第32話 『怒られた』
2/2
帰ったら、超笑顔のアンナがいた。
腕組みをして仁王立ち。
うん。
角が幻視できたよ。
別行動になってからおよそ8時間が経っていたのだ。
地下なので陽の高さで時間を測れなかったし、そもそも時計なんて持ってないしな。
時間が分からなかった。
ゴーレムをたくさん作れて楽しかったし。
ああ。作ったゴーレムは坑道の横穴の一つに隠してある。
アンナたちは平気だと思うが、村人たちには刺激が強すぎるだろう。
「夕食も取らず、なにをしていらしたのですか?」
アンナの声は笑っていたが、目だけは笑っていなかった。
その奥に、はっきりと“恐怖”があった。
「ご、ごめんなさーい!」
もう、これは言い訳が通るレベルではない。
かの有名なジャンピング土下座を披露した。
・・・膝をすりむいて、余計に怒らせてしまったのは誤算だ。
「すっごく、おいしいよっ!」
お世辞ではなく、本心からの賛辞を贈った。
石鍋で煮た根野菜のスープである。
わずかに感じる肉のうまみは、おそらくわずかに持ち出せた乾燥肉のものだろう。
あまりに少ないので節約しているらしい。
服の下に忍ばせる程度にしか持てなかったからな。
さらわれることは予想していたが、鞄とかもいっしょに運んでもらえるとは思えなかったので、服で隠せる程度にしか用意できなかったのだ。
充分とは思えないらしい。
ここでの生活がどれくらいの期間になるかわからないからな。
出し惜しみされている。
「にしても、よく頑張ってくれたよ」
焚火を囲んでいる状態で、横に目を向けた。
今夜の寝床がある。
クアルトが坑道の探索に出るとき、当たり前のようにアンナたちもついて来ようとしていた。
メイドと執事だが、一応護衛でもあるからだ。
だけど、『オレ』は断った。
もちろん、反対されたのだが、ここはゆっくりと説明した。
「家がないぞ」と。
隠れ里に宿屋のあるはずがない。
客が来るような場所ではないから、住人の家は住人たちの生活に『ギリギリ足りない』大きさの住居しか作られていなかった。
ギリギリ足りない理由は、土地が狭く資源も少ないからだ。
充分な広さをと考えたら、あっという間に過密になる。
それは避けたかったのだろう。
遠慮がちだ。
そんなわけで、アンナたちには三人で住むための家づくりを頼んでおいたのだ。
入り口から一番奥の不便な位置。
材料はまともには使えず奥に捨てられていた端材。
ちょっとハードルが高めだったが・・・見事に作ってのけてくれていた。
石の欠片を積み上げ、土を練った泥で覆い、その土を畑から抜き取られて棄てられていた雑草を使って焼く。
恐ろしく原始的で簡易的だが、石壁と煉瓦の複合技で壁が作られている。
屋根も雑草だ。
うまく編み込んでゴザを作り、それを何枚か重ねる。
木材は貴重なのだろう、支柱も石を積んで作った石柱だ。
寝ていて蹴っ飛ばそうものなら、いろんなものが雪崩を起こしそうで怖い。
実際、それが高確率で起こりそうなくらい狭かった。
4帖——6メートル四方ってところだろうか。
頭頂部が開いている石と泥のかまくらの上に、葦ですらない雑草で編んだゴザ数枚を重ね、石を積んだ石柱で支えているという簡素な家・・・家?
テントなのだ。
材料はともかく、これはテントでいいだろう。
うん。
アンナたちには悪いが、ちょっと怖い。
明日、『亜鉛』でパイプでも作ってこよう。
そうすれば、もうちょっとマシなものが作れるはずだ。
「アンナ、お茶なんてあったりする?」
食後ちょっと寛いでいた体を起こして、問いを投げた。
「わずかですが香草がありましたので、香りを楽しむだけなら。・・・なぜですか?」
「お客さんが来るからさ」
『鶴』を飛ばして監視させていたのだが、こちらにまっすぐ歩いてくる人影がある。
一人ということは襲撃ではないだろう。
お客のはずだ。
「そうですか」
小さく頷いて、アンナは石鍋で湯を沸かし始めた。
「えっと。こんばんは?」
なんで疑問形なんだよ!
やってきたのはセティだった。
当然か。
こういう状況でクアルトに会いに来るなら彼女しかいない。
「こんばんは」
とりあえず普通に挨拶を返した。
他にどうしろと?
あとは、身振りで中へ誘った。
外で立ち話は・・・いろいろと問題が起きそうだ。
中での密談も、だけどな。
外よりはマシだろう。
『オレ』の気分的に。
「何か用なの?」
とりあえず、アンナがお茶を振舞うのを待って声をかけた。
性急に事を進めてはいけない気がする。
怯えさせたり警戒させたりは円滑なコミュニケーションの害にしかならない。
ブラック企業ではパワハラ上司に委縮してしまった同僚たちが、効率を落としていき最後には小学生でもしないようなミスをして仕事にならなくなるのを見て来た。
怒鳴ったり、痛めつけたりしても仕事ははかどらない。
むしろどんどん遅れていくものだ。
「今後のことを聞きたくて」
「今後、か」
まぁ、当然それが気になるだろうな。
さて、どこまで話すか。
「始めに言っておくけど、今回の件は兄上が処理する。僕が何かを・・・あー違うな」
どう言えばいいんだろう?
自分でも自覚がないまま、『オレ』も相当に緊張しているようだ。
アンナから渡されたお茶をすすりながら、考えをまとめてみる。
「対外的には、解決するのは兄上となる。僕がするのはお膳立てだけになるだろう」
四男が目立っていい場面ではないし、そもそもクアルトが出しゃばってはいけない。
「それは・・・わかる気がします」
うん。彼女も人の上に立つことを義務付けられている存在。
その辺の感覚はあるようだ。
「もっと言うと、僕は今回のことで何かをしようというつもりはほとんどない。正直に言うと、僕は単に自分の興味に従って行動するつもりだ。ただし、できるだけ兄上の役に立つ方向にもっていこうとはするってだけだ」
これが、『オレ』の本心だ。
そして、『僕』も同じ意見であることを確認している。
手柄は長兄に。
何か問題が起きれば、その責任は不要な四男に。
貴族の家に生まれたからには、それが責務だ。
そして、貴族家の男児たる誇りでもある。
「な、なるほど・・・」
眉が下がった。
「そう、ですよね」
セティの指先が、膝の上でぎゅっと握られた。
期待がしぼむ音が、聞こえた気がした。
本当はもう少し違う言葉を聞きたかったんだろうな。
例えば、「心配いらない、僕が全員助け出す」とか「作戦がある。指示に従っていれば悪いようにはしない」とか。
そんな感じか?
世の中、そんなに甘くはないぞ?
それはそうと・・・。
「知っていたらだけど」
「はい?」
「代官は、一体何をしたいんだ?」
なんかすごい必死に『銅』を掘らせているようだけど。
「あ。ああ。えっと、貴族になるのに金が必要だと言っていたと聞きました」
「金?」
おかしなことを。
金銭で貴族の称号は買えないぞ?
「あの・・・」
首を傾げていると、アーネストが口を挟んできた。
好感を持てない表現だ。
だが、主と客人の会話に使用人がなので、『挟む』で間違っていない。
「どうした?」
小さく頷いて発言を促した。
発言を許すってことだ。
「準男爵位のことではないですか?」
準男爵?
「ああ」
なるほど、と思わず合点をしてしまったね。
『準男爵位』。
別名『平民の称号』。
ようは、武功を上げたものに贈られる『騎士爵』の文官バージョンのことだ。
町の運営などで著しい発展を遂げさせると貰えることがある。
管理能力の低い貴族が部下に街の管理を丸投げしているような状態で、かつ、その発展度合いが著しいときに認められる制度だ。
まともに管理できずにいる貴族には価値がなく、街を発展させる人材の方が国家には重要だから存在する仕組みだ。
場合によっては、元々の領主である貴族に部下が取って代わるなんてことも起こり得るが、それはよほどのことがない限りおこらない。
たいていは、元の上司である貴族の下で働く下級貴族という扱いになることが多いのだ。
そのために与えられるのが『準男爵』という称号である。
平民でもなれる可能性がある『貴族』。
ただし、貴族社会からは『貴族』と認めてもらえず爵位はあるが実を持たない『称号』として扱われる。
「名ばかりなのに」
名誉はあるが、何の権力もない。
「名ばかりであっても、爵位を持ちたいという平民は多いんですよ」
「くだらない」
吐き捨てる。
実感がこもりまくってしまった。
貴族なんて、なろうとするほど良いものではない。
前世では興味なかったし、今世では産まれついての貴族だからかもしれないが、本気でそう思う。
貴族として教育されたからわかるのだが、いわゆる『高貴なるものの義務』というのは思いのほか厳しく面倒なものなのだ。
とはいえ、納得はできた。
どんな誤解があるか知らないが、『準男爵位』狙いなら、確かに金は必要だ。
莫大な金が。
『もともとの町の税収』を最低でも五倍にしないといけない。
はっきり言って現実的ではない。
600年続く王国にあっても『準男爵位の叙爵』は8例しかなく、そのうちの6例は戦争と災害で数年間は滅んだも同然だった街の復興に寄与した者のことだ。
他の2例は、突然鉱山が発見された町と、隣国の戦争特需があった町となっている。
それを実現させようとしたら、そりゃ強引な手法にもなるだろう。
「理解した」
頭が痛いが、そういうこともあるんだろうと納得はした。
名前ばかりでもいいから称号が欲しいって人はいくらでもいるからな。
実質ただの使いっ走りなのに『課長補佐』とか呼ばれて喜ぶ輩はどこにでもいる。
で、『準男爵』の正しい知識もないと見た。
貴族でもなければ学ぶ機会はないし、書物になっていることもあり得ないから仕方がないが——聞いた感じ、『金さえ積めば何とかなる』と思い込んでいるようだ。
『オレ』はため息をついた。
こういう“勘違いした平民”が、一番厄介だ。




