第48話 『目立たない動き』
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代官の処刑は、驚くほど静かに執り行われた。
王都の片隅、処刑台の周囲には誰一人として集まらない。
見物人も、野次馬もいない。
まるで、最初から存在しなかったかのように。
唯一、彼の上司である領主——パーヴェル子爵だけが、震える足を引きずるように王城を訪れた。
代官の暴走を止められなかった責任を問われるのではないかと、青ざめた顔で。
だが、王城で彼が告げられたのはただ一言。
「隠居を許す」
それだけだった。
子爵は深々と頭を下げ、そのまま領地へ戻り、静かに隠居を宣言した。
後に残ったのは、
——“一地方領地の代官の運命など、その程度のもの”
という事実だけ。
◇
ただし、王家から子爵家へ通達がひとつ届けられた。
「関係した者たちを、王都へ送り届けよ」
理由は書かれていない。
差出人は地方局の中級役人。
王家の紋章も、王弟の署名もない。
ただの事務連絡のように見える。
子爵家は、深く考えることなく従った。
大げさに騒ぐような内容ではない。
王都で一応の調査を行うのだろう、と。
だが——
その通達が、どれほど『異例』であるかを知る者は、王城のごく一部にしかいなかった。
◇
「なんで、こんなことに?」
クアルトは、コテンと頭を傾げた。
代官が捕まって、サラッと処刑される。
ここまでは、予想できていた。
多くの者が係ることになった事件だったが、王国全体から見れば些細なことだ。
当事者を処罰して終わり。
二年くらい隠れ住むことになるかなって考えたのは、代官が思いのほか理知的で慎重だったなら、あり得るという話だ。
実際は、予想以上に短絡的に動いて、自滅してくれた。
もう、それで終わりのはずなのだ。
せいぜい、子爵家から男爵家に賠償が行われるぐらい。
なんにせよ、クアルトが王都に連れてこられる理由はなかった。
——なのに、なぜ自分は王都にいるのか。
馬車の窓から見える王都の城壁は、やけに白く、やけに高く、やけに遠かった。
子爵家の紋章を掲げた護衛たちは、妙に丁寧で、妙に距離を取っている。
「……本当に、なんで?」
クアルトはもう一度、首を傾げた。
自分が何かした覚えはない。
代官を捕らえたのは兄だ。
地下に逃げた人々は自主的に逃げたのだ。
クアルトのことは、王家に知られるような筋合いはない。
そもそも、王家が地方の小さな騒動に口を出すこと自体が異例だ。
「……父上が、何か言ったのかな?」
いや、それも違う。
父は領地のこと以外には無頓着だ。
ましてや、王都に四男を送り出すような真似をするはずがない。
嫡男ならともかく。
「じゃあ……誰が?」
考えても答えは出ない。
ただひとつ確かなのは——
自分の知らないところで、何かが動いている。
それだけだった。
馬車は石畳を静かに進み、王都の門がゆっくりと開いていく。
クアルトは胸の奥に、説明のつかないざわめきを覚えた。
「……本当に、なんで?」
その問いは、誰にも届かないまま、王都の喧騒に飲み込まれていった。
「……」
首を傾げ続けるクアルトの横で、アンナが不満そうに馬車の天井を見上げている。
「……」
同じくアーネストも無言のまま自分の指先をにらみつけていた。
この状況は不本意だった。
クアルトが必要以上に危険な思いをしなくていいようにしたかっただけなのに、なぜか大ごとになっている。
兄が手柄を立てるだけで終わる案件のはずだ。
クアルトが目立つことなんてないはずなのに。
なんで、王都なんかに来なければならないのか。
◇
理由は、王弟だった。
王弟は、影が動いたと知って、まず『子飼いの情報組織』を動かした。
影が動いた理由を知りたかったのだ。
そして、報告が上がってきたのをみて、王弟は眉をひそめた。
——ピースが一つ、まるごと抜け落ちている。
逃亡は突然。
痕跡はほとんどない。
本人たちが自分たちだけの力で、姿を消したとは思えなかった。
しかも、逃亡経路が『きれいすぎる』。
影の技術を知る王弟には分かる。
これは影の仕事ではない。
影なら、もっと完璧にやる。
完璧に『濁らせる』だろう。
違和感すら残さない。
情報の空白など生まれない。
だが今回の逃亡には、『影ではない誰か』の手が入っている。
『誰か』がいた痕跡が抜けている。
王弟は静かに思考を進めた。
「影ではない。だが、影を自主的に動かす人物がいる……?」
影が動いた理由は、事件の規模ではない。
『人』だ。
そして、情報を照らし合わせると、『空白』にぴたりとはまる人物が一人だけいた。
——クアルト。
男爵家の四男だ。
何年も動きのなかった代官の支配下で物事が動いた。
その時、『そこ』にいた人物。
代官が兵を動かしたとき、捕縛に動いた男爵家嫡男。
彼を動かせる人物。
王弟は、そこで初めて興味を持った。
「影が七年ぶりに動いた理由が、この少年だというのか?」
まさかと思い、追加調査をさせてわかった。
『影』の流れを汲む者たちが、彼の『使用人』を務めていると。
王家が口をきいた新たな勤め先——その中でも最も地味な場所に入り込んでいたことを初めて知った。
クアルトという少年は、影に守る価値があると思わせる『なにか』を持つ存在だ。
王弟は、静かに決断した。
「……見ておく必要があるな」
だから、関係者を王都へ呼び寄せる通達が出されたのだった。




