第15話 『町裏』
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買い物は主に日持ちのする焼き菓子だ。
遠征先は領地の境目にある町、いわば州境の辺境になる。
都会では手に入り難い新鮮な農作物や肉類が手に入る一方、こういう手の込んだ嗜好品は少ないのだ。
あと、ペクンの町があるハーヴェル子爵領には、水場が少ないので魚も少ない。
メリマルゴール領は南に大きな湖があるから魚も獲れる。
干物や塩漬けが名物となっているから、アンナはこれも大量に買い込んでいた。
もっとも、多くは干物だ。
塩漬けの樽は重いからな。
「えっと。結構な量だと思うんだけど、そんなに必要なの?」
なんというか、干物で全身が覆い尽くされるほど買っているので引いてしまった。
毎回こんなにお土産を持って帰っていたのだろうか?
「え?」
なぜか驚かれた。
不思議そうな顔をされている。
え? こっちがおかしいのか?
「違うの?」
「あー、っと。お土産は焼き菓子だけですよ」
「なら、それは?」
大量の干物を指さしてみる。
「・・・転売します」
「はい?」
え? 今『転売』って言った?
「も、もしかして、ペクンの町で売ろうとしている?」
転売というからにはそれしかないとは思うが念のため確認してみた。
「・・・はい」
当たった!
じゃないっ!
マジか。
「そ、そんなに給金少ない?」
安い賃金でこき使われているのだろうか?
「給金は普通です、少し多いくらいです」
「なら、なぜ?」
聞くと、チッチッチッと人差し指が振られた。
「お金は多くて困ったりはしないものですよ?」
世界の真理を告げるかのような、厳かさで言い切られた。
いや、それは否定しないけれども。
さすがにちょっと、いや。かなり引くぞ?
知らなかったアンナの一面に、ドン引きだ。
天真爛漫は言い過ぎだとしても普通に『女の子』だと思っていたのに、金にガメツイ子だったとは。
意外過ぎる。
・・・・・・。
反省した。
おっさんの偏見だったと。
前世なら確実に『老害』、『昭和の愚物』扱いだな。
『女の子』の解釈は人それぞれだし、身体の性別が女だからって誰かの勝手な価値観で作られた『女の子』像に従う義務はないのだから。
なんにせよ。
旅の準備は終わった。
遠征に必要なものは食料も含めて遠征隊が用意するはずだし、そう聞いている。
訓練とも言っていたので、全て任せるつもりだ。
・・・こそっと、三日分の非常食を確保しているのは内緒である。
「っ、な、なに、この臭いっ!?」
突然、アンナが立ち止まって叫んだ。
いや、クサいのは君もだよ? とはさすがに言えないので、唇を噛んで耐えた。
だが、「なに、この臭い」と、自分の口からも同じ言葉がこぼれた。
干物の匂いももちろん、人によっては「クサい」となるが、まだ食べ物としての体裁を保っている。
保てていないものも世の中には存在するが、アンナが今身にまとっているのはそうではないものだ。
今、臭ってきているのはそういうのとは明らかに一線を隔したものだった。
腐敗臭やそれに近い何かだ。
顔を巡らすと、あった。
においの元だろうモノが。
というか、そのモノを積んだ荷車だ。
ゴミを大量に積んだ荷車を、子供たちが引いたり押したりしている。
「ああ」
なんなのかわかったアンナが、疲れたように息を吐きだした。
気持ちはわかる。
町には不可欠のゴミ回収だと知れたのだ。
そして、この世界でのゴミ回収はまともには働けず貧しい、そんな子供たちの仕事というのが常識なのだ。
虐待ということではない。
大人がしてもいい仕事ではある。
ただ、できるからと大人がすれば他に仕事のない子供が飢えるので、ある程度身体が成長すると自ら退くのが不文律の掟となっていると聞いたことがある。
町のインフラの一環なので、領主家では常識だ。
社会に必要な仕事なので、決して見下すことは許されない。
そのことは貴族家に仕える者なら当然に理解していることだ。
なので、アンナは思わず叫んでしまった口を押えて、青い顔をしていた。
軽率すぎたからな。
買い物で気持ちが少し浮ついていたせいだろう。
仕方のないことだ。
それよりも・・・。
「なんだよ!」
鋭い声が叩きつけられた。
不用意に近づきすぎたようだ。
ふらふらと荷車に寄ってしまっていた。
「すまない・・・これ、どこまで運ぶんだ?」
一応謝って、頭も下げた。
そのうえで質問させてもらう。
声を叩きつけてきた少年——だぶん次兄と同じくらいの年齢——が、驚いたように目を見開いた。
謝られるとは思わなかったようだ。
「そ、そんなこと聞いてどうするんだよ?」
なにをしたいかわからないから不安なのか、少し苛立っているようだ。
「ちょっと頼みたいことがあるんだけど、君たちに頼むのはたぶん筋が違う。だから、運んだ先の責任者に会いたいんだよ」
この子供たちは『運び役』で、管理や処理は別の者がしているはずだからだ。
『お前らじゃ話にならない、上司を呼べ』に聞こえてしまうかな?
「ふーん。そういうことなら、勝手についてくればいいだろ」
ツンっとそっぽを向かれた。
教えたくない?
違うな。
教えたくても何と言えばいいかわからないのだ。
運ぶ先は知っていても、それが何という場所なのかを知らないのだと思う。
「そうだな。そうさせてもらおう。アンナは帰っていいよ」
買い物は済んでいる。
あとはどこかでお茶して帰ろうと思っていただけだ。
・・・大量の干物のせいで無理かなーって思い始めてはいたけれど。
「いけません。一人で帰ったのでは『側付き』の面目が立ちませんから」
拒否られた。
代わりに、干物がさらりと消える。
『魔法の鞄』にしまい込んだようだ。
言わずと知れたマジックアイテムで、一般的なものだと見た目がハンドバックサイズでも、旅行用の鞄二つ分くらいは入る。
いや、それなら初めから入れといてよ!
なんで体を覆うような持ち方してたのか。
なにかこだわりでもあるのかね?
・・・まぁ、いい目隠しだったんだろうけど。
「・・・いくぞ」
少年が声をかけると、止まっていた荷車が動き出した。
彼らの服は薄く、袖口は擦り切れていた。
手伝いはせず、横を歩く。
臭いはキツイが、努めて無視をした。
彼らは、これをいつも耐えているのだ。
同じくらいの年齢の子たちに負けるわけにはいかない。
意地でも、平然と歩いて見せる。
誇りの問題だ。
手伝わないのもそう。
平然としてみせるのはクアルトの、手伝わないのは少年の、それぞれの誇りを守るためだ。
意地でも通すべき誇りである。
ゴミ置き場はそう遠くもない場所にあった。
メインストリートから路地に入った裏道の奥である。
別にいかがわしいとかはない。
単に『裏方』の町だった。
消費者に製品を売るような店ではなく、そこで売るもの、そのさらに材料をつくる工場とそこで働く人たちの町が広がっているのだ。
「なるほど」
来た道を振り返ってうなずく。
わざわざ来ようとしないと入ってこないようになっていた。
道幅や曲がり角の多さなど、随所に人避けの工夫がされている。
これは、わかっていないと入ってこられない。
そして、ゴミ置き場も窓のない建物に囲まれた一角にある。
天井はあるが壁のない空間だ。
周囲の建物に窓がないのは、特殊な薬品を使っているか光を嫌う材料を使っているかだと予想する。
前世世界で働いていたブラックな会社がそうだったのだ。
淀んだ空気が漂っている。
生ゴミの酸味と、湿った紙の腐った匂いが混ざり合っていた




