第128話 『到着』
王都が見えた。
それで気が抜けた・・・わけではない。
だが、速度は落ちた。
ガクンっと前に投げ出されそうになる。
「おおっ」
柵を握る手に力を込める。
その瞬間。
今度は加速した。
「ぐおっ」
今度は後ろに引かれた。
思いっきり仰け反る。
ドローンの回転翼が、さらに高い音で唸る。
「あ。これちょっとまずいかも。しっかり摑まって」
自分でも柵にしがみついて、声をかける。
ドローンが、もう限界だった。
制御から外れかけている。
「まずいって、どうなるんです?」
レーデルフィーヌが聞いてくる。
「ドローンが止まらなくなった……かも」
速度を落とすには、王都がまだ遠い。
制動はかけられない。
だから、『かも』だ。
ただ、緩めることもできなくなっている。
最大速度を超える速度にはなるのに、だ。
うん。
端的に言って『暴走中』だった。
「大丈夫なのですかな?」
レイモンドの声は、なぜか穏やかだった。
この速度の中で、ひげを撫でつける余裕すらある。
「大丈夫じゃないよ!」
クアルトが叫ぶ。
風にちぎられそうな声だった。
ホバークラフトは、
もはや“走っている”のではなく、
風に押し流されているようだった。
後方のドローンが、
制御の限界で震えている。
羽の角度がわずかに乱れ、
そのたびに機体が左右に揺れた。
「クアルト様、これは――」
「止まらない! でも、止める!」
クアルトは前を向いたまま、必死に縁を掴んでいた。
王都の外壁が、夜の闇の中で急速に大きくなる。
「……ぶつかりますよね?」
レーデルフィーヌの声が震える。
「ぶつからないようにする!」
クアルトが叫ぶ。
「“ようにする”とは……」
レイモンドが小さく呟いた。
ホバークラフトは、外壁へ向かって一直線だった。
風が、鋭い刃のように頬を切る。
「しかたない。推進力、強制切断!」
クアルトは、後方の柱に手を伸ばした。
触れた瞬間、柱の密度がわずかに変わる。
折れやすく、脆く、風に負けるように。
ゴーレム制作で何度も繰り返した“変質”。
その応用だった。
「……いけ」
風圧に軋んで――
柱が折れた。
「わお!」
ドローンが夜空へ跳ね上がり、そのまま闇に消える。
推進力が、一瞬で消えた。
風の流れが変わる。
機体が、わずかに沈む。
「前の二体、いける……? いけ……!」
クアルトの声に応えるように、
前方のドローンが角度を変えた。
制動がかかる。
だが――
その動きは、ほんのわずかに遅れた。
「まずい……!」
クアルトが身を乗り出す。
レーデルフィーヌは、思わず目を閉じかけた。
レイモンドは、ひげを撫でる手を止めた。
王都の門が、目の前に迫る。
夜の灯りが揺れ、風が裂ける。
そして――
ホバークラフトは、
王都の門前へ突っ込んだ。
◇門番視点◇
王都の西門は静寂に満ちていた。
日中、商人や旅人を受け入れる正門たる南門。
軍の出入りに使われる東門。
死体やごみの搬出を担う北門。
そして、農家など王都の『外』に働く場のある労働者のための西門。
このうち、北と東は夜でも動きがあるが、南と西は締めたまま、朝まで開くことはない。
立哨はしていても門番に仕事はなかった。
それが、通常。
そこへ、降ってわいたような異変が訪れた。
「なぁ、あれ、見えるか?」
門番(右)が呟く。
「残念ながら、見えている」
門番(左)が応えた。
幻ではなさそうだぞ、と。
「なんだと思う?」
「わからん」
(右)の問いに(左)は短く答える。
お互い、門兵を務めて10年になろうかというベテランだ。
出世は望めないが、俸給は安定。
夜勤もあるが、定時出勤の定時退勤。
時々退屈すぎること以外に不満はなかった。
真面目に門前に立ってきた。
だから、わかっている。
見えている『何か』が、彼らの知らないものであることが。
動物や魔獣ではない。
大きすぎる。
馬車ではない。
早すぎる。
当てはまるものを知らない。
答えは、「わからん」だけだ。
「なら、しかたないな?」
「ああ」
確かめるような(右)の言葉に、(左)は頷いた。
槍を持ち直す。
「いくぞ」
(右)が、胸元に提げていた笛を吹く。
異常事態を知らせる笛。
訓練でしか吹いたことのない笛が、今夜、初めて吹き鳴らされた。
そして、(右)もまた、槍を持ち直す。
左右揃って前へ出た。
それがなんであれ、門へ向かってくるものを体で止める。
彼らの、それが『仕事』だった。
「分離した?」
(右)がかすかに震える呟きをこぼす。
迫り来る『何か』の一部が、打ち上げられたように飛び上がり、消え去ったのだ。
「壊れたとも見えるが……」
そうであってほしいと(左)。
分離なら、なにかの予備動作の可能性もある。
壊れたなら『アレ』にとっても異常事態。
状況は平等だ。
「でかいな」
「馬車とさほど変わらんな」
『アレ』の全体が見えた。
平べったい、船のような形。
車輪はない。
浮いている。
明らかに普通じゃない。
「後ろ、折れてるな?」
「そのようだ」
『アレ』自身も『たぶん』まともな状態ではないということ。
少しだけホッとする。
自分たちはどうなるかわからないが、笛は吹いた。
あとのことは仲間が何とかしてくれる。
「「止まれ!」」
二人同時に走り出した。
異常な者の接近を許容不可の範囲に入ろうとしていた。
止められるとは思っていない。
それでも、前に出て抑えるのが役目。
覚悟ではなく、それは前提だった。
「うおおオオオオオ!」
「こいやぁぁぁぁぁ!」
左右の咆哮が迸った。
そして――




