第17話『副ギルド長の独り言』
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「いらっしゃいませ。ご用件を承ります」
受付に立つと、前と後ろが茶色で左右に黒と白の毛がある受付嬢が対応してくれた。
頭の上に猫耳。
獣人だ。
この世界には数多の種族が共存している。
エルフやドワーフ、ドラゴニュートとかの亜人。
マーメイドやケンタウロスのような、意志疎通が可能な生物がたくさんいるのだ。
中でもダントツで多いのが獣人である。
一括りで獣人と称するが、中身は雑多だ。
犬、猫、兎、獅子、馬、牛などなど。
多岐にわたる。
対応してくれるのは猫耳族の女性。
たぶん、『三毛猫』だ。
かわいい・・・可愛いか?
ちょっと微妙だよな?
コホン。
それはいい。
「ゴミ置き場の管理について、言いたいことがある。副ギルド長に会わせて欲しい」
苦情を言いに来たわけではないので、穏やかに用件を伝えた。
「こちらでご用件を伺うというのではいけませんか?」
さすがに、アポなしでいきなり副ギルド長に会わせるわけにはいかないらしく、遠回しに拒否が告げられた。
副ギルド長に会わせてほしいと言っているのに、「こちらで」なのだからこれは拒否だろう。
「忙しいとか、留守とかなら仕方ない。でも、ちゃんといて、10分くらいの融通が利くなら、会わせて欲しいんだけどね」
にっこりと微笑んで、告げてみる。
この場で大声を出すとか、脅迫まがいの言葉を叩きつけるのは悪手だ。
一瞬で叩き出される。
穏やかに。
あくまでも穏やかに告げるのが、交渉技術というものだ。
「・・・聞いてみます。少々お待ちください」
受付の女性が折れて、席を立った。
あとは、副ギルド長という人の判断がどう出るか、だ。
◇
コンコン、コン。
ドアがノックされた。
足音が聞こえていたから、誰かが来るのはわかっていたが、残念だ。
もう数メートル進んで、ギルド長の部屋をノックすればいいのに。
たった今、目を逸らしまくっていた書類にイヤイヤ目を向けたばかりだったのだ。
ただでさえやりたくないデスクワークなのに、向かい合おうとした途端邪魔が入るとか、本当に嫌になる。
いっそ、窓から飛び出して逃げようかしら。
剣一本で好き勝手していられた自由人に戻るのだ。
素晴らしい。
「はぁー」
ため息が出る。
夢想は楽しいが、できもしないことを考えてもむなしいだけだ。
『微笑みの天使』。
師匠の後ろ姿が思い出される。
彼女のような『終わり方』は、自分にはできないのかもしれない。
すでに50を過ぎ、豊かだった金髪は量も色も薄くなった。
ひとは『プラチナ色で素敵』などと言うが、年を取ったことに変わりはない。
瑞々しかった白い肌にはシミができ、荒くれどもに『天使』などと大層な二つ名を付けさせた顔にはシワがある。
一級冒険者にして『天使の剣』の二つ名で知られた『』も歳は取るのだ。
コンコン、コン!
少し硬くなったノック音が、逃避しようとした意識を引きずり下ろした。
物思いに耽るというわずかばかりの贅沢すら、この部屋ではできない。
「入りなさい」
仕方ない、とは心の中だけで呟く。
呟いてもいいが、罪のない職員を怯えさせては可哀そうだ。
「失礼します」
入ってきたのは受付業務を担当する女性だった。
確か『ラトアナ』という名だっただろうか。
三色の毛色に不満たらたらの猫獣人だ。
茶色か、黒か、白。
どれか一色だったらいいのにっ。
そう愚痴を言いながら酒をあおる姿をたまに——ときどき? しょっちゅう見かける。
「どうしたの?」
興味はないが聞かないわけにいかないので問いかけた。
「副ギルド長に会わせろって。人が来てます」
端的に報告された。
「は?」
ちょっとやめてほしい。
充分にシワが刻まれているのに、眉間のシワをさらに深くしてしまった。
その手の飛込での接見要求は断固拒否。
何なら力づくで追い出せと指示してあったはず。
わざわざ報告に来るなんて!
「指示は知っています。ですが、お会いしたほうがよろしいかと」
すっと、表情を消して告げてくる。
一瞬、背筋が寒くなった。
冒険者ギルドの職員には二種類いる。
正真正銘接客業の一般人と、元冒険者が訳ありで職員を演じているものとだ。
もちろん、『ラトアナ』は後者である。
「普通じゃないってことね?」
「ええ。まともじゃありません」
小さく頷くラトアナが怖い。
この子が『普通じゃない』と言うからには、本当におかしいのだろう。
「どんな人物なの?」
「身なりは裕福な商家の子供です」
「依頼人かしら?」
子供が依頼人というのは珍しいことではない。
誰かの誕生日プレゼントに奇麗な石を探してきてほしいとか、病気の親のために薬草の採取をしてほしいとか、よくあるのだ。たいていは依頼料が少なすぎて話にならないのだが、気のいい誰かがボランティアで引き受けてくれたりする。
「ゴミ置き場の件で話したいそうですよ」
依頼ではない、と。
「苦情?」
なにしろモノがゴミだから、苦情は出やすい。
夏場などは臭いの問題や虫の発生、冬場は主にネズミが餌場にするということで苦情が来るのだ。
「声に怒りや不満は感じません。むしろ穏やかですらあります」
苦情でもない。
「えーっと、その子は一人?」
たまたま町で遊んでいてゴミ置き場を発見、なにか意見を言いたくなってやってきたとか?
・・・ないか。
その程度の思い付きで、いきなり冒険者ギルドの副ギルド長を名指しはしないだろう。
「20前後の女性を連れてますね」
「お姉さんかしら?」
母親ではないだろう。
「メイドです」
「・・・メイド服を着て歩いているのかしら?」
そんな恰好で外に出ると、犯罪に巻き込まれやすい。
常識ある人間なら、そんな真似はしないはずだ。
なにかの用事で外へ出る場合、目立たないローブなどを羽織るのが一般的である。
「いいえ。服は一般的な私服ですよ」
「それなのにメイドと言い切るのね?」
「ええ。付き添っている子供との距離感、視線の動き、立ち居振る舞い。すべてがメイドだと言っています」
「20前後なのに、熟練の域ってことかしら?」
「そう見せるために、あえてわかりやすい態度を取っていると見ました」
つまり、熟練以上ということ。
「・・・わかった」
頷く。
この問答で、相手の素性はある程度知れた。
というか、それしかないだろう。
『貴族』だ。
20前後で熟達者のメイドというのは古い貴族家に仕える者以外いない。
世襲で貴族家に仕える使用人の家に生まれた者だけが、なれるものだからだ。
そして、この町で貴族、なおかつ子供なら考えられるのは二人。
メリマルゴール男爵家の三男か四男だけだ。
長男と次男はすでに『子供』と言える年齢ではなくなっている。
そして、三男であろうと四男であろうと、名乗られていない限り『貴族ですか』とは聞けないのがマナー。
明白にそうだとわかっていても、知らないふりをするのが不文律である。
わざわざまどろっこしい会話を続けたのもそのためだ。
ストレートに『貴族の坊ちゃんらしいのが来ました』とは言えないし、『貴族なのではないの?』と問うてもいけないから、遠回しにする必要があったのだ。
100年ほど前の王国で、貴族が貴族というだけで民を虐げていた時代がある。
貴族だとわかったら従わなければならないという法律まであったとか。
たいていの貴族はそれを当然のこととして我が世の春を謳歌していたが、わずかながらもそれに異を唱えるまっとうな貴族もいた。壮絶な権力闘争の末、前者が滅び後者が生き残った。
その結果、貴族が自ら『貴族』だと名乗らない限り、『貴族』として扱わなくていいという風習が根付いて今に続いている。
町中で『俺は貴族だ』と言うのはかっこ悪くて恥ずかしいことだとする風潮があるということだ。
風潮なので、今も『貴族風』を吹かして威張る者は存在しているけれど。
たぶん、四男のクアルト様ね。
ほとんど二択だが、間違いないと確信した。
つい先日、『神託』を受けたばかりだから、ちょっと浮かれてでもいるのだろうか?
それで『ゴミ置き場』に興味を持つというのも不思議ではあるけれど。
なんにしても、間違いなく言えることがある。
『お会いした方がよろしい』と。
「お通しして」
「はい」
ですよね、と頷きラトアナが部屋を出ていった。
一線を退いているのが、本当に惜しい。




