弟閣下は、明らかに“何かを知っている目”でこちらを見ている。

 ただの興味ではない。

 確信だ。

 理由があってここに来ている目だ。


 そもそも、何もなくて王弟が男爵家の四男なんかと会うはずがない。

 それが一対一。


 しかも、向こうは随伴なし。

 壁際に地味なメイドが控えているだけだ。


 こっちはアンナとアーネスト。

 二人も同席している。


 ——ありえない。

 ——貴族の常識が破綻している。


 何が起きているんだ?

 わからない。

 混乱がじわじわと広がっていく。


 胸の奥がざわつき、手のひらが汗ばむ。

 引きこもっていたころの感覚が、嫌な形で蘇ってきた。


 オレは年齢的には四十代だ。

 だが、引きこもりだった。

 コミュニケーション能力は子供同然。

 こんな状況を乗り切るすべなんて知らない。


 王弟の視線が、まっすぐ刺さってくる。


「クアルト君。君は……どうしてあの場で、あの判断をした?」


 やめてくれ。

 そんな“核心”を突くような質問をするな。


 七歳の“僕”なら、まだ逃げ道がある。

 だが、四十代の“オレ”は、こういう追及に弱い。

 心が折れる。


『僕』……頼む。

 代わってくれ。

 ここはお前のほうが乗り切りやすい。


 頼む……!


 心の奥で叫んだ瞬間——


 ふっと、視界の色が変わった。


 呼吸が整い、肩の力が抜ける。

 七歳の“僕”が前に出てきた。


「えっと……その……困ってる人がいたから、助けたかっただけで……」


 声が柔らかくなる。

 語彙が幼くなる。

 表情が自然に“子供”のものになる。


 王弟の目が、わずかに細くなった。


 ——見えた。


 その目がそう告げていた。


「……なるほど。君は、面白いね」


 アンナが息を止めた。

 アーネストは、静かに目を閉じる。


 王弟は、七歳の“僕”を見て微笑んだ。

 だが、その奥には別の感情があった。


『見た目通りの年齢ではないところがある』。

 そう確信できたと言わんばかりの、鋭い光。


 クアルトの胸の奥で、

 “僕”と“オレ”が同時に震えた。


 ◇アンナ視点◇


 やはり、こうなるか。

 アンナは胸の奥で、静かにため息をついた。


 『壁』のメイドが、探りを入れてきている。

 わかっているが、抑えられなかった。

 いや、抑える意味自体ないだろう。

 向こうは、もう確信してきている。


 隠しようがない。


 クアルトが四歳の頃から、彼女たちは気づいていた。

 ——この子は「普通」ではなくなっている、と。


 言葉の選び方。

 視線の動き。

 時折、年齢にそぐわない“諦観”のようなものが滲む瞬間。

 それらは、隠そうとしても隠し切れない変化だった。


 自分たちが世話してきた子供の中に、『誰か』がいる。

 彼女が、そう理解したのは影の出自を持つ者たちの中でも、比較的早い段階だった。

 一番近くにいたからだ。


 初めは、その“誰か”を警戒した。

 当然の反応だった。

 未知の存在は、脅威になり得る。


 だが——


 その“誰か”は、歳不相応な反応をするものの、根っこの部分はどうしようもなく『クアルト』だった。


 優しくて、臆病で、人を助けようとして傷つくタイプの子供。


 だから、彼女たちは決めた。

 この秘密は、墓まで持っていく。

 クアルトが望まない限り、誰にも言わない。

 誰にも触れさせない。


 以来、彼女たちはそのことを胸に秘めたまま、ただ静かに、クアルトを守り続けてきた。


 ——それが。


『守ろうとしたのが、裏目に出た・・・・・・』


 アンナは唇を噛んだ。


 王弟の前で、クアルトの“二重性”が露わになった。

 あの鋭い目は、すでに気づいている。

 気づいた上で、興味を持っている。


 王弟はごまかせるとしても、『壁』のメイドはだめだ。

 これは、もうどうしようもない。

 最悪の形だ。


 影の者たちが七年ぶりに動いたこと。

 その中心にクアルトがいたこと。

 そして、クアルト自身の“異質さ”。


 すべてが、王弟の視線の中で一本の線になってしまった。


 アンナは、そっとクアルトの背中を見る。


 ——この子は、ただ優しいだけなのに。


 後悔が、静かに押し寄せていた。



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