第45話 『焦燥そして憤怒』
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食糧と銅がなくなったわけだが、それが認知されるには時間がかかった。
なんと、四日間もの間、報告されないまま放置されたのである。
ただし、別の報告は上がっていた。
各倉庫における管理担当者の無断欠勤という形で。
なぜか、倉庫の管理に当たる担当者が、毎日姿を消すという現象が起きていたのだ。
しかたなく非番の者を穴埋めに行かせたが、これも消えた。
一体何が起きているのかと、倉庫管理の上部組織が調査に乗り出したことで、ようやく原因が判明する。
ここまでに四日かかった。
倉庫管理担当部署の人間が誰もいなくなるまで四日かかったからだ。
正確には、誰一人として勤務していないと発覚するまでに四日かかったということだ。
ただ、原因究明はすぐに終わった。
調査する必要もなかったからだ。
見ればわかる。
そういう状況だった。
全ての倉庫が空っぽだったのだ。
その事実があれば、推測はすぐにできる。
倉庫が空になっている事実を目の当たりにして、逃げたのだと。
このままでは管理担当の部署にいた人間は全員が責任を追及される。
叱責で済むとは思えない。
良くて奴隷落ち、最悪処刑だ。
そう考えた。
だから逃げたのだ。
誰も責任を取りたくない。
誰も報告したくない。
そんな空気が、四日という異常な空白を生んだ。
「なにも逃げることはないだろうに・・・」
空っぽの倉庫で、調査を担当した中間管理職は溜息を吐いた。
「いや、これは逃げますよ!」
隣にいた補佐官の女性が、とんでもないと首を振る。
「そうかな?」
「当然でしょ。こんなにきれいになくなっているんですよ? 手引きした者がいると考えるのが当然というか、私ですら疑います。代官なら即『横流し』と決めつけかねません」
盗まれたのだとしても、倉庫関係者らが知らぬ間にではなく、何人かを買収か脅して鍵を開けさせたと考えるのが妥当だと主張する。
事実として、倉庫には全く損傷がないのだ。
これではどこかに穴を開けて侵入、盗み出したとは考えにくい。
無理にそういう手を使ったのだと考えて見ても、誰にも気づかれないで運べる量ではないのだ。
食糧なら、まだ何とかなるだろう。
だが、銅鉱石を全て盗み出すなんて、どうすればできるというのか。
現状を目の当たりにして、たっぷり二十分考えたが、納得のいく説明はただ一つ。
【倉庫関係者全員が結託して運び出した。】
これしか思いつかないのだ。
運び出すのに必要な時間、労力を考えればそれでも無理目だが、一番可能性が高いのは絶対にこれだった。
全員と面識があり、彼等の性格から言って「それはない」という信頼がなければ、自分も間違いなく倉庫関係者が犯人と決めつけている。
代官は言わずともがなだろう
これは逃げるしかない。
事実盗まれているのだから、責任はあるのだと死を覚悟すれば別だけど。
正直、あの代官のために責任取らされるなんて嫌だ。
最低賃金しかもらえず、ボーナスもカット。
人件費を削減されて必要人員に達していないので、権利があるはずの休みさえない。
これでは、忠誠心なんて持てやしない。
責任感も、だ。
そりゃ逃げる。
「どうしますか?」
補佐官が問う。
「逃げるか」
溜息混じりに中間管理職が答えた。
「いいのですか?」
「私一人なら、真正直に報告へ行ってもいい。八つ当たりで斬り捨てられようと、ムショに放り込まれようとかまわんからな」
妻に先立たれ、一人暮らしなのだ。
「だが、娘や娘婿の家族を巻き込みたくはない」
少なくとも、罪に問われるようなことにはさせられない。
それが、逃げる理由だった。
「娘婿の実家が、中央の町なんだ。そこでしばらく厄介になるとしようかと思う」
「あー、ですね。代官が怖いのはこの町でだけのこと。他の町まで逃げれば安全ですか」
なるほどと補佐官は頷いた。
だから、倉庫担当者たちも、さっさと逃げを選べたのだ。
「報告する役目は、銅鉱石を扱う商人に任せよう」
倉庫担当者が誰一人仕事をしていないと告げに来たのも、彼等だった。
商人相手なら代官も無体なことはしないだろう。
◇代官◇
「なんだ、それは。なんだ、それはぁぁぁぁぁ!!!!」
報告を聞いた代官は、わかりやすく激高した。
近くにあったものを蹴倒して、投げつけた。
そして――
「兵を集めろ」
無謀な命令が発せられた。
代官の軍勢が進軍を開始した。
目指すは、現在クアルトの父が治める領地内にある『名もなき村』。
理由はない。
証拠もない。
ただ、そこに『逃げたかもしれない』という、代官の焦燥と怒りが導き出した結論だった。
「よいか、見せしめだ。あの村を焼き払え。奴らに、我が怒りを知らしめよ」
号令とともに、兵たちは動き出した。
愚かなだけの命令を叫んでも、誰も止めない。
誰も諫めない。
それが、彼の立場をよく表していた。
最初は威勢がよかった。
だが、領地の境を越える頃には、列の後方が妙に静かになっていた。
気づけば、兵の数が減っている。
馬の足音がまばらになり、鎧のきしむ音もまばらになった。
それでも代官は、前だけを見て進んだ。
振り返らない。
見ない。
見たら、崩れると知っているからだ。
「……構わん。ついて来る者だけで十分だ」
声に出してみる。
誰に言うでもなく、自分に言い聞かせるように。
だが、心の奥底ではわかっていた。
これは『進軍』ではない。
『敗走』だ。
誰も命令に従っていない。
誰も、代官を信じていない。
兵たちは、命令に従わないのではない。
従う理由が、もうどこにもなかっただけだ。
給金は遅れ、装備は古く、補給もない。
忠誠心など、とっくに枯れていた。
それでも、代官は事実を認めなかった。
認められなかった。
認めた瞬間、自分が壊れると知っていた。
それでも、止まれなかった。
止まれば、すべてが崩れる。
だから、進むしかなかった。




