第47話 『王城の影(静かなる報せ)』
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王城の執務室に、ひとつの『書簡』による報告が届いた。
羊皮紙に刻まれた一見時候のあいさつでしかない手紙。
ただし、どうやって届けられたかはわからない。
気づいたら執務机の上に置いてあった。
黙って置いていくとは何事か、思わず近侍の者を呼びつけそうになって、寸でのところで声を呑んだ。
書簡の表面に、自然なシミが不自然につけられている。
『彼ら』の手による偽装だった。
七年前に廃止されたはずの、王家直属情報部の『印』。
王弟は最初、目を疑った。
「……まさか、これは……」
だが、間違いようがない。
「なぜ、いまさら? 何があった?」
彼は羊皮紙を手に取り、懐かしむように指でなぞった。
慌てそうになる自分を抑え込み、内容を確認していく。
「・・・こんなことで?」
内容は、彼らが動くには小さすぎる地方トラブルだった。
本来なら、王家が動くまでもない。
地方担当官の仕事でしかない。
役所の中級役人で片付くようなものだ。
「では、なぜ……?」
王弟は心底不思議そうに首を傾げた。
十年以上、出ていなかった癖だった。
二十代ならともかく、四十路でやるのはどうかとやめていたものだ。
「七年間、彼らは一度も力を使わなかった。王家を動かすことも、国を揺らすこともできたのに・・・」
『彼ら』は王家の秘密の任務にも従事していた。
その気がありさえすれば、王家の権威を失墜させることすら可能な存在。
それが『動いた』という事実。
何があったか、どんな理由があるかは知らないが、『何とかしろ』ということだ。
拒否はありえなかった。
そもそも、知らされれば結論は一つの案件。
悩むまでもない。
王弟はそのまま、公的な書類用の紙を引き寄せ、羽ペンを走らせた。
通常なら、こんなことで使う書類ではない。
代官への裁定を定め、担当部署に通知する。
「これを、届けてくれ」
近侍の者に、書類を手渡した。
「・・・・はい」
近侍の者は、あまりにも下の役所宛のそれを、一瞬だけ眉をひそめて受け取った。
王家は彼らを従えない。
彼らの意思に介入することもできない。
だが——
彼らが一度動けば、王家は動かざるを得ない。
それが、かつて『影』と呼ばれた者たちの力だった。
◇
「やれやれ、なまっとるわい」
白いひげの老人が、肩をぐるりと回した。
着ているのは、最近の若者がピクニックに行くような軽装。
どこかの隠居が、孫と散歩に出かけた帰り道——
そう言われれば誰も疑わないだろう。
ここが王城の中庭でなければ、の話だ。
「……そのようですわね。下っ端の小娘ですら気づいていましたよ」
孫娘が、呆れたように言う。
王弟の執務室に“潜入”したことを指している。
「そうじゃろう。うむ。なまっとる」
老人は困ったものだとつぶやくが、その目はまったく困っていない。
気づかせたのも、ここでのんびりしているのも、すべて“わざと”だ。
「おじいさま、また動き出すおつもりですか?」
歳を考えてください、と孫娘——現王のメイド長が目を細める。
「なに、『仕事』はせぬよ。老後の趣味の運動にすぎん。少なくとも、現王のメイド長様の手を煩わせたりはせぬ」
「なら、いいですけど……」
何をしているのか追及する気はない。
ただ、余計なことをしないでほしい——
そんな気配を残して、メイド長は肩をすくめた。
そして、ふっと——『消えた』。
「……少し、腕を上げたようだの」
老人は満足げに頷き、
次の瞬間、自身もまた掻き消えた。
風だけが、何事もなかったように中庭を吹き抜けていく。
——クアルトを、二年間も僻地にいさせたくない。
ただ、それだけの理由で動いた『王国の影』。
それが、彼らの意図とはかけ離れて事態を動かし始める。
「わし自身、またこんなことをするとは思っとらんかった」
完全に引退し、『影』だったことすら忘れて『一介の年寄』となったはずだった。
事実、クアルトが四歳になるまでは子守をするだけの『おじいさん執事』だったのだ。
それが、『あの日』変わった。
ずっと、感情を出さないことを気にかけていたクアルトが、突然、感情的になって、必死な様子を見せた『あの日』。
あの騒動以来、クアルトは『ある人物』と同じ気配を放ち始めた。
老人が幼い日に会った『あの人』。
『影』の道を進むきっかけとなった、『あの人』と。
それからは、クアルトの成長に全力で向き合ってきた。
「あの子の生末を見届ける。それが、わしの人生最後の役目だ」




